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36 番外編 聖なる夜partⅡ ~残らない淡雪のように(やり直し前のお兄様)~

本日発売の2巻先行販売を記念しての番外編です。

いつもありがとうございます!

やり直し前のお兄様のお話です。


「グレイは実家に戻らないのか?」

「今更ですか? 殿下」

「ふっ。今は二人だけじゃないか。名前で呼べ」

 アルバート王太子殿下の言葉に私はつい口元に笑みを浮かべてしまった。

「アルバート。帰ると言っても家族は王宮にいます。直ぐには会えませんが、妹達のどちらも王宮で生活しています。父上だって執務で王宮に泊まり込みですからね」

「そうか……」

 アルバートは苦笑いをしていた。

 それから二人どちらともなく窓から外を眺めると王宮のあちらこちらにまだ明かりが灯っているのが目に入る。

「仕方がないから、グレイにはこれを進呈しよう。聖なる夜の贈り物だ」

 そう言って寄越したのは書類の束。

「これは贈り物というより、要らない物のような気がしますが」

「なあに、一緒にすればいいじゃないか」

「そう言ってさりげなくこちらに混ぜ込まないでください。仕方がないですね。アルバートの頼みは断れませんから」

 少なくとも相手は王太子で上司なので断る選択肢はない。

「おいおい、お前の中では私は一体どんな上司と認定しているのか?」

 少し慌てたようなアルバートににこりと微笑んで差し上げた。

「腹黒王太子様にはぴったりでしょう」

「酷いな。私は腹黒じゃあないよ。少し考えが深いだけだ」

 そう思っているのはご自身だけですよと言いたいが、渡された書類を見遣った。 


 私はバルトロイ公爵家の長男で今はランザール王国の王太子であるアルバートの側近として働いている。こうして何年が過ぎたのだろうとつらつらと思い返していた。

 アルバートは窓から見える城内の明かりの灯る部屋などを眺めていた。

「こんな日までご苦労なことだ」

 物柔らかに見えるアルバートの整った横顔が目に入った。

「それを言うなら私達もですが……」

「ああ、まったく、聖なる夜なのに終わらない業務。王太子なんて雑用ばかりでつまらないなんて誰も思ってないだろう」

 そう言うとアルバートは執務用の机に置いてある書類の山を眺めた。

 そして、再び窓の外に視線を向けられた。

「寒いと思ったら雪か……」

「明日は雪合戦でもいたしましょうか?」

「そうだね。グレイを的にして投げたら少しは気が晴れるかもしれない」

「アルバート。そりゃ酷いですよ。こんな夜にも忠実に従っている部下をストレスのはけ口にするなんて」

「ははっ。その忠実な部下は聖なる夜も職場で上司と軟禁状態。まったく、お前も聖なる夜なんだから一緒に過ごしたい人はいないのか?」

「そっくりそのままお返ししたいと存じます。いたとしてもこれだけ激務なのです。寂しいなんて言われていずれ逃げられるに決まってます。それか仮面夫婦か」

 そう言って私は肩を竦めて見せた。

「それもそうだな。ふむ」

 アルバートは至極当然といった様子だった。だから、私は声を上げた。

「そこは改善していただきたいのですが……」

 私の一応の抗議にアルバートは苦笑するだけだった。

 それからお互い何も言わず静かに降りだした雪をしばし見遣っていた。

 部屋は静謐な時が支配していた。

 でもそれは嫌なものではない。

 私はぽつりと呟いていた。

「……一緒に過ごしたい大事な人くらいいますよ」

 そうして目を閉じて胸に思い浮かべたのは――。

『お兄様』

『お兄ちゃま』

 令嬢らしくおしとやかな直ぐ下の妹と無邪気に駆け寄ってきていた末の妹。

 そして、もう永遠に呼ばれることのない声の……。

『グレイ。私の自慢の大事な息子』

 ――亡き母上の優しい声。

 もうこの世界のどこにもいない。優しく美しかった母上。

 あんなことがなければ、リアだって……、きっと笑っていただろう。今や……。

 私達、家族は随分遠くに離れてしまった。

 取り戻せるなら、あの頃に戻れるのなら私は……、

 アルバートに見られないように私は窓の外へと視線を送った。

「忙しい方が忘れられるのです」

「……」

 アルバートがどんな表情をしているのか分からないが、自分を見つめている視線は感じている。

 私達に起こった出来事に彼も胸を痛めていた。

 ――だけど過去は変えられない。

 リアが誘拐されて、酷い傷を負ったあの出来事。

 そして、その怪我を思い悩んで心労で亡くなってしまった母上。

 母上が亡くなった寂しさから、家に帰らず王宮で執務をしている父上。

 私もこうして、アルバートの元で……。

 リアは、第二王子であるハロルドの婚約者として王宮で教育を受けている。

 家族はバラバラだ。

 何も言わず私達は再び書類の山に戻った。

 ただ白い雪が静かに降り積もっていくだけだった。

 きっと明日の朝には白い雪が何もかも覆いつくして、醜い傷などない世界に変わっていることだろう。

お読みいただきありがとうございました! 

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