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利剣一閃アヤカシ殺し  作者: 子守家守
鎌鼬と落武者
6/51

06

 岩場からその背を見つけたとき、最初は樵か漁師かと思った。

 着物の色が地味だったし、こんな人里離れた川に用事がありそうなのはそれくらいしか思い浮かばなかったからだ。

 ところが足場を伝って河原に近づくうちに、その人影が想像よりもずっと小柄なことに気付いた。肩も細くて華奢だ。身体の線が柔らかい。

 足元で小石が転がった。かつん、と小さな音が大きく響く。人影が振り返った。


 女。それも、少女と呼べるような顔立ちだ。目を丸くして河の畔からこちらを見上げている。

 見つめられながら、最後の岩場から降りる。河原には大小問わず丸石が一面に転がっていた。川のせせらぎが崖に反響して聞こえてくる。対岸はなだらかな斜面になっていて、その先は別の山林が広がっていた。

 一歩前に出ると、女は僅かに後ずさった。警戒されている。仕方なく、その場から声を掛ける。


「こんにちは」

「えっと、こんにちは」

「こんな場所でなにを?」

 印象通りの若い声だった。女の姿を観察しながら、首を傾げて、さりげなく腰の愛刀を確かめる。こちらも彼女を警戒していた。

 地味な色合いの着物と思ったが、近づくと仕立ての良さがわかった。かなり良い布を使っているらしい。彼女の小さな動きに合わせて滑らかな布地が柔らかく形を変えている。樵や漁師が気軽に着られるものではない。その点を切り取れば、良家の娘という印象だ。

 しかしそうかと思えば、着物の裾は短く、膝頭まで露わにしている。遠目からは川に入るために捲ったようにも見えたが、実際は仕立ての段階でその長さに詰められているようだ。動きやすいかもしれないが、どこか蠱惑的である。


 不思議な女だった。

 ちぐはぐ、というより、注目する場所によって印象ががらりと変わるのだ。肩まで伸ばした黒髪を弄りながら、彼女は言葉を選んでいる。ぱっちりとした茶色の瞳が、こちらをじっと見つめていた。


「探し物を」

「探し物? 何を探しているんです?」

「笑わない?」


 髪を弄っているのは左指。右手はゆっくりと身体に沿って動いている。

 得物があるなら、懐。右手の動き方であたりをつける。


「笑いません」

「ん……、実は、妖怪を探しているの」


 黒髪の女が薄く笑みを浮かべた。こちらの反応を窺っている。


「かまいたち、ですか?」

「……そう。あなたも探しているのね?」

「そうなります」


 女の右手が動く。懐から黒い塊。掌くらいの大きさで、引き金が見える。

 短筒か。しかし、火縄に火が灯っていない。距離もまだ遠いはず。

 女がそれをこちらに突き付ける。表情に焦りはない。その余裕に、違和感。

 いやな感じだ。もしかして、火縄がなくても撃てるのか。

 確かに見たことのない銃身だ。様子を見たのは失策だったかもしれない。


「誰に頼まれたの?」

「宿場の顔役から」

「シュクバ? そんな組織、聞いたことないけど」


 黒い眉が揺れる。銃口は揺らがない。

 引き金に掛かった彼女の指を、ひたすらに見つめる。

 指が動いた瞬間に屈んで躱し、石を投げる。それしかない。

 即応できるように膝を柔らかく保つ。


「とにかく、あの子のことは……」


 あの子、と。女は確かにそう言った。

 しかし、問いただすより先に、彼女は言葉を切って口を噤んだ。瞬いた瞳に浮かんだのは困惑の色。左の指が耳たぶに触れている。身体の僅かな傾きから、意識も左耳に向けているのが見て取れる。

 なにか聞こえているのか。自分にはなにも聞こえていないが。


「……待って。シュクバって、え、宿場のこと?」

「下流にある宿場町です。わかりますか?」

「ああ、うん、地図にはあった、はず。いや、でも……」


 女がもごもごと口を動かす。なにやら自問自答している様子。

 目まぐるしく表情が変わるが、それでも短筒はこちらに向いたままだった。行動が思考や感情に引き摺られていない。明らかに何らかの訓練を受けている。

 しばらく黙って様子を窺う。ぶつぶつと呟いていた女は、やがて観念したかのように大きく溜め息を吐き出した。


「どうして宿場のひとが、かまいたちを探してるの?」

「もう半年も前から被害が出ているそうですよ。宿場の人間なら誰でも噂を聞いているはずです」

「半年? うそ、そんなに経ってる? ……まずったなぁ」


 眉を顰めた女が両手を顔の横に持ち上げた。短筒の銃口がこちらから逸れて上を向く。

 ひとまず敵意はないということらしい。とはいえ、彼女はまだ得物を懐には戻していない。一息で跳び込むには遠い距離。こちらが刀を抜いても対処できる、ということだろう。賢明な判断だ。

 女の顔にはばつの悪そうな表情が浮かんでいる。短筒を構えていたときの怜悧な気配はもうどこにもない。今の彼女からは、いたずらが見つかった子どものような、幼気な愛嬌さえ感じられた。


「ごめんなさい、かまいたちがいるって知っているのは……、そう、()()()だけだと思ってたから」

「どうして私は悪い人じゃない、と?」

「もっと疑って欲しい?」

「まさか」


 つまり、かまいたちを追っている『悪い人』がどこかにいる、ということか。

 肩を竦めながら、努めて友好的な笑みを浮かべる。女の正体は今もわからないが、話し合いの余地はありそうだ。敵対せずに情報が得られるなら、それに越したことはない。


「私はクロウといいます。あなたは?」

「クロウさん、ね。覚えたわ。わたしは……」


 女が人差し指を唇に当てた。言葉を止めて、なにかしら思案している。距離があるとはいえ、刀を佩いた剣士を相手にして気負う気配すらない。やはり、どこか浮世離れしている。

 異質ながらも上質な着物に奇妙な短筒、さらには訓練された所作。どう考えても只者ではない。

 いったい何者なのか。何故、かまいたちを追っているのか。

 言葉を待っていると、彼女はひとつ頷いて、口を開いた。


「わたしは、サナ。どこにでもいる、ただの町娘よ」


 一瞬呆けてから、思わず吹き出した。

 釣られるように、彼女も笑っている。


「あの、それ、言った自分が信じられています?」

「……だよねぇ。でも、名前は本当だよ」


 茶色の瞳が、真っ直ぐにこちらの瞳を覗き込んでいる。

 そうか、サナというのか。

 その名前は屈託のない笑顔と共に、くっきりと記憶に焼き付いた。

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