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利剣一閃アヤカシ殺し  作者: 子守家守
鎌鼬と落武者
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04

 伝えるべきを伝えて、見回り衆は仕事に戻っていった。

 しばらく間を置いて、自分も部屋を出る。ひとつところに留まっていると、息が詰まりそうだった。

 年季の入った板張りの廊下を抜けて玄関へ。宿帳を検めていた番頭に声を掛けると、調査の間は先ほどの部屋を自由に使っていいとのことだった。依頼人の計らいだろう。寝泊りのできる拠点があるのはありがたい。礼を言い、往来に出る。


 明け方の早い時間と比べて、通りは賑やかな雰囲気だった。畑に出ているためか百姓の姿は少なく、代わりに旅人や商家の人間らしき者が多い。宿屋の隣は履き物売りが店を構えていて、中年の男が新しい草履を品定めしていた。自分もそろそろ履き物を新調すべきか。ぼんやりと考えながら宿場町を歩き始める。

 宿場の規模はそれほど大きくない。四方が山に近く、土地そのものが少ないのだ。その一方で、峠道の中継点に当たるためか、足を留める旅人は多いように見受けられる。宿場としては十分にやっていける人の流れがあるのだろう。これといった名所はないようだが、立ち並ぶ商店はいずれもそこそこに流行っているようだ。


 空気は乾いていて、歩くたびに足元で小さく砂が舞った。初秋といっても日中の陽射しはまだ強い。上の方に視線を向けると、屋根の間から白い煙がいくつか上がっていた。昼餉の支度だろうか。動き出すにはちょっと半端な時間だったかもしれない。

 表向き、宿場の様子に暗い翳りは見えなかった。歩きながら、見回り衆の話を反芻する。

 食料を荒らされる事件は今も散発的に続いているらしい。それでも目撃談が出ないのは、よほど慎重な下手人だからだろうか。見回り衆も警戒しているというが、その尻尾を掴むには至っていない。

 物的な被害が続く一方で、人に対して直接の被害は一回きり。あっても、二回だけだ。

 老人が斬られたという件については、正直、どう捉えればいいのかわからなかった。一連の出来事の発端ではあるのだが、どうにも他の事件とは毛色が違う気がする。

 事件の状況を聞けば確かに不可解ではあるのだが、それだけである。同じような辻斬りは二度と起きていないし、老人の傷もとっくに癒えている。この件を追求しても、他の事件の解決には繋がらないように思えてしまうのだ。


「やっぱり、問題は侍の方か」


 呟き、重い息を吐く。

 依頼人が『妖怪退治』などと韜晦した理由のひとつがこれだろう。『侍が行方不明になった』なんて、大っぴらに言えるはずもない。

 もしかしたら、依頼人は宿の主人という体を取っているが、タツミに話を通したのは城の人間なのかもしれない。実際、宿の主人も仲介者については曖昧な表現にとどめていた。仕える侍が失踪するというのは、領主にとっても醜聞だろう。内々に事態を解決しようとするのも頷ける話だ。

 妖怪を探す過程で、侍の消息を掴む。明言はされていないが、間違いなくそれも期待されているはずだ。


「とはいえ……。それが妖怪騒ぎと関係あるのかどうか」


 一応、宿場を訪れた侍は十日ほど妖怪の調査を行っていたらしい。その後、外出したまま宿に戻らず、そのまま消えてしまったのだという。

 妖怪に関わったためか。あるいは、まったく別の理由で姿を隠したのか。

 もし妖怪騒ぎとはまったく無関係に逐電したというのなら、自分の手に余る事態だ。侍が姿を消してからひと月ほど経っている。おそらく、既に宿場から遠く離れていることだろう。自分が今から追いかけたとして、成果を上げられるとはとても思えなかった。

 逆に妖怪を調べるうちになんらかの事件(もしくは事故)に巻き込まれたのであれば、宿場の近くで侍を発見できる可能性はある。……もっとも、その場合は五体無事であるとも限らないが。


「不測の事態が起きるとすれば、町の外……?」


 たとえば、何かの拍子に動けなくなるような怪我を負ったとしても、町中であれば行方知らずとはならないだろう。見回り衆もぴりぴりしている。誰かに囚われたり、あるいは匿われていると仮定しても、宿場の中に潜み続けるのには限界がある。

 探すなら町の外、それも人が立ち寄らないような場所だ。

 一言に町の外といっても闇雲に探すには広すぎるが、アテがないわけではない。


「確かめてみる価値はある、か」


 ぐるぐると考えを巡らす間も動き続ける足は、自然と昨日の道程を遡っていた。



 峠道に繋がる街道を西に歩く。

 宿場の外れには小川が流れていた。自然のものではない。人の手で引き込まれたものだ。土手に架かった木の橋を渡ると、道は緩やかな登りになる。左右には太い木の並ぶ山林が続いている。高く伸びた木々がちょうど良い木陰を作っていた。

 山から吹き下ろして涼しい風が流れている。木陰を通るたびに、浮き出た汗がすっと冷えた。

 木の葉の色は、まだ緑。しかし、山道のずっと先、山の高い場所の木々にほんの少し黄色が見えた。しばらくすれば、麓まで紅葉が降りてくるだろう。


 こういった景色に、昨晩はまるで気が回っていなかった。日が落ちて闇が広がっていた上に、気も張っていたからだ。

 もう少し登れば、遭遇の現場に辿り着くはず。前へ前へと足を動かしながら、昨晩のことを思い出す。


「あれは、危なかった」


 茂みに潜んだ謎の気配。飛び出した一撃を防げたかは、かなりきわどいところだった。

 とにかく速かったし、攻撃の()()()が見えなかった。目測を僅かでも誤れば、こちらの首は刈られていただろう。

 では、何故、自分は正確に受けることができたのか。街道をぐるりと見渡して、あの時の光景を思い起こしてみる。


「そう、確か、道の真ん中に立っていたはず」


 昨日も今日も、自分は街道の中央を通って歩いている。提灯を置いて身構えたのも、その線上だ。

 山道といっても、それなりに幅がある。中央から道端の茂みまでは、刀も届かないほどの距離があった。槍であれば穂先が届くほどだろうか。

 それに気づいて、ぞっとする。相手の得物は、刀よりもずっと長かったのだ。

 同時に、こちらが上手く対処できたのは、相手との距離が離れていたためだと理解できた。間合いの遠さが、僅かに時を稼いだのである。

 腰に差した愛刀の柄をそっと撫でる。掌にあの一撃を弾いた感触が蘇る。


「……あの硬さは、鋼のものだ」


 刃を当てた感触は、鋼鉄。そうでなくとも、金属なのは間違いない。

 捌いたのは、爪か、腕か、あるいは別の何かか。いずれにせよ、動物が金属の身体を持つというのは聞いたことがなかった。だが、もし刃を持つ獣というのが存在するのであれば、それは食料荒らしの犯人像にぴたりと合致する。


 ――妖怪。

 かまいたち。その名が浮かぶ。本当に、実在するのだろうか。


「あるいは、自分に、斬れるのか」


 呟き、悩むが、答えは出ない。

 真っ向からその存在に挑んだとして、もう一度あの一撃を捌けるのか。

 捌けたとして、こちらの刃を届かせることができるのか。

 ひとりの剣士として、それが一番の問題だった。

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