第196話「第14接続点」
東京湾の海底で開き始めた巨大な空間を前に、ハルシオンとイーゼルは一定の距離を保ったまま停止していた。海上から見える景色には依然として大きな変化はないものの、艦内の各種センサーは絶え間なく異常を検知している。タジのモニターには、東京湾、日本支部、ロスマン共和国、そして北極圏で確認された「14」の反応が並んで表示されていた。その中でも最も強い反応を示しているのは、現在まさに開きつつある東京湾の海底構造体だった。さらに、その中心から送られてきた《旧管理者記録――第14接続点》という信号は、これまで確認されていた《旧管理者の記録――接続要求》や《接続先――応答》とは明らかに性質が異なっている。
「第14接続点……ってことは、他にも接続点があるということか?」とイレイダが尋ねると、タジは画面を睨みながら慎重に答えた。「可能性は高い。でも、今の段階で何番まであるのかは分からない。『14』が番号なのか、十四年前の出来事を示しているのか、それとも別の分類なのかも断定できない」。ソウヤはその言葉を聞きながら、モニターに表示された数字を見つめていた。十四年前の現象、現在の世界規模の能力異常、そして能力因子とは別系統にある外部因子。それらを一つの出来事として扱うことはできない。それでも、これらの異なる出来事が同じ「第14接続点」という場所を介して繋がろうとしているのだとすれば、これまで見えていなかった歴史の一部が、今ようやく姿を現そうとしていることになる。
フランは艦橋の中央で、静かに目を閉じていた。彼は能力を通してハルシオンそのものの構造を把握しながら、海底から伝わってくる微細な振動を読み取っている。しばらくして目を開くと、フランはモニターへ視線を向けた。「あの構造体は、今も拡張している」。ベルトがイーゼル側のデータを確認すると、同じ変化がこちらでも観測されていた。海底に埋まっていた構造体が、周囲の岩盤を押し退けるように動いているのではない。むしろ、長い年月の間に周囲と一体化していた構造が、本来の形へ戻っているように見える。「壊れているのではない。戻っているのだ」とフランが続ける。「何かによって封じられていた状態から、元の状態へ復元している」。その言葉にタジはすぐ反応し、これまでのデータを重ね合わせた。すると海底構造体の外周部分に、微弱ながら複数の反応が浮かび上がった。それらは現在の技術で作られた設備とは到底考えにくいほど深く海底へ埋まっており、しかも周囲の構造と完全に一体化している。「これ……相当古くないか」。タジの声にソウヤが振り返る。「どれくらい?」と尋ねても、タジは即答できなかった。年代を特定するにはデータが足りない。ただ、少なくとも十四年前に作られたものではない。それだけは確実だった。
同じ頃、日本支部の地下深部では、柊聖舩が「14」と刻まれた扉の前に立っていた。扉の向こうから伝わってくる振動は、先ほどよりもはっきりしている。聖舩はその振動が東京湾の海底から送られているものだと理解していた。長年、この施設に残されていた古い記録の中には、地下構造の存在を示す断片的な情報があった。しかし、当時の調査ではそこへ到達することができず、十四年前の事件が発生した後には、さらに深部の記録そのものが封鎖されていた。聖舩は扉へ手を伸ばし、ゆっくりと触れる。すると「14」の数字が淡く発光し、扉の内部から低い音が響いた。その音に反応するように、彼が持っていた黒ずんだ金属片も微かに震える。二つが同じ機構に属していることは明白だった。「……十四年前に回収したものは、入口だったのか」。聖舩はそう呟いたが、まだ確信は持てない。金属片そのものが何かを呼び寄せたのか、それとも何かが動いた結果として金属片が残されたのか。その順序さえ、今の彼には分からなかった。
やがて扉がゆっくりと開き始めた。内部には照明がなく、深い暗闇が続いている。聖舩は躊躇せず、その中へ足を踏み入れた。そこには研究施設のような設備も、武器庫のようなものも存在しなかった。壁面に並んでいるのは、巨大な記録装置らしき構造物だけだった。いずれも現在の技術とは異なる形状をしており、表面には「14」と同じ記号が刻まれている。聖舩がその一つへ近づくと、装置の内部に微かな光が灯った。そして、空間全体へ古い映像のようなものが投影される。そこに映し出されたのは、十四年前の出来事そのものではなかった。さらに以前の時代、何らかの施設と思われる場所に複数の人間が集まり、一つの巨大な構造体を監視している光景だった。聖舩は息を呑んだ。映像の人物たちが何者なのかは分からない。しかし、その場に存在する装置の中心には、現在の東京湾で確認されているものと酷似した構造が存在している。つまり、この接続点は十四年前に突然生まれたものではない。十四年前よりはるか以前から、この世界のどこかに存在していたのだ。
一方、東京湾では海底構造体の中心部からさらに強い反応が発生した。ハルシオンの艦体全体へ低い振動が伝わり、フランが構造制御によってそれを受け止める。ベルトもイーゼルの艦体状況を確認しながら、「こちらにも来ています」と報告した。二隻の能力戦艦が同時に振動を受けているにもかかわらず、艦体そのものには損傷がない。むしろ、その振動は何かを攻撃するためのものではなく、特定の構造を認識するための信号のようだった。フランはそれを感じ取り、静かに呟く。「私たちの艦を見ている」。タジが驚いて顔を上げる。「見るって……センサーみたいな意味?」。「違う。もっと直接的だ。構造そのものを確認している」。フランは自分の能力を通じて感じ取ったものを言葉にしようとした。「あの海底構造体は、ハルシオンとイーゼルの構造を読み取っている。そして……何かと照合している」。その言葉を聞いたソウヤは、背筋に嫌な感覚を覚えた。もし海底の構造体が能力戦艦を「照合」しているのなら、それは現在の世界に存在する何らかの構造を探していることになる。
その瞬間、ソウヤの意識へ再び異質な感覚が入り込んだ。これまでとは違う。声ではない。言葉でもない。ただ、自分の中に存在するレイの意識が、ほんの一瞬だけ反応した。ソウヤは目を閉じ、意識を内側へ向ける。すると、暗闇の中に一つの感覚だけが浮かんだ。知らない場所。知らない時代。そして、その場所に存在する巨大な構造体。しかし、それがレイ自身の記憶なのか、それとも海底構造体が送ってきた情報なのかは分からない。ソウヤがその感覚を追いかけようとした瞬間、頭の奥に強い違和感が走り、視界が揺らいだ。「ソウヤ!」と結衣が声を掛ける。ソウヤはすぐに目を開き、「大丈夫」と答えたものの、胸の鼓動は明らかに速くなっていた。自分の中にいるレイが、この場所について何かを知っている。その可能性が、これまでより現実味を帯び始めていた。
その頃、ロスマン共和国でも変化が起きていた。旧王宮に残されていた「14」の記録が、それまでとは比較にならないほど強く反応し始めたのである。ドルク・B・ロスマンとカルラ・エルデリータ・マルティスティンは、記録装置から発生する光を見つめていた。ドルクはその反応を確認すると、自分の能力を使うことなく慎重に周囲を調べる。「日本で何かが開いたな」。カルラが「なぜ分かるのですか?」と尋ねると、ドルクは記録に表示された波形を示した。「これまでとは違う。ロスマン側の記録が、日本側の反応を追いかけている」。二人がさらに調べると、古い記録の一部に新しい文字列が浮かび上がった。そこには「14」という数字とともに、これまで存在しなかった一文が表示されている。しかし、それは現在の言語とは異なっており、完全に読み取ることはできなかった。ただ、その中に一つだけ共通する概念があった。「接続」という意味を持つ記号だった。
ハルシオンではタジが世界地図へデータを表示し、三つの反応点と北極圏を一本の線で結んでいた。しかし、そこにはさらに一つだけ不可解な部分があった。四つの地点を結んでも、ネットワークが完成しないのだ。「まだ足りない」。タジがそう呟く。「この構造、少なくとも五つの地点を必要としてる」。その言葉にソウヤたちが画面へ集まる。東京湾、日本支部、ロスマン、北極圏。そして最後の一点だけが、現在のデータでは空白になっている。場所そのものは特定できない。しかし、過去の記録を重ね合わせることで、タジは一つの可能性を見つけた。それは、日本でもロスマンでも北極でもない、別の地域だった。
「この第五地点……まだ反応してないんじゃない」
タジは画面を拡大しながら、静かに続けた。
「最初から、こっちの世界には存在してないみたいなんだ」
その言葉が艦内へ落ちた瞬間、東京湾の海底から再び強烈な反応が走った。海底構造体の中心部が大きく開き、その奥から未知の信号が放たれる。モニターに新しい文字列が表示され、そこにはこれまでの「14」とは別の情報が刻まれていた。
《第14接続点――認証開始》
ソウヤはその文字を見つめながら、胸の奥でレイの意識が再び揺れるのを感じていた。
そして、日本支部の地下深部でも同じ瞬間、古い記録装置が起動する。
聖舩の前に、一つの映像が浮かび上がった。
そこに映っていたのは、十四年前の日本でも、現在の東京湾でもない。
――四百年前の世界であった。
――第196話 完




