第20話 手つかずの自然、原生生物を観察!ジャングルツアー①
「いつもアザール観光をご利用いただき、誠にありがとうございます。専属ツアーガイドのミーエルです。皆様を日常から遠く離れた、異世界アザールへご案内いたします。さて、今回ご紹介するツアーはこちらです!」
【ツアー名】手つかずの自然、原生生物を観察!ジャングルツアー
【お客様】段野様(38歳・ツアー参加4回目)、ネリア様(?歳)、他現世のお客様8名(計10名)
【付与能力】団体ツアーのため、個別チート能力の付与はございません。
【ご要望】スリリングな『ギャバの密林』で、手つかずの自然と原生生物を心ゆくまで観察したい!
【日程】
1〜3日目:ジャングルにて自然観察(途中、密林に住む原住民との心温まる(?)交流あり)
4日目:アザールから現世へ帰還、現地解散
「……なお、今回のツアーには、なぜかネリアさんが『あの段野がどうやって毎度毎度涼しい顔をして現世に帰れるのか、この目で直々に暴いてやるわ!』と一般客として参加しております。どうなることやら……。それでは皆様、良い旅を!」
【1日目】
光と共に、段野、ネリア(偽名:根利)、そして現世から集まった他8名のツアー客たちが、鬱蒼とした緑に覆われた『ギャバの密林』へと転移してきた。
「ジャングルの湿気はすごいな……」
少し小太りな中年男性――段野がポケットからハンカチを取り出し、額の汗を拭った。
(ふん、こいつが生段野ね……。近くで見ると、ただの汗っかきなおっさんじゃないの。どこにそんなサバイバル能力が隠されてるって言うわけ?)
ネリアは今回、現世のラフな探検服に身を包み、段野の行動を観察するために一般客として紛れ込んでいた。
「皆様、改めましてアザール観光をご利用いただきありがとうございます!」
前方で、ミーエルがいつもの笑顔で声を張る。
「はじめに、ここ『ギャバの密林』での注意事項をお伝えします。まず、周囲の植物や生物には、どれだけ無害そうに見えても決して勝手に触れないこと。次に、水辺は非常に危険ですので安易に近づかないこと。そして最後に、道中この密林に住む2つの種族との交流がございますが、それぞれの独自のルールがございますので絶対に守ってください。それでは、出発します」
ミーエルが軽やかな足取りで歩き出すと、段野は一切の迷いなく、スッとミーエルの真後ろの位置をキープした。
(こいつ……! さりげなく一番安全な『ガイドの直後』のポジションを確保したわね……)
ネリアは目を細め、段野のすぐ後ろにピタリと続いた。
しばらく蒸し暑い獣道を進むと、パッと視界が開け、そこには色とりどりの瑞々しい果実が実っている美しいエリアが広がっていた。
「わぁーっ! すごい、美味しそうな果物がたくさんなってる!」
麦わら帽子を被った若い女性が歓声をあげる。
「お客様、危険な植物も混ざっておりますので、決して触らないようにお願いしますね」
ミーエルが笑顔で注意を促すと、段野は深くうんうんと頷いた。
(フッ……。ちょっと揺さぶりをかけて、ボロを出させてみるか……)
ネリアはニヤリと笑うと、無害で美味しそうな赤い果物にわざとらしく手を伸ばした。
「えぇー? でもガイドさーん、こんなに美味しそうなのに、見るだけなんて勿体ないですよー?」
ネリアは心の中で叫んだ。
(さぁ、段野! あんた手を伸ばしなさい!)
しかし、段野はネリアの行動をチラリと見たものの、「ふっ……」と鼻で笑い、ネリアから一歩距離を取った。
「そうですよねー! これなんて、本当に甘くて美味しそ――」
ネリアの演技に同調してしまった、最初に声をあげた麦わら帽子の女性が、ネリアの手前にある黄色い果実に指先で触れてしまった。
その瞬間。
果実の根元から蛇のような無数のツタが爆発的な速度で伸び、女性の身体を一瞬で覆い尽くした。
「――!?」
ツタは女性の全身を、バキバキと凄まじい音を立てて一気に締め上げていく。
女性は声をあげる間もなく、一瞬で物言わぬ肉塊へと変えられてしまった。
「あぁ、ですから触れないようにと申し上げたのに……。これは果実に触れた生物を瞬時に締め殺し、養分にして育つ植物ですね。……では皆様、残念ですが先を急ぎましょう」
(あ、あれ……? 一般人が釣られちゃった……。なんか、ごめん……)
ネリアが心の中で冷や汗を流したが、ミーエルは涼しい顔で再び歩き出した。
信じられない光景を目の当たりにした段野以外の残り7人のツアー客は、歯をガチガチと鳴らし、震えながらその後を追った。
(それにしても、私が油断させるような演技をしたとは言え、開始早々もう一人が死んだわね……。うちのツアー、思ってた以上にスリリングね……!)
ネリアは段野だけでなく、自分たちが提供している団体ツアーの実態に、今更ながら少し疑問を抱き始めていた。
しばらく進むと、ミーエルがピタッと足を止め、ツアー客たちを制止した。
「皆様、足元に気をつけてください。現在、凶暴な蟻『アントリア』の群れが道を横断しています。1匹でも踏み潰すと、群れが一斉に襲いかかって来ます。……ですので、絶対に踏まないように進んでください」
ミーエルはそう言うと、静止した状態から信じられない跳躍力を見せ、数メートル先にある、蟻の群れが途切れている安全な地面へと着地した。
「ここまで来れば安全ですよー! さあ、皆様もどうぞ!」
(ちょっと待てミーエル!! 現世の一般人に、そんな数メートルの大ジャンプなんてできないわよ!?)
ネリアが心の中で、ミーエルに対して猛ツッコミを入れた。
すると、客の中から、サングラスをかけた、いかにもプライドの高そうな男性客が顔を真っ赤にして怒鳴り散らし始めた。
「ふざけるな! 安心安全に異世界を体験できるって聞いて来たのに、なんだこのイカれたツアーは!? 詐欺だろ、詐欺! 俺は、元来た場所に戻らせてもらうからな!」
「あ、お客様! 一人で元来た道を戻るのは危険ですよー!」
ミーエルが遠くから注意するが、男は聞く耳を持たず、吐き捨てるようにして今来た道を逆走していった。
数秒後。
密林の奥から、男の引きつった絶望の叫び声が響き渡った。
「な、なんだこの化け物は!? 待て、来るな、ギャァァァァァァーーーッ!!」
巨大な何かが肉を咀嚼する音が響き、やがて静寂を取り戻した。
「だから危険と申し上げたのに……。皆様、アザールのツアーは全日程を終えないと、現世へは帰れませんよ! 頑張って私の後に続いて先に進みましょう!」
ミーエルが、すでに2人の犠牲者が出てガタガタと震え上がっている一行に、爽やかな笑顔でハッパをかける。
「ふっ……。ミーエルさんがそう言うなら、進むしかないか……」
段野は恐怖に身体を震わせながらも意を決し、つま先立ちをしながら一歩一歩慎重に踏み出し始めた。
(やるじゃない、段野……! じゃあ、私も……)
ネリアは、周囲に怪しまれない程度にヒョイッ、ヒョイッとテンポよく群れを飛び越えて進んだ。
他の客たちも、死に物狂いで段野の足跡をなぞるように、震えながら後に続いた。
次々とアントリアの群れを客たちが超えていく。
しかし、あと少しで全員が渡り切るというところで、最後尾を歩いていた、細身で神経質そうなサラリーマン風の男性客が、運悪く一匹のアントリアを踏み潰してしまった。
「うわあぁぁぁ!? む、虫が、虫が靴を登ってくる! 助けて! 誰か助け――!」
一瞬だった。
地面を埋め尽くしていた黒い絨毯のような蟻の群れが、津波のようにサラリーマンの体に這い上がり、彼はまたたく間に真っ黒な蟻の塊に包まれ、そのまま声を発することもできなくなった。
「あぁ……残念ですが、アントリアに包まれてしまうと、もう助けられません……。ですが皆様、 もう少しで本日の安全な野営地ですので、急ぎましょう!」
ミーエルは一切、動揺することなく、笑顔で先導を再開した。
(すでに3人の犠牲者が……。かなりヤバいんじゃない?!うちの団体ツアー! 何百年も生きてるから、すっかり『一般人の耐久度と感覚』を忘れてたわ……)
ネリアは、自社のツアーのあまりのブラックぶりに、心の中で少し反省した。
「はい、こちらが本日の野営地です! 夜のジャングルは、本当に危険ですので、絶対にここから離れないでくださいね」
野営地に着くと、生き残った客たちは精神的な疲労から、支給されたテントに逃げ込むようにして休み始めた。
そんな中、段野だけは一人、テントの前でミーエルに「焚き火をしてもいいか?」と事前の確認を取り、許可を得た上でパチパチと慣れた手つきで火を熾していた。
(他の客は、初日から10人中3人も死んで完全に参ってるっていうのに……。なんでこいつは、こんなに普通でいられるわけ?)
ネリアは段野の秘密を暴くため、わざと怯えた乙女のフリをしながら、焚き火の前に座る段野にそっと声をかけた。
「……あの。……なんで、そんなに冷静でいられるんですか? 人が、あんなにあっさりと……」
ネリアが尋ねると、段野は焚き火の爆ぜる音をバックに、「ふっ……」と静かに笑った。
「俺はここのツアーには何度か参加してるからな……。それと『現地のガイドの言うことをちゃんと聞く』のが鉄則だ」
段野が、炎に照らされながらドヤ顔をする。
ネリアは、その調子に乗った態度に一瞬カチンときたが、ぐっと堪えた。
「そ、そうなんですか……。あ、私は根利といいます。よろしくお願いします」
ネリアが事前に用意していた偽名を告げる。
「根利さんか……。段野だ、よろしく」
「あの、段野さんは……なんでこんな、いつ死んでもおかしくない危険なツアーに、何度も参加されるんですか?」
ネリアが一番気になっていた質問をぶつける。
段野はフッと遠い目をし、顎に手を置いて、少し格好をつけるように静かに微笑んで答えた。
「……異世界という未知の世界で、スリリングな冒険をする。……これぞ、男のロマンだろ?」
パチィィン! と、タイミングよく焚き火の薪が激しく爆ぜた。
(あんた何もしてないじゃない!なに深夜アニメの主人公みたいに格好つけてんのよ、段野ーーー!!)
ネリアが心の中で激しいツッコミをする中、1日目の夜は更けていった。
1日目、ツアー客は残り7人(段野・ネリア含む)




