第25話 不気味な対話と、残された火種
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栽培所の空気が、戦闘の緊張感から、張り詰めた「対話」の場へと塗り替えられた。
何者かは、武器を構えたままのセナたちを前に、愉快そうに口元を歪める。
「話し合い、って言っただろ? そんなに身構えなくてもいい。僕はただ、君と少し『話』がしたくてね」
その視線は、他の三人ではなく、明確にセナだけを捉えていた。
アヤがセナを庇うように一歩前に出て、鋭く問い詰める。
「話だと? 私たちを殺し損ねて、急に交渉を始めるつもりか?」
「おやおや、手厳しいね。本当に殺すつもりなら、さっきの兵士たちと同じように、君たちを最初の不意打ちで終わらせていたよ。そうしなかったのが、何よりの誠意だと思わないい?」
男の言葉は、紛れもない事実だった。もし本気で命を奪いに来ていたのなら、今こうして言葉を交わす時間すら存在しなかったはずだ。
セナはアヤを制し、自ら一歩前に出て男を睨みつけた。
「……僕に、何の用だ」
「単刀直入でいいね。君が使っている、その『力』についてさ」
男は、セナが先ほど使おうとした『刻術』の気配を指し示すように、自身の指先を小さく揺らした。
「それ、使いすぎないほうがいいよ。世界をねじ切る代償は、君が思っている以上に重い。……これは、ちょっとした先輩からのアドバイスさ」
セナの胸に、激しい動揺が走る。
やはり、この男は自分と同じ『刻術』の使い手。そして、その力の危険性を誰よりも熟知している。
「なぜ、僕がその力を持っていると知っている。お前は一体何者なんだ」
「質問は一つずつだよ。今日は顔見せ。君がそれだけまともに動けるなら、今日の『話し合い』は十分さ。……ああ、そうだ」
男は何かを思いついたように、ポンと手を叩いた。
「せっかく会えたんだ。ちょっとしたプレゼントをあげよう」
「――え?」
セナが身構えるより先に、男がその場からかき消えた。
いや、消えたのではない。セナの時間の流れだけが極端に引き延ばされ、世界が完全に静止したのだ。
ゆっくりと、静寂のなかを歩いてくる男が、セナの額に優しく指先を触れる。
「君の力は、まだ出口が狭すぎる。こうやって……少し、通りを良くしてあげるよ」
――ドクン、と心臓が跳ね上がった。
男の指先から、冷たい氷水のようなエネルギーが脳内に直接流れ込んでくる。セナの体内で眠っていた『刻術』の回路が、無理やりこじ開けられ、激しく脈打ち始めた。全身の感覚が異常なほどに研ぎ澄まされ、世界の「時間の継ぎ目」が視覚的に見えそうなほどの全能感がセナを支配する。
「う、あ……ッ!」
叫ぶこともできず、圧倒的な力の奔流にセナの意識が焼け付きそうになった瞬間、世界が再び動き出した。
男はすでに数歩下がり、満足そうにセナを見つめている。
セナは荒い息を吐きながらその場に膝をついた。体に残る、かつてないほどにクリアな『力』の感触。確かに、自分のなかの「何か」が、今の一瞬で一段階、強制的に引き上げられていた。
「この王国は思っている以上に腐っている。裏ギルドに手を貸すのも、国を信じるのも、どちらも君が考えるよりずっと危ういよ。じゃあね」
男はひらりと背を向け、栽培所の出口へと歩き出す。
「待て……!」
セナは立ち上がろうとするが、急激な力の解放による疲労で体がうまく動かない。男は振り返ることなく、片手をヒラヒラと振った。
「また会おう。君がその力を、もっと正しく使えるようになった頃にね」
再び空間がユラリと歪み、風が吹き抜けるような感触と共に、男の姿は音もなくその場から消失した。
栽培所には、残された兵士たちの無残な姿と、困惑する四人だけが取り残されていた。
セナは自分の掌を見つめる。痺れるような感覚のなかに、以前とは明らかに違う、深い『刻術』の脈動が確かに息づいていた。
「……セナ、今の言葉、どういう意味? あいつ、一体セナに何をしたの……?」
駆け寄るリリアの問いかけに、セナは答えられなかった。ただ、胸の奥で、異質な温かさを放ち始めた自分自身の『力』に、強い高揚とそれ以上の恐ろしさを感じていた。




