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僕が死ぬとき、世界は無に還る ―自覚なき刻術士のやり直し無双―  作者: 七鳳


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第1話 クロノスゼロ

 「……また失敗した」


 視界のすべてが焼けるような白に塗りつぶされた、虚無の境界。


 そこに、ひどく掠れた、しかし聞き覚えのある老人の声が響く。落胆というよりは、もはや義務をこなすかのような、淡々とした響き。


 「やり直しだ」


 ――カチッ。


 脳内で、硬質な時計の針が一度だけ鋭く跳ねた。


     *

「……あ?」


 次に目を開けたとき、セナ・クロイツは安宿の固いベッドの上で天井を見つめていた。


 頬を伝う冷たい汗。心臓の鼓動が、まるで全速力で走った後のように激しく胸を叩いている。


 窓からは、朝の市場の喧騒と、馬車の車輪が石畳を叩く音が聞こえてくる。


「最近、変な夢ばかり見るな……。……やり直しって、何をだよ」


 誰の声かも思い出せない霧のような記憶を振り払い、セナは身支度を整えた。腰に吊るしたのは、戦いには不向きな、護身用程度の細身の短剣。


 自分は、世界でも稀少な『刻術ときじゅつ』の適性を持って生まれた。だが、その希少性に反して、できることといえば「指定した範囲の時間を一瞬止める」ことくらいだ。


 止まるのは一瞬。実戦では使い物にならない「外れ魔法」の筆頭。


 宿を出てギルドへ向かう途中、ふと横を通り抜けた子供が転びそうになる。セナは無意識に指を鳴らした。

「『とき』よ」


 子供の体が空中で一瞬だけ固定され、その隙にセナが肩を支える。


「……おっと。気をつけてね」


「あ、ありがとうお兄ちゃん!」


 一瞬時を止めるだけの、生活魔法。それが自分のすべて。セナは自覚している限界に苦笑しながら、冒険者ギルドの重厚な扉を開けた。


「セナ! こっちこっち!」


 受付の近くで元気に手を振っていたのは、幼馴染のリリア・フェルメールだった。


 リリアの隣には、重厚な白銀の鎧を纏った凛々しい少女が立っていた。セナより二つほど年上だろうか。彼女はどこか遠くを見つめるような鋭い瞳で、セナを静かに見つめた。


「あ、紹介するね! 私がさっきスカウトしてきたアヤ・ブランシュさんだよ。凄腕の騎士さんなんだから!」


「……アヤだ。よろしく」


 アヤの声は低く、淡々としていたが、その瞳の奥には言葉以上の焦燥と、強い情熱が宿っていた。


 まるで、何かに追い立てられているかのような、危うい気迫。


「君がセナか。……『刻術士ときじゅつし』だと聞いた。珍しいが、戦闘では期待できそうにないな。……だが、私は一刻も早く上に行かなければならないんだ。足だけは引っ張るなよ」


「あはは、精一杯頑張ります」


 セナが困ったように笑うと、リリアが二人の肩を組むように割り込んだ。


「もう、二人とも! これから仲間になるんだから。パーティ名はね、この間セナと寝ずに話し合って決めた『クロノスゼロ』で申請するよ! ここから始めていくって感じでしょ?」


「クロノスゼロ……」アヤがその響きを口の中で転がす。


「……悪くない。時の神の名を冠する以上、名前負けは許されないな」


 クロノス――時の神。そのゼロ地点。


 三人は受付カウンターへ向かい、正式なパーティ登録を済ませた。


「はい、受領しました。『クロノスゼロ』の皆さんですね。まずは、こちらの初級ダンジョンへ向かわれることをお勧めします。今の皆さんの連携を確認するには、最適の場所ですよ」


 受付嬢から地図を受け取ったリリアが、意気揚々と拳を突き出した。


「よし! 決まりだね。三人で、ずっとずっと一緒に冒険して、最強のパーティになろうね!」


 リリアが満面の笑みで二人の手を取り、高く掲げる。

 アヤも一瞬だけ表情を緩め、力強く頷いた。


 三人は活気あふれるギルドを後にし、初夏の陽光が降り注ぐ街道へと踏み出した。


 三人が繋いだその温かな手が、数刻後には冷たい絶望に染まることなど。


 そしてセナの中に眠る「化け物」が、その絶望を待ちわびていることなど。


 今はまだ、誰も知る由はなかった。

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