第44話:場違いオーラムバード
遠ざかっていく蹄鉄の音を聞きながら、俺はテラスの椅子に深く沈み込んでいた。
オルドラン団長が最後に残した、「深く感謝いたします」という言葉。そして、あの含みのある笑み。
どう考えても、ただの「挨拶」以上の意味が込められていた。
「……バレたよな、これ」
思わず独り言が出てしまう。
そこに、花畑から戻ってきた三人の気配が近づいてきた。
「ただいまー、ヤマダー」
「今日のお花も、綺麗だった」
「戻ったわ」
元気に駆け寄ってくるミーとフー。そして、その背後で静かに佇むヒー。
俺は立ち上がり、彼女たちを迎えながら、オルドランのことを切り出した。
「おかえり。オルドランさんたちがさっきまで来てたよ」
「おじさんたち、もう帰っちゃったの?」
「ああ。それと、ヒーに話があるんだ」
俺が名前を呼ぶと、ヒーは「わかっている」と言わんばかりに薄く微笑んだ。
「彼、何か言っていたかしら?」
「ヒーに『深く感謝いたします』ってさ。あんな風に言われるってことは、その、レベルを譲渡したこと、バレてるんじゃないかと思って」
俺が不安げに尋ねると、ヒーは事も無げに頷いた。
「ええ、そうね。おそらく、私の『擬態』を見抜いたのね。一定以上の実力者には通用しないから。……皮肉なことに、私が彼に力を与えてしまったから、彼自身の眼力が私の術を上回ってしまったのね」
「やっぱりか……。でも、何でヒーから力をもらったことまで見抜いたんだろうか」
ヒーは俺の目をじっと見つめ、いたずらっぽく口角を上げた。
「あんな劇薬のような液体を飲んで気絶した直後に、体が作り替えられるほどの力を得たのよ? どんな鈍感な男でも、そばにいる『誰か』の仕業だと察するでしょうね。……それに、ほら、あなた『弱い』し」
「『弱い』は余計だが⋯⋯まあ、否定はできないな」
思わず苦笑いしてしまう。確かに、このメンツでそんな芸当ができるのは彼女しかいない。
「大丈夫だろうか。正体がバレて、何か面倒なことに巻き込まれたりしないか?」
「遅かれ早かれ、いずれ明らかになることよ。それに、彼は恩を仇で返すような男ではないわ。彼なら大丈夫よ」
ヒーの言葉には、不思議な説得力があった。
だが、俺にはもう一つ気になることがあった。カイルが言いかけてオルドランに遮られた、あの「任務」の話だ。
「そういえば、オルドランさんは何か重大な任務があったことを隠しているようだった。カイルが何か言いかけて、強引に止められてたようだし……それに、王都を離れて、ずっと遠征に行ってたみたいなんだ」
それを聞いたヒーは、少しだけ思案するような表情を見せ、すぐに視線を俺に戻した。
「気になるのなら、直接『あの人』に聞きに行ったらどうかしら?」
「……あの人か」
面倒なことにならないといいが。
◆◇◆
翌日、俺たちは「あの人」こと、ヴェリウスを訪ねることにした。
道中、ヒーフーミーたちは、いつものようにリュックの中にいた。
ヒー曰く、ヴェリウスにも擬態は通用しないが、彼は「ヤマダが強大なモンスターを何らかの手段でコントロールしている」と勘違いしている節があるため、今のところはそれで押し通すのが得策とのことらしい。
「ヴェリウスさん、ごめんください。ちょっとお聞きしたいことが……」
館の前に着いて声をかけた。
すると、奥から深い藍色のローブを纏ったヴェリウスが姿を現した。
「……お前か。相変わらず、緊張感のない面をしているな」
「すみません、お忙しいところ。実はオルドランさんのことで聞きたいことがあって。最近、彼に何かあったのか気になりまして」
俺が本題を切り出すと、ヴェリウスは呆れたように大きな溜息をついた。
「その様子だと、お前……本当に何も知らんのだな。いいだろう、入れ。ちょうど私からも話があったところだ」
ヴェリウスは俺を椅子へと促すと、静かに語り始めた。
「何処から話したものか⋯⋯。それでは、順を追って話そう。奴ら騎士団は、あの『オーラムバードの卵』を発見し、国王に献上した」
あの卵、国王のもとに無事渡ったのか。良かった。
「どうやら奴らが、遠方の山々を探索中に偶然発見したとのことだ。私はその話を鵜呑みにしていないがな。まあ、今はこの件は置いておこう」
なんとか国王に上手く説明してくれたみたいだな。ヴェリウスの言葉は含みがあるが、この魔道士には俺が卵を持っていた過去を知られているから、関係性を疑われても仕方のないことだろう。
「さらに、だ。最近まで隣国からの要請を受けて、とある村の救出作戦に向かっていたのだ」
「救出作戦?」
「そうだ。それも並の任務ではない。命がけの任務だ」
ヴェリウスの目が鋭く光る。
「お前、『火炎の竜』を知っているか。その名の通り、吐き出す炎で周囲を焼き尽くす古の魔物だ。その能力は、『漆黒の竜』に匹敵するか、それ以上の力を持つとされている。そいつが、突如、隣国のとある村に現れたのだ」
「そんなことが⋯⋯」
命懸けの戦いに、彼は行っていたのか。
「隣国からの要請は極めて異例だ。おそらくは騎士団の評判を聞いていたのだろう。自国ではどうにもならず、助けを求めたというところか。幸いにも、村は国境付近、例の漆黒の竜がいた渓谷を過ぎた辺りにある」
俺は、この国のことをあまり分かっていなかったが、漆黒の竜がいなくなった影響は中々に大きかったんだなと思いながら、話を聞く。
「救助要請を受けて、国王は騎士団の派遣を決意した。苦渋の決断だったと思うが、人命を優先したのだろう。また、渓谷を通る障害がなくなったことも要因かもしれんな。そして、オルドランだけでなく、騎士団員全員が救出に賛同し、国王に救出を提言したという話も聞いている」
「そんなことが⋯⋯」
「ああ。騎士団は命を賭して作戦に臨んだようだ。そして、オルドランは、その戦いで信じがたい力を発揮した。報告によれば、奴は単身で竜の懐に飛び込み、その剣一振りで、竜を真っ二つに切り裂いたそうだ。まるで、神の加護でも得たかのような獅子奮迅の働きだったと」
ヴェリウスは、続けた。
「おかげで襲われた村は、多少の怪我人は出したものの、犠牲者は奇跡的に0に抑えられた」
なんだか、想像以上にすごい話が始まってしまった。ヒーが譲渡したレベルが、隣国の危機を救うために使われていたなんて。
呆然とする俺に、ヴェリウスはさらに追い打ちをかけるような言葉を続けた。
「そして、オルドランは、負傷した村人たちを回復魔法により手当てを施したと聞いている。今まで魔法など使えない、一介の騎士だったにもかかわらず、だ」
きっと、ヒーの魔力がオルドランに渡ったからだ。
この間まで俺たちは、のんびりみんなで川をお散歩してたり、綺麗な石を拾ってたりしてたのに。なんだかとんでもないところに迷い込んでしまったなと、思った。
話を続けたヴェリウスは、ゆっくりと告げた。
「そして、国王は判断を下した」




