第43話:能ある鷹は爪を隠す?
あの石をクレメルに売ったその後も、俺たちは穏やかな日々を過ごしていた。
そして、例の浅瀬へと足を運ぶ機会が増えていた。
水遊びが大好きなミーはキラキラと光る水面を追いかけ、植物を愛でるフーは森の木々や花を眺めている。そんな二人を、ヒーは少し離れた岩場で優しく見守っていた。
そして、俺はといえば――。
正直に言って、あの浅瀬の見え方が少し変わってしまっていた。
水辺の景色より、底に沈む石のほうが気になる。完全に欲に目が眩んでいた。
(……いや、ダメだ。自然を楽しみに来たんだ。欲張るのはやめよう)
自分にそう言い聞かせ、俺は深呼吸して川の流れに目を向けた。
小さな魚が群れをなして泳ぐ穏やかな景色を眺めていると、不意に川底で緑色の光がきらりと反射した。
「……あれ?」
拾い上げてみると、その石は深緑から赤紫へと妖艶に色を変えた。
「うお、あった……!」
探している時は見つからず、諦めた途端に見つかるとは。
(やっぱり、欲をかくのはよくないってことか……)
俺は妙に納得しながら石をしまい、楽しそうに遊ぶみんなを見て笑った。
こうしてのんびり過ごしながら、必要な分だけ拾えばいい。それが一番だと思えた。
◆◇◆
そんな平穏な日々が続いていた、ある日のこと。
テラスに、馬の蹄の音が響いた。
「ヤマダ殿、お久しぶりですな!」
現れたのは、オルドラン団長率いる騎士団の一行だった。ヒーが彼にレベルを譲渡して以来、初めての訪問だ。
以前はコーヒー目当てに頻繁に来ていたが、今回は少し間が空いていたので、正直少し心配していたのだ。何より、強大な力を得たであろう彼が、その後どうなったのかも気にかかっていた。
「おじさん、ひさしぶりー!」
「おお、ミー殿! お元気そうで何よりだ」
ちょうど花畑へ遊びに行くところだったヒーフーミーたちは、騎士団と軽く言葉を交わすと、俺に「じゃあねー!」と言って森の方へ消えていった。
「いやはや、かたじけない。本当はいち早く伺いたかったのですが、少々任務が立て込んでおりましてな。ようやく来ることができました」
オルドランは、以前と変わらぬ快活な笑い声を上げた。
だが、その背後に控える若手騎士のカイルが、我慢できないといった様子で口を挟む。
「あ、ヤマダさん! 聞いてくださいよ! 団長が、もうとんでもないっ……アダダダダダダッ!?」
「……申し訳ない、ヤマダ殿。大した話ではないのですよ。それより、早速あの『例の一杯』をもらっていいかな?」
オルドランがカイルの肩をがっちりと掴み、言葉を遮った。カイルが何を言いかけたのかは非常に気になったが、ひとまず俺は苦笑いして頷いた。
「ええ、もちろんです」
彼らはセルフサービスで、持参したカップに黒い液体を入れて飲んでいる。深く息を吐き、リラックスした表情を見せた。
改めて見ると、オルドランのカップは他の団員のものより一際大きい。
俺は世間話のついでに、探りを入れてみることにした。
「あれから、いかがでしたか? お体に変わりなどは――」
「ああ、いつもと変わらないですよ。ヤマダ殿の方こそ、何かお困りごとはありませんか?」
話をかわされた。
やはり、ヒーから得た力で何か大きな出来事があったのだろうか。だが、力を譲渡させた張本人としては、あまり露骨に探るわけにもいかない。
しばらく他愛のない会話が続いた後、俺はふと思い出したことを聞いてみた。
「そういえば、少し聞いたのですが……今、王都で光の色が変わる宝石が流行っているとか。確か『ミネルヴァ様の宝石』なんて呼ばれているそうです。ミネルヴァ様というのは、王都で有名な方なんですか?」
すると、オルドランは意外そうに眉を寄せた。
「いや、初耳ですな。ミネルヴァという名に心当たりはない。貴族か、あるいは高名な冒険者だろうか……。最近は王都を離れて遠征に出ていたもので、流行には疎くなってしまいましてな。また何か分かればお知らせしましょう」
「そうですか、変なことを聞いてすみません」 「いやいや、何でも聞いてくだされ」
ミネルヴァ、という名は最近出てきたものなのだろうか。それに、オルドランも任務で王都を離れていたという。
それがヒーから得た力に関係する任務だったのか。いずれにせよ、聞けるのはここまでのようだ。
やがてコーヒーを飲み終え、彼らが帰路につこうとした時。
オルドランが足を止め、俺を振り返った。
「ああ、そうだ。ヤマダ殿は、王都へ来られたことはありますか?」
「いえ、まだ一度も」
「そうでしたか。もし機会があれば、ぜひ一度おいでください。私が責任を持って歓迎いたしますよ」
「ありがとうございます。……でも、俺はここでのんびりするのが性に合っていますから。お気持ちだけ頂いておきますよ」
「そうですか、気が変わられたらいつでもおっしゃってください」
俺がそう答えると、オルドランは納得したように微笑んだ。
「それと、一つ、言伝を」
「はい?」
「ヒー殿に、『深く感謝いたします』とお伝え願えるだろうか」
俺は一瞬、ドキリとして尋ねた。
「えっと、それは、何の件ですか⋯⋯?」
問い返すと、オルドランは、フフッと意味深に笑った。
「とにかくお伝え頼むぞ、ヤマダ殿! では、また!」
そう言い残して、騎士団員と共に去っていった。
夕闇が迫るテラスで、俺は一人、去りゆく蹄の音を聞いていた。




