第43話:能ある鷹は爪を隠す?
あの石をクレメルに売ったその後も、俺たちは穏やかな日々を過ごしていた。
そして、例の浅瀬へと足を運ぶ機会が増えていた。
水遊びが大好きなミーはキラキラと光る水面を追いかけ、植物を愛でるフーは森の木々や足元に咲く名もなき花を見つめている。そんな二人を、ヒーは少し離れた岩場で、慈しむような眼差しで眺めていた。
そして、俺はといえば……。
正直に言って、あの浅瀬の見え方が、少しだけ変わってしまっていた!
もはや水辺の情緒よりも、底に沈んでいる石に意識が向いてしまう。完全に欲に目が眩んだ男の顔をしていたに違いない。そして、探してみるが中々見つからない。
「……いや、ダメだ。自然を愛でに来たんだ。あくまで『お散歩』のついでなんだから。あんまり欲張ると、みんなに見放されるぞ」
自分にそう言い聞かせ、俺は無理やり視線を遠くへ向けた。
川のせせらぎ、魚の跳ねる音、木々のざわめき。俺はこういうノーストレスな生活を求めていたはずだ。金貨に魂を売って、元いた世界のような数字と時間に追われる日々に戻ってどうする。
そんな風に自戒し、俺は深く呼吸をして川の流れをただ見つめた。小さな魚が群れをなして泳いでいる。透明度の高い水の中、彼らは実に気持ちよさそうだ。深い場所もなく、流れも穏やか。見ているだけで心が洗われる。
ふと、魚の動きを目で追った時だった。
川底の一角、光が反射して一瞬だけ緑色の光が見えた。
「……あれ?」
俺は無意識に手を伸ばし、それを拾い上げた。指の間で転がすと、ランプの光を浴びた時のように、深緑から赤紫へと妖艶に色を変える。
「うお、あった……!」
思わず声が出る。
探している時は見つからず、無欲の精神で自然を愛で始めた瞬間に現れるとは。世の中とは、あるいは、この異世界というやつは、随分と皮肉な仕組みになっているらしい。
(やはり、欲望剥き出しの人間には、幸運は訪れない……ということか)
俺は謎の境地に達し、心の中で「今後も自然を愛でること」を固く誓ったのだった。
石探しが目的になってしまっては、この素晴らしい景色が台無しだしな。今日はこの一個の収穫で十分。欲をかいて鉱脈を探し回ったりせず、またゆっくりと時間をかけて通えばいい。
楽しそうに笑うヒーフーミーたちの姿を見ながら、俺は穏やかな満足感に浸っていた。
◆◇◆
そんな平穏な日々が続いていた、ある日のこと。
テラスに、馬の蹄の音が響いた。
「ヤマダ殿、お久しぶりですな!」
現れたのは、オルドラン団長率いる騎士団の一行だった。ヒーが彼にレベルを譲渡して以来、初めての訪問だ。
以前はコーヒー目当てに頻繁に来ていたが、今回は少し間が空いていたので、正直少し心配していたのだ。何より、強大な力を得たであろう彼が、その後どうなったのかも気にかかっていた。
「おじさん、ひさしぶりー!」
「おお、ミー殿! お元気そうで何よりだ」
ちょうど花畑へ遊びに行くところだったヒーフーミーたちは、騎士団と軽く言葉を交わすと、俺に「じゃあねー!」と言って森の方へ消えていった。
「いやはや、かたじけない。本当はいち早く伺いたかったのですが、少々任務が立て込んでおりましてな。ようやく来ることができました」
オルドランは、以前と変わらぬ快活な笑い声を上げた。だが、その背後に控える若手騎士のカイルが、我慢できないといった様子で口を挟む。
「あ、ヤマダさん! 聞いてくださいよ! 団長が今回の任務で、もうとんでもないっ……アダダダダダダッ!?」
「……申し訳ない、ヤマダ殿。大した話ではないのですよ。それより、早速あの『例の一杯』をもらっていいかな?」
オルドランがカイルの肩をがっちりと掴み、言葉を遮った。カイルが何を言いかけたのかは非常に気になったが、ひとまず俺は苦笑いして頷いた。
「ええ、もちろんです」
彼らはセルフサービスで、持参したカップに黒い液体を入れて飲んでいる。深く息を吐き、リラックスした表情を見せた。改めて見ると、オルドランのカップは他の団員のものより一際大きい。
俺は世間話のついでに、探りを入れてみることにした。
「以前いらっしゃってから、いかがでしたか? お体に変わりなどは……」
「ああ、いつもと変わらないですよ。ヤマダ殿の方こそ、何かお困りごとはありませんか?」
話をかわされた。
やはり、ヒーから得た力で何か大きな出来事があったのだろうか。だが、力を譲渡させた張本人としては、あまり露骨に探るわけにもいかない。
しばらく他愛のない会話が続いた後、俺はふと思い出したことを聞いてみた。
「そういえば、少し聞いたのですが……今、王都で光の色が変わる宝石が流行っているとか。確か『ミネルヴァ様の宝石』なんて呼ばれているそうです。ミネルヴァ様というのは王都で有名な方なんですか?」
すると、オルドランは意外そうに眉を寄せた。
「いや、初耳ですな。ミネルヴァという名に心当たりはない。貴族か、あるいは高名な冒険者だろうか……。最近は王都を離れて遠征に出ていたもので、流行には疎くなってしまいましてな。また何か分かればお知らせしましょう」
「そうですか、変なことを聞いてすみません」 「いやいや、何でも聞いてくだされ」
ミネルヴァ、という名は最近出てきたものなのだろうか。それに、オルドランも任務で王都を離れていたという。それがヒーから得た力に関係する任務だったのか……。いずれにせよ、聞けるのはここまでのようだ。
やがてコーヒーを飲み終え、彼らが帰路につこうとした時。
オルドランが足を止め、俺を振り返った。
「ああ、そうだ。ヤマダ殿は、王都へ来られたことはありますか?」
「いえ、まだ一度も」
「そうでしたか。もし機会があれば、ぜひ一度おいでください。私が責任を持って歓迎いたしますよ」
「ありがとうございます。……でも、俺はここでのんびりするのが性に合っていますから。お気持ちだけ頂いておきますよ」
「そうですか、気が変わられたらいつでもおっしゃってください」
俺がそう答えると、オルドランは納得したように微笑んだ。
「それと、一つ、言伝を」
「はい?」
「ヒー殿に、『深く感謝いたします』とお伝え願えるだろうか」
俺は一瞬、ドキリとして尋ねた。
「えっと、それは、何の件ですか⋯⋯?」
問い返すと、オルドランは、フフッと意味深に笑った。
「とにかくお伝え頼むぞ、ヤマダ殿! では、また!」
そう言い残して、騎士団員と共に去っていった。
夕闇が迫るテラスで、俺は一人、去りゆく蹄の音を聞いていた。




