第41話:脳内ラビリンス
翌朝。洞窟の中に差し込む朝日は、昨日よりも心なしか明るく感じられた。
隣では、精神統一を終えてすっかり元気を取り戻したヒーが、羽を整えている。その姿を見て、俺は心の底から安堵した。
「おはよう、ヒー。もう体の方は本当に大丈夫かな?」
「ええ、おはよう。おかげさまで、魔力もすっかり満たされたわ」
「それはよかった。無理は禁物だからね」
「心配ありがとう」
ヒーは少しだけ照れたように笑った。
以前の彼女ならもっと不敵に笑って見せたかもしれないが、今は俺の気遣いを素直に受け止めてくれた。昨夜の「プレゼント」が、俺たちの距離をまた少し縮めたのかもしれない。
「今日は天気がいいし、ヒーも一緒に、また昨日の場所へ行ってみようか」
「わーい! おさんぽー!」
「……うん。いく」
ミーとフーが元気いっぱいに飛び跳ねる。俺たちは連れ立って、昨日見つけたあの美しい川辺へと再び向かうことにした。
木漏れ日の中を歩きながら、俺はヒーに並んで問いかけてみた。
「ねえヒー。この森のことで、もし知ってたら教えてほしいんだ」
「なあに?」
「例の『ギガントリーフ』みたいに、不思議な力を持つ植物って他にもあるかな?」
俺はヒーに問いかけてみた。
「そうね……何を特殊と言うかにもよるけれど」
「人間にとって有益なもの、とかかな」
「それなら『解毒草』の類ならいくつか見かけたわよ」
「そうか。ちなみにそれって、街とかで高く売れるものかな?」
俺の問いに、ヒーは少し意外そうな顔をして俺を見た。
「あら、あなたお金の心配? 見かけによらず心配性ね」
「まあ、これからのこともあるしね」
「貴重なものではないから、そこまで値がつくかは疑問ね」
「そうか……。『ギガントリーフ』とかはどうかな?」
「何処にでも生えるわけじゃないけれど、人間がどれほど有り難がっているかは、分からないわね」
「なるほど、二束三文の可能性もあるか」
心の中に、少しだけ冷たい風が吹く。
ヒーがくれた『オーラムバードの卵』――あの「金貨」を生み出すアイテムのインパクトが、俺には強すぎたのかもしれない。俺が地道に森を歩いて見つけたものが、金貨何十枚という価値に到底及ばないのは当たり前なのだが、いざ現実に直面すると、昨夜の決意が少しだけ揺らぎそうになる。
「まあ、あれだけ金貨の蓄えがあるのだもの」
「……そうだね」
「散財しない限りは、暮らしに困ることはないんじゃないかしら?」
「それはそうなんだけどさ」
「また足りなくなったら、私が卵を産めばいいだけのことよ」
ヒーは事もなげに言う。
ついつい「そうだな、助かるよ」と返事しそうになる自分がいた。だが、俺はぐっとその言葉を飲み込む。
(……甘えちゃだめだ。今は蓄えがあるけれど、もし俺がこのままヒーの力に寄りかかり続けたら、それは健全な『共存』じゃない。自分の力でも収入源を確保していきたいところだ)
俺一人の力では厳しいかもしれない。それでも、自分の無力さを痛感して立ち止まるのではなく、できることを少しずつ積み上げていかなければならないのだ。
(⋯⋯それに、いつかみんながこの場所から『巣立つ』日が来るかもしれない。その時に、俺が一人で立っていられないようじゃダメなんだ。俺がいつも彼らに寄りかかってしまう依存関係ではいけない)
考え始めると、どうしても思考が堂々巡りになってしまう。
「……また、何か考えているの?」
ヒーが俺の顔を覗き込んできた。
「行動あるのみ、よ。頭の中だけで解決できるほど、簡単な話じゃないんでしょ?」
「……はは、ヒーには敵わないな。ちょっとみんなのために、俺も何かできないかなって思ってるだけだよ」
「そう? あなただって色々やってくれているわよ」
「ありがとう。でも俺は本当に大したことしてないよ。ヒーやフー、ミーみんなのおかげさ。だからこそ、俺なりに頑張ってみたいんだ」
「そう。無理せず頑張って」
ヒーは優しく、背中を押すように言ってくれた。
そんな会話をしているうちに、俺たちはいつの間にか、あの滝のある浅瀬に到着していた。
「ここで石、ひろったよー!」
「……うん、これ」
ミーとフーが、昨日の場所を指差してヒーに報告している。
「ありがとう、二人とも」
三人の睦まじいやりとりを見つめながら、俺はふと足元に落ちている石を拾い上げた。
(ここの石が、もし全部高く売れれば億万長者になれるんだけどな……なんてな)
そんな独り言をこぼしつつ、手の中の石を眺める。前の世界にあるような、ただの河原の石がほとんどだ。だが、よく見ると時折、妙に綺麗な石が混ざっている。俺が今拾った石も、光の角度によって色が変化して見える不思議なものだった。
「これなんか、光の角度で色が変わるみたいだ」
「綺麗ね」
「俺も小さい頃は、こっそり石拾って家に持って帰ってたなあ」
あの頃の純粋なワクワク感が、胸の奥で少しだけ蘇った。
「まあ、今日すぐにどうにかできる話じゃない。今は楽しもうか!」
俺たちは水場で遊び、食事を取った。
帰りがけ、せっかくだからと以前みんなで作った『あの温泉』に寄ることにした。
「みんな、温泉に入っていこうか」
「おんせん! だいすきー!」
「うん」
岩を組み、火と水の魔力で調整したあの場所。久しぶりにゆっくりとお湯に浸かる。
(この温泉だって、みんなのおかげなんだよな……)
またネガティブな思考が、頭をもたげそうになったが、俺は慌ててそれを振り払った。今この瞬間を楽しむことにした。
「えい!」
「当たらないよ」
ミーはぷかぷかと水面に浮きながら、口から水鉄砲を飛ばして、フーを狙っている。それをフーが華麗な身のこなしでひらりとかわす。湯気の中で笑い合う彼らを見ていると、俺も心が癒された。
ヒーも気持ち良さそうだ。魔力もさらに回復してくれるといいなと思った。
そうして穏やかな一日は終わった。
◆◇◆
翌日。俺は「情報収集」という名目で、いつもの町へ行くことにした。
「今日は町に行ってくるよ。様子を見てこようと思って。みんなも来るかい?」
「いくー!」
「うん!」
「行きましょう」
「よし、行こうか!」
街への道中、俺はリュックに、ヒー、フー、ミーを背負って歩いた。昨日のギガントリーフも念のため一枚、くるくると丸めて差し込んである。
「ヤマダー、今日はなにしにいくのー?」
「町の様子を見に行くんだ。何か情報がないかなと思ってね」
「へえー、ヤマダーはすごいねえ⋯⋯。このリュックのなか、きもちいいねー……」
ミーの声が次第に小さくなり、やがて規則正しい寝息に変わった。気づけばフーも、ミーに寄り添うようにして眠ってしまっていた。
(なんだか、後部座席で眠る子供たちを乗せて走る、ドライバーみたいな気分だな)
そんな俺たちの様子を、ヒーが隣で静かに見守っている。俺の心が穏やかでいられるのは、間違いなく彼らのおかげだ。彼らの信頼に応えるためにも、俺は歩みを止めなかった。
街に着くと、俺は真っ先に、商人のクレメルさんの店へと向かった。
「おお、ヤマダ様! お久しぶりです、お元気でしたか!」
クレメルさんは、相変わらずの笑顔で出迎えてくれた。
「ええ、おかげさまで。クレメルさんも商売の方は順調ですか?」
「ええ、ええ! 絶好調ですよ!」
「それは良かったです!」
「最近は、これまで行けなかった近隣の国まで足を運べるようになりましてね」
「そんなに遠くまで?」
意外な近況につい驚いてしまう。
「ええ。ご存知かもしれませんが、あの渓谷を遮っていた漆黒の竜がいなくなったんですよ。あれが恐ろしくてみんな行けなくなってしまったのですが、それが解消されて、物資の行き来が劇的にしやすくなりまして!」
なるほど、そんな影響があったのか。
『例の三人組』の行動は、俺が知らないところで、この世界の経済すら動かしていたのだ。
「我ら商人にとっては、まさにありがたいことですよ」
「そうだったんですね」
「ええ。それで、今は色々と新しい商品も仕入れておりますよ。見ていかれますか?」
以前よりも高価で、同時に頑丈な武具が揃っている。
「へえ、すごいラインナップですね。今は何が売れ筋なんです?」
「やはり冒険者向けの装備ですね。ギルドの活動が最近は活発になっておりますので」
「最新の武器や防具、ですか」
「ヤマダ様はいかがです? 何か新調されますか?」
「あはは、私は大丈夫です。戦いは苦手ですので」
苦笑いしながら断る。そして、意を決して懐から昨日拾ったギガントリーフなどを取り出した。
「あの、大した話ではないんですが……道中で見つけたものなんですが、こういうのって引き取りはやってますか?」
「ほう、これは……。そうですなあ、大変申し上げにくいのですが⋯⋯うちでは扱っておりませぬ。申し訳ないです」
「いえいえ、変なこと聞いてしまってすみません」
「お力になれず申し訳ない。うちは今、武具に力を入れておりまして」
「いえいえ、本当にお気遣いありがとうございます。ちょっと気になっただけですから⋯⋯」
(やっぱりそうか……。ギガントリーフは扱ってはくれないか)
内心の落胆を悟られないよう、俺はすぐに話題を切り替えた。これ以上空気を重くしたくない。
「最近は武器や防具が売れているとおっしゃってましたが、他に売れ筋などはありますか?」
「そうですなあ。うーん⋯⋯。ああ! 思い出しました! ギルドの連中がこぞって買っていくものがあるのです!」
クレメルは思い出すと、同時に疑問も口にした。
「正直、私もなぜそれがこれほど売れているのか、理由がわからんのですが⋯⋯」
クレメルは首を傾げながら、店の奥の棚を指差した。
「『アレ』が売れてましてね」
「『アレ』……?」
俺は思わず、その棚を二度見した。




