第4話:ヤマアラシのジレンマ
ミーと暮らし始めて数日。水の問題は、ミーの浄化能力と、定期的に降るスコールのおかげで解決した。
だが、次の課題が俺の目の前に立ちはだかっていた。
(リュックの乾燥保存食が、残りあと二日分か……)
ミーは水を主なエネルギー源としているが、どうやら雑食のようで、洞窟周辺の苔や植物も摂取して生きることができるようだ。
そんなミーとは違って、人間である俺には、何らかの食料を確保する必要があった。やはり、森の中を探索する必要がありそうだ。
「ミー、明日、この森の中を探索に出かけよう」
「探索? 大丈夫かな」
「大丈夫だ。この森はそんなに凶暴なモンスターはいないはずだ。それにミーと俺なら、この森の中のモンスターならきっと退治できるはずだ。もし強そうなモンスターを見かけたら、その時は逃げよう」
俺に鼓舞されたミーは、小さくプルプルと弾んだ。
◆◇◆
翌朝、俺はリュックを背負い、手頃な太さの木の枝を杖代わりにして、ミーを連れて洞窟の外に出た。今日の森は少し霧がかかっており、視界は悪い。
(俺の食料になるものも探さないとな)
木の枝で足元の安全を確かめながら、静かに森を進む。
「ミー、あれを見ろ。水場だ」
ミーの浄化能力のおかげで、すぐに水が必要ということはなかったが、スコールがない日のことも考えると、水源の確保は重要だ。それにミーに水を与えたかったしな。
しかし、その水場の近くにある木々の近くで、俺は奇妙なものを見つけた。
それは、手のひらに乗るほどの大きさの、ぼんやりと赤く浮遊する炎の塊だった。
俺はミーに小声で聞いた。
「アレはなんだろう」
「ベイビーフレイムだよ」とミーが答えた。
(なるほど、そんな種族もいるのか。まるで昔話とかお化け屋敷で見る、鬼火みたいだな)
(よし、声をかけてみるか)
俺は浮遊する火の玉に向かって、優しく声をかけた。
「君はひとりかい?」
ベイビーフレイムの炎が小さく揺れた。
「話せるの?」
「ああ。話してもいいかな。俺たちは一緒に行動してるんだ」
「変なの」
ベイビーフレイムは小さくつぶやいた。
ベイビーフレイムは、森の湿気に熱を奪われ、今にも消えそうに弱々しい状態だった。きっと触れると火傷を負わせるモンスターだ。だが同時に、その炎の奥にある極度の不安も感じ取っていた。
「誰かとお話したの、はじめて」
ベイビーフレイムは、ミーとも性格が違うようで、誰かと一緒にいたいみたいだった。
でも、漂う火の玉に、近づくものはいない。
その時、ベイビーフレイムの心の声が流れ込んできたように感じた。
深い孤独と、存在の消滅への恐怖。炎で自身の身を守ることができる。その一方で、他のモンスターから恐れられ、近づけば触れたものを傷つけてしまう。きっと、これまで誰とも心を交わせなかったのだ。
現実世界で、浮いてる火の玉を見たら、怖がっただろうしな。
俺は、その心の葛藤を理解した気がした。
(まるで「ヤマアラシのジレンマ」だな……)
たしか、学校で教わった言葉だ。体を針で覆われているヤマアラシ同士が、互いに近づきすぎると、その針で相手を傷つけてしまうが、離れすぎると孤独を感じてしまうという葛藤のことだったと思う。
このベイビーフレイムは、きっとその炎で身の安全を確保してきたが、それゆえに誰とも心を交わせない孤独を強いられていたのかもしれない。
俺は優しく語りかけた。
「俺たちと一緒に、洞窟で暮らさないか? そこは雨も当たらないし、俺らは君の味方だよ」
「いいの?」
ベイビーフレイムは驚きと期待の感情を俺に返した。
「もちろん!」
俺は胸を張って答えた。
「君のことはなんて呼べばいいかな?」
「なんでもいいよ」
「そうだな、ベイビーフレイムだから、フーって呼んでもいいかな?」
「うん」
ベイビーフレイムの炎が小さく揺れた。
「俺のことは、ヤマダって呼んでくれ!」
「ヤマダ……」フーは、小さくつぶやいた。




