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争い嫌いの元社畜ですが、『ハーモニー』スキルで魔物たちとノーストレスな共存生活を始めました。  作者: 遠峰 黎


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第32話:約束

 ヴェリウスの屋敷を後にし、俺は石畳の道をゆっくりと歩いていた。


 頭の中は、先ほど聞いた「冒険者三人組」の話でいっぱいだった。彼らのスキルや様子が気になったのだ。


「……あ」


 ふと、足を止める。


 何か、ヴェリウスにもう一つ聞こうと思っていたことがあったような気がするが、思い出せない。


「……まあ、いいか。思い出せないし」


 思い出そうとしても霧がかかったようにぼんやりとしている。忘れてしまうくらいなのだから、きっと今の俺にとっては、さほど重要ではない話なのだろう。


 今はそれよりも、早く森の拠点に帰って、ミーたちの顔が見たかった。

 ヴェリウスには「隅に置けない男」なんて言われたが、俺はただ、あそこで静かに暮らしたいだけなのだ。


 町を抜け、慣れ親しんだ森の小道に入る。木漏れ日が揺れる中を歩いていると、ようやく心の中のざわつきが収まっていくのを感じた。


 拠点であるテラスが見えてくると、そこには賑やかな声が響いていた。


 以前、俺が暇つぶしに教えた「棒消しゲーム」はもう満足したのか、地面には新しい図形が描かれている。俺が教えた「五目並べ」だ。


 この五目並べ、ルールは至ってシンプルだ。格子状の線が交わる場所に、交互に自分の印を描いていき、縦、横、あるいは斜めのいずれかに、先に五つ自分の印を並べた方が勝ちとなる。

 

 もともとは◯☓ゲームを教えていたのだが、あまりにすぐ引き分けになるので、盤面を広げて五目並べに発展させたのだ。


「やった! ミーの勝ち!」


 ミーが、その透明な体をプルプルと激しく震わせて、歓喜の声を上げていた。


 地面を見ると、縦横に引かれた格子の交点に、ミーが触手で描いた『◯』が、斜めに見事な五列を作っている。対するフーの『×』は、あと一歩のところでミーの攻勢を止めきれなかったようだ。


「まさか、ミーに負けるなんて」


 対戦相手のフーが、火の体をシュンと小さくして、信じられないといった様子で固まっている。

 

「ミー、すごいじゃないか。ようやくフーに勝てたんだな」

「ヤマダー、おかえりー! 見てー!勝ちー!」


 俺は微笑ましくその勝敗を見届けた。

 

 いつもは先読みするフーが勝っていたのだが、どうやら対局を繰り返すうちに、ミーの中にも独自の勝ち筋が見えてきたらしい。


「次は負けない⋯⋯」


 悔しそうに火をパチパチさせるフー。その横では、ヒーがギガントリーフの屋根の下で、優雅に羽を整えていた。


「町はどうだった?」


 ヒーの問いに、俺は二人の対局の跡を眺めながら答えた。


「ああ、面白い話が聞けたよ」


 俺は町で耳にした話を、世間話としてヒーたちに伝えた。深く考え込むような話ではなく、あくまで「あの人たち、あっちで元気にやってるみたいだよ」という明るい報告として。


◆◇◆


 それからさらに、数日後のことだった。

 テラスでくつろいでいると、聞き慣れた音が響いてきた。


「ヤマダ殿! お約束のものを持ってまいりましたぞ!」


 騎士団長オルドランだ。

 彼は馬を降りるなり、誇らしげな顔で小さな革袋を差し出した。


「これですな、ヤマダ殿が探しておられたのは!」

「オルドランさん、ありがとうございます」


 俺が中を確認すると、そこには小さな、本当に小さな種がいくつか入っていた。


「王都の学者に当たってみましたが、なかなかに珍しい野生種のようで。ですが、最高のものを選び抜きましたぞ!」

「助かります。これでようやく、準備が整いました」

「それは光栄だ! それでは、私はこれで!」


 相変わらず忙しない人だが、感謝しかない。

 俺は革袋を握りしめ、テラスの奥で遊んでいたミーたちの元へ戻った。


「フー、見てくれ。前に話していたやつだよ」


 俺が袋を見せると、三人が一斉に集まってきた。


「この間話していた、お花の種だよ」

 

 俺が手のひらに種を乗せて差し出すと、フーの体がポッと明るく灯った。


「……ほんとうに、持ってきてくれたんだ」


 フーは、その種をのぞき込みながら言った。


 その様子を見ていて、俺は数日前の出来事を思い出していた。ギガントリーフを採りに行った帰り、フーが黄色い花をじっと見つめていた時のことだ。


『あの花、綺麗だね』

『うん、綺麗⋯⋯』


 その後の帰り道、俺は気になってフーに更に質問を投げかけていたのだ。


『フー、さっきのお花、気に入ったのかい?』

『うん。綺麗だった。……今までは、お花に近づけなかったから⋯⋯』


 寂しそうに火を揺らすフー。自分の熱で植物を傷つけてしまうことを、彼はこれまで悲しく思っていたのだろう。今では自身の魔力の火を、自在にコントロールできるようになったことで克服したのだが、やはりこれまでの日々を引きずっているようだった。


 そんなフーに、俺は思い切って提案していた。


『もしフーが良かったら、お花を育ててみるかい?』

『お花……? やってみたい。育ててみたい』


 あの日、フーが勇気を振り絞って答えてくれた、「やってみたい」という願い。


 俺はフーの優しさがあれば、植物を育てることができると信じていた。


「この種を植えれば、あの日見たような黄色い花が咲くと思う。俺の世界では『たんぽぽ』っていう花に似ているね」


 フーはじっと種を見つめたまま、迷いのない声で言った。


「……『ぽーちゃん』」


「え?」


「この子の名前……『ぽーちゃん』がいいな」


 それは、いつも控えめなフーが、初めて自分の意志で、何かに名前を付けた瞬間だった。


 同時に、俺は自分の中に小さな迷いと不安が生じていた。名前をつけるということは、そこに特別な愛着が生まれるということだ。もし、この種が芽を出さなかったら。枯れてしまったら。その時、期待を込めて名前をつけたフーは、どれほど悲しむだろうか。


 不確かなものに名前をつけるのは、少し勇気がいることだと俺は考えていた。そんな俺の余計な心配を吹き飛ばすような、真っ直ぐな思い。


「ぽーちゃん、 かわいいー」


 ミーが賛成して跳ね回る。


「ぽーちゃん、どこにうめる?」


 フーは、俺が勧めた日の当たる斜面へと、ふわりと浮かんで移動した。


 俺が指で少しだけ土を掘ると、フーは魔力をコントロールしながら、大切に種を穴の中に運んだ。

 

「ぽーちゃん。大きくなってね⋯⋯」


 フーがそう呟くと、彼の体から微かに暖かな魔力が漏れ出したような気がした。種を包み込むような、優しい温度だ。ミーが自分の体から浄化した水を少しだけ、ジョウロのように降り注ぐ。土を被せ、俺がそっと手で押さえた。


「……咲くといいな」


 フーの小さな呟き。そこには、期待と同じくらいの不安が混じっていた。


 俺は葛藤を抱えながら、黙ってフーの姿を見ていた。


「彼らなら大丈夫よ」


 ヒーが俺の心を見透かしたように、隣で翼を休めながら言う。


「どんな結果になっても、その経験はきっと彼らの糧になるわ」

「そうだな⋯⋯」


 俺たちは、埋めたばかりの小さな盛り土を囲んで、しばらくの間、静かに見つめていた。


 失敗するかもしれない。枯れてしまうかもしれない。けれど、この名付けようのない期待と不安こそが、生きるということなのかもしれないと思った。


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