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争い嫌いの元社畜ですが、『ハーモニー』スキルで魔物たちとノーストレスな共存生活を始めました。  作者: 遠峰 黎


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第25話:魂の救済おじさん

 拠点へと戻る道中、ヒーがふと口を開いた。


「あの魔導師……ヴェリウスだったかしら。私の正体、完全に見抜いていたわね」

「……え、そうだったのか?」

「ええ。私の『擬態(フェイク)』は、一定以上の魔力を持つ者には通用しないわ。彼は相当な手練れよ」


 ヒーがレベルを「1」に偽装していても、真の強者にはその奥にある底知れない気配が伝わっていたらしい。俺は背中に冷や汗が流れるのを感じたが、ヒーは穏やかな表情を崩さなかった。


「だけど、彼は悪い人ではないわ。私には分かる」

「そうか……。彼が敵意を持っていないなら良かった」


(……強者同士、何かしら通じ合えるものがあったのかもしれないな)


 次会ったときには、なんて彼に説明しようか。あるいは、説明なんて不要なのか。

 そんな余韻を胸にしまい込みながら、俺たちは家路を急ぎ、ようやく俺たちの本拠地へと辿り着いた。


(それよりも、『アレ』なんとかしないとなあ⋯⋯)


 俺が直面していたのは、そんな思慮の余韻を物理的に洗い流すような現実だった。


 俺たちが作ったテラスは、いつの間にか騎士団の憩いの場――いや、精神安定剤の過剰摂取オーバードーズ会場のようになっていた。


 岩壁から湧き出る『黒いエキス』を飲むと「なぜか力がみなぎる」と評判なのだ。正直、俺としてはヒーにお任せしているだけなのだが、過酷な訓練や戦闘に明け暮れる彼らにとっては、一種の聖水に近い扱いらしい。実際、レベルも上がるしな。


 その『黒いエキス』は、ヒーの魔力により、熱さも付加することができたので、まるで淹れたてコーヒーのような味わいへと進化していた。


 ただ、もしここが日本なら、間違いなく通報されているだろうなとしみじみ思った。


「おい、この店。黒いエキスを飲んだ連中が、揃いも揃って真っ直ぐな目で涙を流しているぞ。叫び声も聞こえる。間違いなく何か『ヤバい』ものを提供しているに違いない」

 そんなタレコミがあってもおかしくない。


「ガサ入れだ!」そんな怒鳴り声と共に警察が踏み込んできて、店内の徹底的な捜索が始まり、居合わせた客たちに対しては即座に強制的な尿検査。


 挙句の果てには、場所のオーナーである俺が連行され、薄暗い取調室で「あれは何だ。どこで手に入れた。何を混ぜた」と延々と事情聴取をされるフルコースがついてくるはずだ。


 そこで俺が「いえ、ただの豆と水が材料です」と真実を述べたところで、この異様な光景を見れば、誰も信じちゃくれないだろう。


 だが、そんな妄想よりも、今ここにはもっと差し迫った、重大な「問題」があった。


 それは、魔導師ヴェリウスとのやり取りから数日が経った、ある日の昼下がりのことだ。


「ヤマダ殿、今日も良い天気ですな。これは、王国から届いた新鮮な果物です。お受け取りを」

「いつもありがとうございます、オルドランさん」

 

 騎士団長が、律儀に手土産を持ってやってくる。こちらは毎回もらうのも悪いですと断っても、必ず品を変えて持って来てくれるようになっていた。


 そして、彼は以前の約束通り、ボトル状の物に、何かのミルクを入れて持参していた。彼の後ろには、同じく休憩中の団員たちが数名、まるで巡礼者のような神妙な面持ちで続いていた。


「よし、お前たち。並んで注ぐがいい。一滴の無駄もするな。魂の濁りに繋がるぞ」


 うちのスタイルは、以前提案した通りの「完全セルフサービス」だ。


 屈強な男たちが、ガチャガチャと重々しい鉄の鎧を鳴らしながら、岩壁に形成された吐水口からトクトクと湧き出る『黒いエキス』をカップに注ぐ。丁寧な所作で持参したミルクを混ぜ、自分好みの飲み物を作っていく姿は、まるでおごそかな宗教的な儀式のようだ。


 日差しは暖かく、森の空気は美味い。

 至福のカフェタイム。


 ……のはずだった。


 しかし、『ヤツ』は突然やってきた。


 空が一瞬で暗転し、まるで天の底が抜けたような衝撃と共に、それは降り注いだ。


 ――バラバラバラッ!


「うわああ! 来たぞ!」

「カップを守らないと!」


 バケツをひっくり返したような大雨。

 この森の「スコール」だ。


 先ほどまで、あんなに優雅に寛いでいた戦士たちが、一転して奇襲を受けたようにパニックに陥った。


 ある者は、雨水が入らないように亀のように背中を丸めてカップを腹に抱き込む。そしてある者は、コーヒーが薄まるのを恐れて熱々のエキスを、喉を焼く勢いで一気飲みする。

 

 鎧が雨を弾く「パキパキ」という激しい金属音と、男たちの悲鳴が森にこだまする。


「落ち着いてください! 洞窟の中に来てください! あ、一気飲みは危ないですよ! 口の中、火傷しちゃいますよ!」

 俺の叫びも、凄まじい雨音にかき消される。


 ふと見ると、中央の特等席で一人、異質な空気を纏って動かない男がいた。オルドランだ。


 彼は激しい雨に打たれ、全身ずぶ濡れになりながらも、微動だにせず座っていた。カップの中には容赦なく雨水が降り注ぎ、もはや飲み物のていをなしていないはずだが、彼は満足げに目を閉じ、ゆっくりとカップを口に運んだ。


「……ふぅ。これぞ、ソウル()救済リデンプション……」


「団長ー!?」

 団員たちが、悲鳴のような声を上げる。

 

 雨水で薄まりまくったエキスを飲んで、何を悟っているんだこの人は。


「ヤマダ殿……聞こえるか。この『恵みの雨(ヘヴンズ・シャワー)』の音が。空と大地が、この一杯の中で融和し、私の内なる汚れを洗い流していく……。雨に打たれ、その中でいただく温かな一杯。そこにこそ、真の救済リデンプションがあるのだ」


「救済の前に、早くこっちに来てください! 風邪引きますよ!」


 しかし、団長は岩のように動かない。それどころか、その姿に感銘を受けた他の騎士までもが、

「俺も……俺も、救済を受けます!」 と雨の中に飛び出した。


「団長! 雨水が、美味しいです!」

 口を開けたまま、空を仰いで降り注ぐ雨水を直接飲み出した。


 すると、それを見た他の団員たちまでもが「我らも続け!」「いけー!」と、次々に雨の中へ躍り出て、互いに「美味しい」「最高だ」などと讃え合いながら、雨水を味わい始めたのだ。


「良くやった、お前たち! その意気だ!」

「ありがとうございます、団長!」


 ずぶ濡れの男たちが雨の中で高笑いし、互いの肩を叩いて鼓舞し合っている。ここは新興宗教の集会場か。


「それはただの雨水です! うちはそんなの用意してないです!」


 俺の必死の叫びも虚しく、テラス全体が不気味なスチームバスのようになっている。


 しばらくしてスコールがピタリとやむと、そこには、雨に濡れて湯気を立てる筋骨隆々の戦士たちが、清々しい顔で整列していた。


「良い時間だった、ヤマダ殿。おかげで魂の渇きが癒えた。それではまた」


 雨に濡れたオルドランたちは、雨上がりの空の下、爽やかな笑顔で去っていった。その姿は、なぜか美しくもあった。

 

 ……何だここは。異常者たちの集まりか? これなら警察が来ても文句は言えまい。むしろ俺を連行するついでに、彼ら全員の精神鑑定もしてやってくれ。


 しかし、オルドラン団長、もとい「魂の救済おじさん」たちが、雨水でかさ増しされたエキスを飲む姿は、流石に場所を提供する身として忍びない。それに、風邪をひかれたら、本来の騎士団の仕事に差し支えるだろう。


 何より、これ以上放置すれば、このテラスは「憩いの場」ではなく「雨水を浴びながら悟りを開く謎の聖地」として認知されてしまう。


「なんとかするか⋯⋯」


 不本意ながらも、俺はこの異常者たちの健康と、この場所の平穏を守るために、まずは「屋根」を作ることを決意した。


「ヤマダー、なにしてるのー?」


 俺が土の地面に木の棒で設計図らくがきを描き始めると、ミーがぷるぷると跳ねながら、様子を見に来た。


「ちょっとした作業さ」


 『屋根作り(マッド・クエスト)』の始まりだ。


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