第14話:シンフォニー
「プハァ……」
特製ミルクを飲み干し、俺は岩場にごろりと横たわった。
夜空は、いつ見ても相変わらず星々が瞬いている。温泉で芯まで温まった体と、水風呂で引き締まった肌。そして、ミーの浄化水と濃厚なミルクが混ざり合った至福の味が、体中に染み渡っていくようだった。
隣では、ミーが、ぷよぷよと幸せそうに波打っている。フーは一定の動きで漂い、ヒーは羽を整えながら、時折満足げに目を細めていた。
俺たちは、それぞれが独立した個性を持ちながら、今この場所で、同じ一つの心地よさを感じていた。その実感が胸に溢れ、俺の心が仲間たちの波長と深く重なり合った。
その時、意識が急速に研ぎ澄まされ、力がみなぎる感覚を感じた。
(この感覚はもしや⋯⋯)
俺は、自身のステータスを確認する。
『レベル 25』
前回から大幅にレベルアップしている!
他のみんなもどうだろうと思い、ステータスを確認する。
『フー:レベル 30』
『ミー:レベル 35』
『ヒー:レベル 1462』
「……嘘だろ、みんなレベルが上がってる!?」
俺は思わず声を上げた。魔物を倒したわけでも、厳しい修行をしたわけでもない。ただみんなで温泉に入り、心からリラックスしただけだ。
「これって、もしかして温泉の力なのか……!?」
驚く俺の横で、ヒーがどこか誇らしげに翼を揺らした。
「おそらくだけど、温泉の力というより、あなたのスキルが、私たちの『心地よい』という感情を強引に経験値に変換したんでしょうね。おかげで、私も少しだけ体が軽くなったわ」
ヒーのような伝説級の存在が、レベルを1つ上げる難しさは想像を絶するはずだが、この安らぎの時間は、彼女にとっても何百年ぶりかの充足だったようだ。
だが、俺を一番驚かせたのは、数字の変化だけではなかった。
俺の『ハーモニー』スキルの感覚が、これまでの何倍も鋭敏になっているような気がしていた。
以前は、他のみんなの感情が言葉にしなくても「なんとなく楽しそう」としか分からなかった感情が、今はより鮮明に伝わってくるのだ。
そんな研ぎ澄まされた感覚の中で、俺はふと、静かに揺れているフーに意識が向いた。
(……あれ?)
フーはいつも、俺の近くで健気に燃えている。
だが、より深化した『ハーモニー』を通じて伝わってきたのは、そんなフーの心の奥底に溜まっていた、切ないほどの「寂しさ」だった。
『ボク……みんなともっと、触れ合いたいな……』
そんなふうに、フーが思っているような気がした。それは、震える炎の揺らぎのような感情でもあった。
『ボクが近づくと、きっとみんなを火傷させちゃう。ボクだけ、みんなとくっつけない……』
俺の胸が、ぎゅっと締め付けられた。
みんなを温めるための熱が、みんなとの距離を遠ざけている。その熱に、俺たちは何度も助けられた。しかし、フーは、自分だけがこの幸せな輪の外側にいるような感覚を、常に抱えていたのだ。
俺は、思わずフーに声をかけた。
「フー、いつもありがとう。お前のおかげで、俺たちはいつも温かいんだぞ」
俺は、岩場から体を起こして、フーのそばに歩み寄った。
そんな俺たちの様子を見ていたヒーが、静かに、しかし確信に満ちた声で告げた。
「フー、あなたの炎は、ただの物理的なものなんかじゃないわ。それは、あなたの『魔力』なのよ」
ヒーは続ける。
「魔力による炎なら、あなたの意思でコントロールできるはず。外側へ向ける破壊的な熱をすべて内側へ畳んで、ただの『灯り』としての炎になりなさい。あなたが願うなら、今のあなたなら、きっとできるわ」
「ボク……やってみる」
フーが集中するように、炎を小さく絞り始めた。
激しく燃えていた赤みを帯びた炎が、次第に柔らかく、澄んだ光へと変わっていく。周囲の空気を歪めていた熱気が、魔法のようにスッと消えた。
「……おいで、フー」
俺が再び手を差し出すと、フーは嬉しそうに揺れた。しかし、俺の掌のすぐ手前でピタリと動きを止めた。
「……やっぱり怖いよ。もし失敗したら、ヤマダを大火傷させちゃうよ」
炎の端が、不安げに小さく震えている。
自分を信じきれないフーの葛藤が、『ハーモニー』を通じて痛いほど伝わってきた。俺はさらに一歩、掌をフーへと近づけた。
「大丈夫だ、フー。失敗してもいい。俺はお前のそばにいたいんだ」
俺の言葉に、フーは意を決したように、ふわりと俺の掌へと飛び込んできた。
「っ……!」
熱くない。そこにあるのは、どこまでも優しく心地よい温もりだった。
「すごいよ、フー! できたじゃないか!」
俺はそのまま、両手でフーを優しく包み込んだ。小さな、でも確かな灯火を、自分の胸元へと引き寄せて抱きしめる。
「ヤマダは、温かいね⋯⋯」
フーがゆっくり呟いた。
それを見たミーが、我慢できないといった様子でぴょーんと跳ねてきた。
「ミーも! ミーもフーとくっつきたいー!」
ミーが俺とフーの間に割り込むようにくっつく。今のフーは完璧に魔力をコントロールして「灯り」に徹している。ミーの体が蒸発するなんてこともなく、むしろ二つの異なる性質が、俺の腕の中で心地よく混ざり合っていた。
「……やれやれ。本当に、困った人たちね」
ヒーは呆れたように首を振ったが、その眼差しは誰よりも優しかった。
フーの心から、霧が晴れるように寂しさが消えていく。それと同時に、俺の中にさらなる充足感が満ちていく。
(俺たち4人なら、きっとなんだってやれるさ)
今、こうして心を通わせ、肌でその幸せを感じられるようになったことが、何よりも嬉しい。
夜風が、再び心地よく吹き抜ける。
俺に抱きしめられるフー。そんなフーにピッタリとくっつくミー。そんな賑やかな様子を、優しく見守るヒー。
俺たちは、静寂の夜空の下で、温かなシンフォニーを響かせていた。




