第13話:アレ
「『アレ』も作れたら最高だな」
露天風呂と水風呂の交代浴を終え、心地よく火照った体で、俺は夜空を見上げながら、思わず独り言を漏らした。
「『アレ』、って?」
湯船の縁で涼んでいたヒーと、水風呂でぷかぷかと浮いていたミー、そして岩盤の上で静かに燃えていたフーが、一斉に首を傾げた。
(風呂上がりと言えば、答えは一つしかない。腰に手を当ててグイッと飲み干す、あの白い至福の一杯……『牛乳』だ)
そう思った瞬間だった。俺の脳内で、雑学と連想ゲームが、猛烈な勢いで暴走を始めた。
(……待てよ。牛乳があるなら、その前に『サウナ』があれば、さらに『整う』んじゃないか?)
サウナ。現実世界でテレビの特集を見るまで、俺はまともに意識したことすらなかった。
しかしその特集が衝撃的すぎて、思わずテレビに向かって「サウナで出産って嘘だー!」と叫んだことだけは、はっきり覚えている。
(うん、設計は完璧にできそうだ。フーがその火力を活かして熱源となり、サウナストーン代わりの岩を焼き続ける。そこにミーがその身から清浄な水を捧げて蒸気を出し、ヒーがその強靭な翼で熱波を送り込めば……この異世界に、サウナの聖地が誕生するぞ!)
想像の中で、俺は完璧な木造サウナを組み上げ、三人の役割分担をシフト表に落とし込んでいた。
――だが。
その想像の完成図を眺めた瞬間、俺の背筋に寒気が走った。
(……いや、いかんいかん! 却下だ!)
俺は慌てて首を振った。
サウナ室を100度近い高温に保つために、フーには休みなく燃やし続けてもらう。ミーには常に水分を削らせて蒸発させ続けてもらうし、ヒーには息が切れるまで全力で扇がせ続ける。
その熱狂と過酷な労働の横で、タオルを巻いた俺が一人、目を閉じて「ああ、整った」などと悦に浸る構図。みんなが楽しむものでもなく、俺だけのためにみんなに動いてもらうことになってしまう。
(うん、これは良くない……)
俺は、昔のことを少し思い出した。
まるで見えない王冠を被っているかのように、部下や周囲の人間を道具のようにこき使い、自分だけが手柄を独り占めしていた、会社の『部長』の姿だ。
「共存」とは、誰かを自分のためだけに不当に利用することじゃない。俺のスキルは、きっとそんな使い方ではないはずだ。
俺は脳内に広がりかけたサウナの設計図を、全力で丸めて心のゴミ箱へ放り込んだ。
「ヤマダー? どうしたのー?」
ミーが心配そうに、ぷるぷるとした体で俺の足元まで寄ってきた。
「あ、いや、ごめん。なんでもないんだ。ちょっと考えごとしてた。思い付いたことあるから、準備してくるよ」
俺は一旦湯から上がり、服に着替えた。そして、洞窟の荷物の中から、町で買っておいた陶器の瓶と平らな皿、そして木製カップを抱えて戻ってきた。
俺が戻ってくると、ミーが興味津々で跳ね寄ってきた。
「ヤマダー、これなにー?」
「お待たせ。これが『アレ』、つまり風呂上がりの仕上げ……『特製ミルク』だ」
俺は、ミーに分けてもらった透き通った冷たい浄化水に、瓶に詰まっていたドロリと濃厚な濃縮乳をゆっくりと垂らす。
町で見つけた時に思わず買ってしまったが、こんなに早く役に立つとは。
カップを少し振ると、純白の液体が水の中で美しく渦を巻き、やがて見慣れた乳白色へと変わっていく。牛乳そのものではないが、味は牛乳に極めて近いはずだ。
「さあ、みんなで乾杯しようか。あ、ごめん! ヒーは鳥だから、牛乳飲むのは良くないかも」
「私を誰だと思ってるの? 何でも大丈夫よ」
「そ、そうなのか? お腹壊したりとかしないかな」
「これ、飲んだことあるわ。それにこれ、私は好きよ。あ、言い忘れたけど、たとえ『毒』を飲んだとしても、私に効かないわ」
鳥類には、牛乳を与えてはいけないって聞いたことあったから質問したけど、さらっとすごいことを聞いた気がする。流石、伝説の存在だ。
そして、俺たちは、その液体をグイッと飲んだ。
(うまい!)
思った通り、これは風呂上がりの冷たい牛乳そのものだ! みんなも美味しそうに飲んでいる。
ミーは、並々と注がれたカップのミルクに顔を突っ込んで、ブクブクと泡を立てて喜んでいた。
フーも、初めての味に、器に上から近づいて飲んでいるみたいだ。
ヒーは、平らな器の底にミルクを浸して飲んでいる。
夜風が、温泉で温まった肌に心地よい。
そこに『アレ』だ。
月明かりの下、白いミルクの髭をつけたミーが、満足そうに跳ね、フーもオレンジ色の光でみんなを優しく照らしている。
そんな穏やかな光景を眺めていたヒーが、ふっと目を細めて、ボソリと呟いた。
「……ヤマダ。あなたのこと、少し見直したわ。こんなに素敵な時間を用意してくれるなんてね。改めてありがとう」
「……お礼を言うのはこっちだよ。今日1日、色々とありがとう」
ここには、サウナのような、脳を揺さぶる劇的な刺激はない。
けれど、夜の静寂の中で、信頼する仲間たちと、同じ味を楽しみ、満天の星々を見上げる。
これが、絆ってやつなのかもしれない。
そんなことを考えていた。




