第1話:ストレスフルな職場から異世界へ
こんにちは。
この作品のテーマは、会社での争いやストレスに疲弊した元会社員による「ノーストレスな共存スローライフ」です。
難しい展開やシリアスな話題は避けた、愛らしい魔物たちとの共同生活で、コメディでハートフルな作品を目指しています。
初めてのジャンルで緊張していますが、この作品が皆様のストレスフルな日常のちょっとした癒やしになれば幸いです。
俺は山田耕史。29歳独身の会社員。
会社では、連日の残業に、仕事の丸投げ、上司の機嫌取りなんかは日常茶飯事だ。
さらに、ウチの会社は出世をめぐる派閥争いと社内政治が蔓延っていて、社歴が長くなるほど、誰がどこの大学出身で、出世レースの今の位置づけまで、スラスラ答えられるようになっていく。
日々の満員電車に、長時間労働。そして何より人間関係の争いに疲れ切っていた。もう、こんな生活から解放されたい。
でも、転職するだとか、会社を辞めるだとか、そんな具体的な行動を起こす勇気もなかった。きっと、こんな生活が続くんだろうなと漠然と考えていた。
ある夜、仕事から帰ると激しい頭痛に苛まれて、そのまま眠りに落ちてしまった。
目を覚ますと、そこは石造りの部屋の中。目の前には退屈そうなローブ姿の男が座っていた。
魔道士、とでも呼ぶべき風貌だった。
俺は、思わず声に出していた。
「死んだのか、俺は」
目の前の人物が答えた。
「お前は死んだわけではない。ただ、私が呼び出したのだ」
俺はすぐに状況を察した。
(これは、もしや異世界ってやつか……。きっと魔王討伐とか、世界を救うために呼ばれたんだろう。正直争いごとは嫌だが、やるしかないよな……)
俺は覚悟を決め、魔道士に尋ねた。
「ここはどこですか? そして、なぜ俺を呼び出されたのでしょうか?」
その男は、開いていた大きな書物を閉じた。
「ここは私の研究の場所だ。呼び出した理由か? 呪文の練習を試していた。ただの気まぐれだよ。お前で何人目だったかな」
俺は呆然とした。
「そんな! 目的なく異世界に呼ばれるなんてことあるんですか!? 例えば魔王がいて、倒すために呼ばれたとか?」
魔道士は顔をしかめる。
「魔王? なんだそれは。悪いがお前を呼んだ目的はない。私の練習のためだ。それより、すまないが、お前は元の世界に戻る方法は、今のところない。代わりに、この世界のことを少し教えてやろう」
(戻れないのか。そうか、まあ仕方ない。それが異世界ってやつだもんな。まずは話を聞いてみるか……)
魔道士は話を続ける。
「さっきも、呼び出した別の者から聞かれたので、結論を言う。この世界はお前たちがいた世界と、おそらく文明の差はあれど、大差はない。基本的には平和だ。この世界にはモンスターというものがいるが、こちらから攻撃しない限り襲ってくることはない。たまに飢えて街に入ってくる奴がいたら防衛しないといけないが、このあたりに凶暴な種はいないから安心しろ」
俺は、聞いた内容を整理した。
(なんだか……元いた現実世界みたいだな。異世界は争いが常かと思ったが、こんなに平和だなんて拍子抜けだな……)
魔道士は再び書物を開き、俺のステータスを確認した。
「お前の特殊スキルは『ハーモニー』。どうやら、モンスターとの意志疎通ができるようだな」
そして、さらに無関心な調子で付け加えた。
「ステータスや種族名の確認方法は簡単だ。『ステータス』と頭の中で念じれば、自分の情報が見える。他者に関してだが……お前には『鑑定』スキルがないから詳細は見えん。ただ、相手を注意深く観察して念じれば、種族名とレベルくらいは表示してくれるだろう。まあ、強さを測る目安にはなる」
「なるほど……」
「そのスキルで何をするのも勝手だが、私には何もしてやれん。これは、これからの生活の足しにでもしろ」
魔道士はそう言って、銅貨数枚を雑に投げ渡した。通貨の価値がイマイチ分からないが、ありがたく受け取ることにした。
争いに役立たない地味なスキル。使命もなければ、誰かに期待されるわけでもない。加えて、平和な世界。
俺は早速、魔道士に言われた通り、頭の中でステータスを念じてみた。
【名前:ヤマダ (29歳・冒険者・元会社員)】
【レベル:1】
【特殊スキル:ハーモニー】
(なるほど、シンプルでいいな)
一言別れの言葉を述べて、急いでその場を後にした。
◆◇◆
魔道士の部屋を出た先は、古い石畳の町並みだった。
少し先を見ると、俺と同じく他の世界からやってきたらしい男女の冒険者たちが、熱心に話している。
よく見ると、この世界の住人とは、服装や様子が違うように見えた。俺より先に異世界に飛ばされて来た人たちだろうか。彼らの顔は、どれもやる気と期待に満ち溢れていた。
(きっと、あの人たちは、すごいスキルとか持ってるんだろうなあ……)
俺は思わず、彼らと距離を取って足早に立ち去った。かつて俺が経験した「争いの世界」に、足を踏み入れているのが、見て取れたからだ。
もし俺が彼らに巻き込まれていたら、きっとストレスで胃がキリキリしていたはずだ。
こうして足早に立ち去っても、誰も俺を追ってこないし、誰も俺に期待しない。まるで、長年抱えていた重い重りを、そっと下ろしたような感覚だった。
途中、町の雑貨屋に寄って、魔道士からもらった銅貨を使って、役立ちそうな最低限の道具を揃えることにした。
どうやら値札はついていないらしく、店の人と会話しながら値段を確認する。銅貨数枚という予算の都合上、選択肢は多くなかったが、数日分の保存食と荷物を入れるリュックが買えた。
しかし幸運にも、店の人から聞けた情報は、魔道士の言葉を裏付けていた。
「この辺は安全だよ。少し行くと森があるんだが、この町の人は誰も近寄らない。まあ、あのあたりは魔物がいてもそんなに凶暴ではないし、あんたでも大丈夫だと思う。それに、こっちから手を出さなきゃ襲ってくることはないよ」
その言葉を聞いて、俺は森の方角を眺めた。
争いも競争も、誰かの期待も、きっとそこにはない。
お読みいただきありがとうございました。
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