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第一章 過去から再び未来へ 3 学院に通う生活の始まり 登下校、そして寄宿舎生活

「直哉、気がついたか?」

 彼は、マリア・フォン・メック教諭の呼びかけで目が覚めた。そこは、学院長室だった。この時の彼は拘束されたうえに、彼の両脇を梓晴直轄の屈強な吸血鬼兵とサキュバス族の女たちが固めていた。

「直哉、先ほどはやりすぎだった......あんた自身が、あの状態をコントロールできないんだろうね……だから、あんたの体液をこの兵士たちに吸引させたうえ、拘束させてもらったんだ」

 たしかに彼の意識はもうろうとしており、首回りと腰の辺りは吸引した際に体液の残りで拘束服の首筋と下半身部分がこわばった状態だった。

「それから、あんたには感謝しているよ……あのはねっ返りたちは、教師たちから鼻つまみ者として扱われているんだよ……ゲルタ・ムベカは、過去に最終局面でグレカ皇女を暗殺するアサシン部隊員として送り込まれたミランダムベカの姪の子だ……イワノヴァ・ツルコワも、アサシン部隊員ナーマニカ・ツルコワの姪の子だ……そして、マジョルカ皇女は魔王ラー・メックの孫の一人フラッド皇子の孫なんだ」

 直哉は、この学院の秘密をもう少し知る必要があった。

___________________


 この日の帰路、直哉はこの日経験したことを何度も思いかえした。

 困惑に次ぐ困惑、逃げ出すに逃げ出せない閉塞感、悪い予感とその現実化、わが身を切るような憐れみと同情の念、困惑からの強い焦燥感、全ては彼を揺さぶり、何かがもう少しで外れそうな感覚が感じられた。

「家畜人類たちは、僕と外見上はそっくりだった......同じ人類には違いないのだろう……それでも、彼らのあの従順さは、単なる従順ではない....単純に雷同して盛り上がっては冷えることを繰り返し、その果てに行く末をあきらめてしまった従順さだ……希望など持ち合わせておらずに刹那的に生きている様子は、家畜人類の典型的な姿だ……え? なぜ、僕はこんな考え方をするのだろうか.......」

 このあとの直哉の思索は、そこまででとどまってしまい、心の動揺は消えてしまった。このように、なぜ途中で思考を泊めてしまったのか、いや思考が何かによって止められてしまったのか......その時の感覚は当の彼にとっても不思議なことではあった。まるで、その先に行けないように封印されているようだった。

 この日から直哉は、その封印のような何かによって心の波が抑えられ静められてしまうことを、自覚するようになった。そればかりでなく、彼は毎日の登下校の際に、ずっとぽかんとした表情で外の風景を眺め続けるようになった。


 寄宿舎のある赤井川盆地の地域から蘭島一帯に点在する学院施設への登下校の際に、自動走行車が通う道筋は、その時の条件、つまり天候・道路状況によってとる経路が異なっていた。ある時は廃墟の残る小樽市街の縁へ回り込んでから海沿いを経て蘭島近くへ、もしくは山道を一気に蘭島近くへ、もしくは山道を行くにしても蘭島の西側へ回り込んでから蘭島近くへ、そんないくつかのルートがあった。

 秋から冬にかけて、学院周辺は天候が荒れることが多くなる。そんな冬の始まりのある日、すべての道が使用不能になったために、大回りをしたことがあった。いや、直哉の登下校を心配した林梓晴と林華晴が急遽同乗し、いつもの運転手ではなく、梓晴の専属の運転手によって行くことになった際に、たまたま天候が悪くなって道に迷ったせいでもあった。このとき、送迎の車は南側の海岸に出てしまったのだが、直哉はその際に見た海の姿に、背筋が凍るような思いをした。その時にはわからなかったのだが、記憶の奥に深く刻まれた光景だった。どんなことを意味する光景なのか、その時の彼にはわからなかった。彼は、学院に着いてからもその光景を心に浮かべながら、一生懸命に断片的な記憶を探り続けた。

「南の方に何かあった筈だ......綺麗に晴れて遠くまで見通せているのに、海の向こうには何も見えなかった……確か、何かがあったはずだ……違う、何かが起きたから、何かが無くなったんだ……」


 この時、直哉と共に来ていた華晴にとっても、目の前の情景は初めて見るものだった。帰宅後、梓晴は「良い機会だから」と言って、娘の華晴に先程の情景について説明をしておくのだった。

「ここまで攻めてきた奴らがいたから、私たちが反撃したのよ……あの戦争の際、吹き飛んだところが全世界の各地にあるわ……ここもその一つね……海の向こうにはかつて本州と言われたある国の中枢部があった……そこは吹きとばされた……同時に、大陸の東海沿いの中国という地域や、日本海と呼ばれた海の沿岸地、そしてこの一帯つまりこの大きな島の西側のほとんども、吹きとばされたとされているの……奴らには、この島とこの一帯だけは隠されていて、私たちが支配しているのよ」

 梓晴が説明してくれたのだが、華晴にとっては想像すらできない凄まじい歴史話だった。華晴は圧倒されているのをよそに、梓晴は説明をつづけた。

「ひどい世界戦争だったわ……私たち魔族帝国は負けた……私たちは、負けて追い詰められて、世界中で壊滅させられ、隠れた.......最終戦局で、私たちはほとんどが滅ぼされて、生き残ったのは魔王一族と側近、一部の能力の高い魔族たちだけ……みんなそれぞれ散らばって、辺境に隠れたのよ.......魔王一族や私達魔族の生き残り、そして付き従ってくれた家畜人類たちは、やっとここへたどり着き、隠れた……そして35年後の今、高橋直哉が突如姿を現した……魔王様によると、私たちが挑んではいけない相手ということ……魔王様によると、私たちの大神ルシファー様でも彼をを封印するのがやっとだったらしい……こちらに誘い込んだのも封印の一つらしいわ……そう、彼があの最終戦局で私たちを撃滅させたきっかけなのよ」

 梓晴はそう説明したが、これもまた華晴には実感のない話だった。しかし、直哉が魔族たちの恨みを買い、封じられるようにして此処に連れて来られたらしいことは、何となく理解することが出来たのだった。

「さて、あんたにお願いがあるの……明日から、あんたには新たな同居人を紹介しておく……それは家畜人類クラスの娘なの……直哉の本質は、私の見るところ、女好きなのよ……でも彼の別の本質からは、女の子は神聖な存在らしいのよね……で、この娘は直哉の弱みに直接つながる特別な娘なのよ……あんたも含めて3人で生活し、積極的に直哉と彼女を絡めさせて! あんたも絡んでも良いわ……いずれ何かが起こるから、あんたはそれを観察して報告するのよ」


 次の日、直哉は学院長の呼び出しを受けて学院長室に出頭した。そこには華晴がおり、彼女から彼は一人の少女を紹介された。彼女は、家畜人類のクラスで直哉に質問をさせられた少女だった。学院長が、直哉の正面に彼女を立たせたとき、直哉は改めて彼女の表情と雰囲気や言動から過去の誰かを思い出し、衝撃をおぼえて声を漏らした。

「うっ!」

 その様子を見た学院長は満足したように説明を始めた。

「そうね、やはり反応したわね……彼女の名前はアリサ……彼女は、あんたと一番長く同道していた娘と名前が同じで、その娘の姉の孫にあたる少女よ……そのせいか、ほとんど同じ姿で性格も似ている少女……いや、彼女はもっとおとなしくて、控えめで奥手な娘だわ……あんたは既に彼女に色々な意味で感情を交えていたはずよね……これから華晴に彼女を加えて、三人で一緒に暮らしてもらう……バスルームもトイレも透明なガラスで仕切られただけのワンルーム、隠れることのできない空間よ……これはね、あんたに程されている封印を強めるはずよ……華晴には、あんたとアリサをけしかけるように指示してある......今までの記憶喪失などの封印に加えて、逃げ場のないところで迫られることで、あんたは身動きが出来なくなるからね……こうやってあんたの封印を強化するのさ……そうね、これから、互いに超のつく奥手おくてのあんたとアリサとがどうなるのか、楽しみね」

 梓晴は、直哉の反応を楽しみながら説明をつづけた。直哉は自分の身体に謎の反応が起きることに当惑した。

「これは一体……彼女は誰なんだ?」

「そうね、それならあんたがこの学院に入学させることになったいきさつを教えてあげよう……確かに、あんたは捕まえられて此処に入れられたと思っているだろうがね」

 林梓晴学院長は、直哉に一切の希望の無いことを教え、諦めの念を強くさせようとしていた。

「あんたを此処に引き入れたのは、あんたが....その何だかわからないけど、何かを学ぶために叡智学院か、その分校のどれかに入学することになっているという情報がもたらされたのよ……だから、我々はそれをいい機会だと考えた……あんたは私たちの影の学院に関わった上は、世界のどこかへ転校させられても、いや叡智学院に入学したとしても、もう何も悟れない状況が続くだろう……あんたがそうであれば、私たち魔族が再び地上で勝利を得られるようになるだろうよ」

 梓晴の説明はそれで終わった。直哉にしてみれば、「悟る」などという行為は今の愚かな自分には縁遠いものであると思っていた。

___________________


 梓晴の直哉に対する一連の措置は、直哉に諦念と無気力を覚えさせるためのものであったが、一歩間違えれば、直哉の封印を解き放ちかねない危険な瞬間でもあった。とりあえず、学院長の狙い通り、説明を受けた直哉は諦念を覚え、完全に元気をなくしたのだった。

 彼は、案内されるままに新たな宿舎に誘導された。新たな宿舎には、既に先に到着していた華晴とアリサがいた。こうして、三人がワンルームの宿舎に残された。


 しばらくたってから、やっと華晴が口を開いた。

「私の母さんは、無茶をするわね」

「僕は、ここでは生きた心地がしない......いや、実際に生きることが出来ない……女の子たちと狭い空間にいるだけで、息が出来なくなる」

 直哉のこの言葉に、今まで無言だったアリサが小さく頷いた。

「あの、私も皆さんが近くにいると、体が震えて動けなくなるんです」

「そうなの?」

 華晴はそれを聞いて、ワンルーム構造となっている自分たちの部屋を見回した。それにつられて直哉もアリサも注意深く部屋の様子を観察した。

 その部屋は、バスルームもトイレも透明なガラスで仕切られただけのワンルームだった。どう見ても、本来は一人用の宿舎だった。そこにとりあえずは三人が寝られる大きなベッドが一台導入され、それが部屋の大きな部分を占領していた。

「これって、私たち、何処で着替えれば……」

 アリサがそういうと、華晴が続いた。

「それよりも、バスルームとトイレが透明なガラス張りになっているわ……これはいくら何でも困る」

 この言葉を聞いて、直哉はようやく事態を飲み込めてきた。それと同時に直哉は顔から血の気が失せ、冷や汗が出てくるのを覚えた。

「こんなの......狭くて僕がいる場所がない……着替える時は僕は目をつぶる……問題はバスルームとトイレルームのガラス張りだ......どうやって使えと言うのだろうか」

「へえ、それなら毎日そういう時に、あんたが気絶してくればいいわ」

 華晴は直哉をあざ笑うように言った。直哉は困惑を深めた。

「それは困る」

「あの、私、見られるのを我慢します」

 アリサが覚悟を決めたように言った。これにはさすがの華晴も驚いて、不安そうな声を上げた。

「え? そんなの、わたしは嫌よ」

「僕も、そんなの、いやだよ」

 直哉は小さくつぶやいた。華晴はそんな直哉の消極的な声に反発した。

「じゃあ、あなたがどうかしてくれる? そもそもあんたが問題なのよ!」

「え、じゃあ、僕が此処から出て行くよ!」

「それじゃあダメなの! 母が、学院長が此処に三人で寝起きするように命令していたでしょ!」

 華晴の大声に直哉はしばらく考えたうえで、苦し紛れの提案を出した。

「じゃあ、透明なガラスに細かい傷をつけて曇りガラスにしよう」

「それで、それで見えなくなるのかしら?」

 アリサが確認するように、直哉に尋ねた。直哉は言葉を選びながら答えた。

「うん、見えなくなるように曇りガラスにするよ」

 こうして、直哉がバスルームとトイレルームの工事を始めた。その工程は次の日の未明を優に越えてしまった。


「できたよ」

 直哉が工事を終えて部屋に戻ってきたとき、既に冬空の東が明るくなり始めていた。二人の娘は既に居眠りをしていた。

「できたから、お風呂をどうぞ」

 直哉は二人を揺り起こした。先に起きたのは華晴だった。

「そう、できたの?」

「じゃあ、華晴、あんたから先にどうぞ!」

 直哉は二人を見比べて、華晴に声をかけた。すると華晴は、直哉の目の前ですくっと立ち上がると、いきなり服を脱ぎ捨てはじめた。

「フアア…、じゃあ、私、入って来る」

「え? あ、あの……」 

 直哉は慌てて目をそらしたのだが、華晴は半分寝ぼけたまま、バスルームへとよろよろ歩いて行ってしまった。直哉は、華晴がバスルームに入り込んだのを確認してから、直哉は、疲れ切った体を鞭うって、これ以上彼女たちの姿を見ないように寝具を頭からかぶった。


「こんなの、いつまで続けるんだろう」

 こんな静かな直哉のつぶやきにも関わらず、シャワールームの入り口から華晴が顔を出して揶揄うように答えた。

「そうね、あんたが女性の裸体に慣れるまで、これが繰り返されるのよ……そうすれば、今までのあんたの問題はすべて解決できるはずだ、と母が言っていたわ」

「それまでに、僕は生きられるのだろうか」

 彼はそう言って、アリサと自分の目を覚ますために、バスルームと反対側の窓を開け放って早朝の空気を取り入れつつ、山林の風景を眺めたのだった。


 次は、アリサの番だった。彼女は、華晴のようにシャワーを全開にしなかった。そのせいか、華晴のようにシャワールームの中を念のために蒸気で満たして、内部が見えなくする処置を忘れていた。また、窓から入った極寒の朝の空気がシャワールームのガラスを冷やして大量の水滴がガラス面に凝縮した。それは、曇りガラスを透明にする効果をもたらした。華晴はそれに気づいていたのだが、直哉は気づかずにいた。


 直哉はふと視線を感じて後ろを振り返ると、彼はシャワールームのアリサと目が合った。彼は、透明になったガラス越しに、立つてシャワーを浴びるアリサの裸体を正面から見つめる形になった。

「きゃー」

 彼女は悲鳴とともにしゃがみこみ、動けなくなった。彼女がしゃがみこんでシャワーを投げ出した際にガラスが割れた。同時に割れたシャワールームには、開け放った窓から外の凍り付いた雪と風が吹き込んだ。

「キャー」

「直哉、大変だよ、アリサが倒れこんだよ」

「このままでは、皆、体温を奪われてしまう」

 直哉は、華晴の指示に従って、アリサを運び出しすことにした。だが、アリサは気を失ったせいで体がこわばっていた。直哉は仕方なくバスタオルで彼女の胸と下半身とを隠しながら、彼女を苦労してバスルームの外へ運び出した。そんなバスタオルも、窓から強く吹き込んだ風によってとばされてしまった。

 生まれたばかりのままの姿のアリサを両手に抱えて、直哉は彼女をそのまま下すわけにもいかず、首を振りながら、彼女の裸体を抱え続けた。そこにようやく華晴がかけつけ、アリサを受け取って彼女に服を着せてくれたのだった。

 直哉は窓を何とか閉めて、ふたたび部屋を暖かくした。ほどなくして、アリサは目を覚まして華晴の顔を見た後、直哉の顔を見上げてから目を伏せて泣き出した。華晴が今までのことを説明すると、アリサは顔を覆いながら直哉を問い詰めた。

「私、男の人に裸を見られた……胸を見られた……下も見られた....男の人に私の胸も下も見られた」

「ご、ごめん……見るつもりはなかった」

「見たんでしょ?、私、直哉の目が私の胸と、私の下半身も見つめたのを知っているんだから!」

「うっ......うん、見えた」

「やっぱり、もう私、お嫁にいけない!」

 アリサはそう言って、泣き出してしまった。その後は、直哉が何を言ってもアリサは声を大きく上げるだけだった。また、華晴が慰めても首を振るだけだった。

 

 このあと、華晴は泣き続けるアリサを慰めつつ、しょげかえった直哉にすべての荷物を持たせて急き立てつつ、学院へ登校するのだった。

「あんたのせいだからね」

「僕は、ただ、良かれと思ってやったことなのに」

 直哉は理不尽だと思いながらも、泣き続けるアリサと糾弾し続ける華晴とを見て、耐えるしかなかった。華晴はつづけた。

「あんたが女の子が好きなことはわかっていたわ……それなのに、なぜ女の子に免疫を持っていないのかしら! それがいけないのよ!」

「僕は、どうしたらいいのさ」

「知らないわ……でも、なんとかしなさいよ!」

 アリサの泣き声は直哉の心を何度も串刺しにした。しかも、華晴の言葉はいつもより厳しかった。直哉は、学院へたどり着く時間がいつもより長く感じられた。


「こんなエッチなところ、早く逃げださないと……なんとか一人になれる場所を見つけて立ち返らないと......」

 この日から、直哉は、発作的にも、本能的にも、また少し目覚めた潜在意識の下でも、逃げ出す衝動をいつも抱えるようになった。



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