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第一章 過去から再び未来へ 2 黒魔術学院での学びと封印の穴

 この日は、黒魔術学院へ初めて登校する日だった。そして、起こしに来たのは学院の同学年生でもある華晴だった。

 

「起きなさいよ」

「うーん、今は起きられない」

「どうしてよ?」

 華晴のキンキンした声は、直哉に即座に頭痛をもたらした。そんなことにお構いなく、華晴は部屋付きのモニターで母親を呼び出していた。

「母さん、この犯罪者は起きないと言い張っているんだけど」

 華晴の大きな声に反応して、梓晴がスクリーン上に現われた。梓晴は微笑しながら直哉を睨んだ。

「ああ、彼はそういうところがあるわ…直哉、あんた別のところが起きているから、うぶな華晴の前では起きられないんでしょ? 直哉、かまわないわよ…華晴には経験が必要なのよ……好きにしていいわよ」

「おばさん、いや、梓晴! どういう意味だよ」

「言った通りの意味よ、好きにしていいわ」

 あまりの母親のいいぶりに、華晴は真っ赤になって怒りだした。

「母さん、私を好きにしていい、とは、どういう意味よ?」

「華晴、あんた、何でも勉強するって言ったでしょ? それから二人とも、同居しているんだから、情を交わしてみたら?」

「え?」

 華晴と直哉は同時に驚きの声を上げた。ただし、二人の驚きの意味は異なっていた。

「母さん、情を交わすなら、3人以上でないと……」

「情を交わせと言うのか? こんな油断ならない娘と情報交換をしろというのか?」

 直哉のこの返事に、今度は母子二人が顔を見合わせて、驚き、次いで笑い声をあげた。

「直哉、あんたは昔からバカだったけど、「情を交わす」という言葉を忘れたのかしら?」

「なんだと、僕を馬鹿にするのか? そんな言葉ぐらい知っているさ」

 直哉の強がりに、華晴が面白そうに絡んできた。

「へえ、知っているの? どういうこと?」

「お、おう」

 直哉は、懸命に本当の意味を思い出そうとした。そして、彼が思いつく限りの言葉を並べた。

「えへん、本当は情けを掛けるということだろ?」

「へえ、どんなふうに?」

「だ、だから、かわいそうだと思って大切にすることだ」

「そんな意味だと思っているの? そんなことをわざわざ言われてやるわけ?」

「ご、ごめん……ああ、僕は確かにバカだから、そう言われないといけないんだろうな……と思って......」

 直哉は、別の意味が隠されているのだということに気づいた。だが、それがどんなものなのか、見当もつかなかった。華晴は面白がって、さらに揶揄い始めた。

「じゃあ、学院へ行ったら、誰かもう一人を見つけて、三人で情を交わしましょうね」

「も、もう一人? どういうこと?」

 直哉は、汗を流しながら、意味を考えた。どうやら雰囲気的に直哉の苦手な部類のことらしかった。この様子を見た梓晴が助け舟を出した。

「それ以上のことは、まずは学院で学んでみなさい……とはいっても、特別授業になるわね……ちょうどいいわ、そんな性教育専用のアンドロイドが配属されたばかりだったから、活用してもらうわ」

 直哉は、「性教育」と聞かされた途端、今までの会話の意味を理解した。つまり、エッチなことに違いなかった。これは直哉にとって恐怖そのものだった。

「あ、あの、そんな必要はないです……ご、ごめんなさいです……もう、分かりましたから、ゆるしてください」

 彼は、そこを逃げ出すように迎えに来た自動走行車に飛び込んで、内側から鍵を閉めてしまった。走り出した装甲車のリアウインドから直哉が後ろを振り返ると、梓晴と華晴が笑いながら直哉に手を振っていた。

___________________ 


 梓晴の邸宅から黒魔術学院まで、これからも毎日送り迎えの無人走行車に乗ることになった。これでは、登下校と邸宅にいる間、逃げ出すチャンスはなさそうだった。


 学院に着くと、オリエンテーションと称して直哉だけの特別のカリキュラムが用意されていた。

 マリア・フォン・メックという女の担任教師が直哉に面接をする形で、様々な説明を始めた。

「さて、この学院は魔王家一族の側近だった林梓晴様の起こした教育機関……私は、林梓晴学院長の指示の下で、教育プログラム編成と実施の責任者を務めているのよ」

「女の先生だ……」

「そう……ところで、あんたは何やら問題を起こしているらしいから、前もって言っておくよ……私はあの高貴なラーメック魔王陛下の一族の末裔だから、名前はマリア・フォン・メック……だから、この学院ではそれなりの権限を与えられているから、あんたが何かをしでかそうとしたら、その権限で抑え込むからね.......もっとも、魔王一族の末裔とはいっても、私とともに育ったグレカ皇女殿下が行方不明になった際、ここの学院長が私を拾ってくれたから、もう一族ではないけどね……」

 直哉は、表情がかなりこわばってしまった。実は、先ほどまで彼は初めて会う教師、特に女性教師には悪い予感と恐怖とを覚えていたのだった。そんな悪い予感が当たって落ち着かない直哉を、マリアは一瞥しながらもさらに説明を続けた。

「あんたは、これから家畜人類や魔族の若い連中たちと共に、様々な授業を受けてもらう……特にあんたは、何かのせいで何も学んでいないのと同じ状態らしいからね……そこで、ここでは家畜人類と同様に、行動の際に注意すべき事柄、つまりは道徳や法律、規則などを学んでもらう……また、何かの術を使えるかもしれないゆえ、自らを制御する力を覚醒させるために、魔族の若い連中とも授業を受けてもらう……まあ、魔族と家畜人類のどちらともつかない位置づけだから、授業はほかの連中よりも2倍ほど多いことになるね……そう言えば、学院長はあんたに性教育もしっかり教え込むように、と言われたよ」


 直哉がフォン・メック教諭に連れられて入り込んだクラスは、家畜人類たちで編成された35人ほどの高校二年生レベルの教室だった。彼の幼い外観から見ても、そこがふさわしいと林梓晴学院長が判断したようだった。

「皆、注目してほしい……編入生を紹介する」

 今まで静かだった教室は、マリア・フォン・メック教諭が口を開いた途端に、どよめきと好奇心からくる歓声とが上がった。

「やっと元気が出たようだね……それだけ編入生という者は好奇心をそそる事柄なのだろうね.......さあ、自己紹介したまえ」

「ええと、僕は高橋直哉と言います……昨日、林学院長のところにご厄介になり、今朝、この学院に初めてやってきました……学ぶべきことがたくさんあるそうですので、みなさん、よろしくお願いします」

 直哉が無表情でそう挨拶すると、皆、静まってひそひそ話が始まった。それはなかなか聞き取れないほどのガサゴソとしたものだったが、直哉は自らが何かを言われているのだと悟った。

「こいつは、俺たちと同じ人類なのか」

「あの素敵な先生の前で、何も感じていないのかしら」

「素敵な先生!」

「ああ、私だったら、先生の横にいるだけで舞いあがってしまうのに」

「編入生は、俺たちとはずいぶん違うみたいだ」

「なんだ、つまらない!」

 直哉の目に写ったのは、このクラスの生徒たちの姿は、アイドルの前で勝手に盛り上がり、つまらないとすぐに冷えてしまう典型的な家畜人類の姿だった。

 

「全員、ひそひそ話はやめたまえ......疑問、質問があるなら、今ここで言いなさい!」

 フォン・メック教諭の一言で、教室は静まり返った。マリア・フォン・メックは、ひそひそ話にも呼応せず、ずっと静かにしていた女子生徒を指名した。

「では、ミス・パブロワ、質問を!」

「あ、私…ですか? ああ、ありがとう…ございます」

 パブロワと呼ばれた女子生徒の声は、不安に震える小さな声だった。

「……あの、高橋くんに質問……です」

「は、はい?」

 直哉は彼女の顔を見た時、過去の誰かを思い出せそうな、記憶の渦が舞いあがった。直哉があまりに驚いたような眼で彼女を見つめたせいか、彼女は目を伏せてしまい、質問がしどろもどろになった。

「あ、あの、……」

「何をもたもたとやっているのだ!」

 今まで無表情だったマリア・フォン・メックが急に大声を出し、同時に左手を上げた。そこには、「アリサ・パブロワ」と名前の書かれたケーブルのようなものが握られていた。彼がさらに左手を上げると、パブロワという少女の両手が後ろ手にされた。

「アリサ、あんたは感情が盛り上がりもしない.......あまりに大人しすぎ、あまりに生きる気力がなさすぎる……やはり、お前のような存在はサッサと生贄として 捧げておくべきだったわ……そう言えば.......ちょうどいい、明日の儀式にあんたを選んでやる」

「先生、待ってください!」

 生贄という言葉を聞いたアリサは、顔を真っ青にして訴え、身もだえた。その姿に、直哉は芯から体が揺さぶられるような錯覚を覚え、気付くとフォン・メック教諭に向かって詰め寄ろうとしていた。

「彼女を放せ!」

「な、なんだ、編入生!」

 突然豹変した直哉の勢いに気おされて、フォン・メック教諭は慌ててアリサを自由にした。アリサはそのまま椅子に倒れこむようにして座り込んだ。その音に直哉ははっと我に返った。

「ご、ごめんなさい……驚いで、なぜか大声を上げてしまったんです」

「わ、わかった......う、うん、....…編入生、あんたは最後尾の空いている席に座れ......これで朝のホームルームを終える....…」

 マリアはしどろもどろになりながら教室を出て行った。直哉は、とりあえず指定された席に座った。その後、誰も直哉に声をかける者はいなかった。その代り、その日、その教室ではひそひそと彼をネタにした話し声が一日中続いたのだった。

___________________


 次の日、直哉は一人だけ家畜人類たちのクラスから呼び出され、担任のマリアに付き添われ、山頂に設けられた広大なグラウンドに出てきた。それは、魔族クラスで開始された黒魔術の授業を観察するためだった。

 まだ午前中だというのに、この日も、中天に登り詰め居ようとする夏の主役の太陽は、短い夏の終わりを告げるように幾分か光を弱くしていた。いや、その光線を弱くしていたのは、学院と周辺の街や生産基地群を覆い隠す蜃気楼結界だった。

「中から見ると結界は揺らぎにしか見えないけど、外から見ると結界の中は廃墟だけが並ぶ無人地域に見えるはずよ」

 マリアはそう言うと、直哉の注意をグラウンドへ向けさせた。


 広大なグラウンドでは、魔族クラスの黒魔術教科の各科目が実施されており、直哉はそれらを見学することになっていた。直哉たちがその外側で見学し始めると、目ざとい魔族たちは、家畜人類と背格好と見た目が同じような直哉に冷たく嘲るような眼を向けた。

「あいつ、直哉とかいう奴が来ているぜ」

「あいつ、ばっちいらしいぜ」

「それって雑巾のことだろ?」

「雑巾は使えるが、あいつは単に使い物にならないから、家畜人類のクラスから弾かれたんじゃねえのか?」

 様々な悪口が風に乗って聞こえて来た。それには、魔族の娘たちのひそひそ話も混ざっていた。

「あいつ、家畜人類のクラスで、一番大人しいアリサ・パブロワに、好意を持っているらしいよ」

「エッチな奴に違いないわ」

「早速ハーレムを作り始めたのかしら、いやらしい」

「ヤリチンハーレム野郎ね」

 女子生徒たちの声が男子生徒たちに届いたらしく、男子生徒たちが直哉を嘲る言葉が大きくなった。

「おお、それなら俺たちのクラスのメスどもに、教えてやらないとね、奴はメスどもの格好の獲物じゃないのかねと、ね」

「俺たちのクラスのメスどもだったら、集団で襲いかかるんじゃねえの? そのぐらいのパワーを秘めているらしいぜ」

 これには、ふたたび女子生徒たちからの悪口が重なった。

「私たちが集団で襲いかかったら、家畜人類のオスなんて、すぐのびてしまうわよ」


 直哉はだんだんはっきりと聞こえるようになった悪口に、少しばかり怒りを覚え始めていた。それは、女子生徒たちを苦手にしていることを自覚して大人しくしている普段の自らの姿とは、だいぶ異なる感情だった。

「へえ、男子生徒たちばかりでなく女子生徒たちまでも、ずいぶんと攻撃的な態度をだしていますねえ……」

 直哉のしずかな怒りを感じたマリアが、慌てて抑えた。

「ここでは大人しくしていろよ……彼らはきっと、警戒しているんだよ……怯えていることさえ考えられるよ……ただ、奴らは魔族の中でも黒魔術の実技で優秀な成績を収めている上級者たちだから、ここは大目に見てくれると嬉しいね」


 魔族の生徒たちの悪口はまだ続いていた。

「あれ、あの付き添いの教師、あいつ、俺たちの術実技の先生じゃねえの?」

「え、そうだったわ......私たちの昨年度の一年生だった時の担任でしょ?」

「そうか、あのエッチな編入生を早速相手にしているのかあ」

「ずいぶんと年上なのに、ハーレムに入れられているのか? 俺たちが相手にしないからか? アハハ」


 今度はマリアがプルプルと怒りで身を震わせ始めていた。直哉は自分の怒りを何とか収めたばかりだったが、今度はマリアの怒りを感じて彼女に声をかけた。

「せ、先生? ここは彼らの授業の場所なんでしょ? 怒るのはまずいのでは?」

 直哉が声をかけると、マリアはやっと我に返ったように気を取り直し、咳払いをした。

「そうだったね、ありがとう」

 マリアは、グラウンドの隅に並べられている魔族生徒たちのカバンを見つめ、次に魔道具を使いこなしている魔族生徒たちの集団を丁寧に観察し続けた。

「奴ら、才能に胡坐をかいて、まともな練習をしていない……どうやら、自習時間を与えられたのに、まともに練習をしていないらしいわね」

 マリアの指摘に、直哉は戸惑った。

「でも先生、彼らは実技で優秀なんでしょ?」

「ああ、そうだよ」 

「彼らを怒らせると、僕たちは多勢に無勢、危険な目にあわされるのでは?」

「いや、私は教師よ……奴らを力づくで大人しくできるはずね」

 マリアはそういうと立ち上がり、噂話に興じ始めた生徒たちの中へ入り込んでいった。


「あんたたち、今は雑談の時間なのか?」

「え? 先生が自らお出ましかよ…」

 マリアが彼らにつかつかと歩み寄って睨みを効かせると、魔族クラスの生徒たちは一様に黙った。

「私は、あんた達に相手にされていないらしいね……」

「うるせえな……先生の後ろの奴の目がうざいと思ったのだが、先生自身もすごくうざいね!」

「あ、先生、さっきの私たちの悪口が聞こえたのかしらねえ?」

 魔族クラスの男女たちは、自らの実技能力を過信して、教師に対して高慢な態度を示した。それが、マリアをさらに怒らせていた。

「男子生徒たち、私を怒らせるのは初めてね」

 彼女はそういって、風魔術によって引き起こした真空がもたらす激痛によって、男子生徒全員を地面にたたきつけた。これには男子全員が悲鳴を上げてグラウンド上にのたうち回った。

「うへえ」

「うわあ」

「いてて、いてて」


「さあて、娘っ子たち! 特に、吸血鬼族ゲルタ・ムベカ! サキュバス族のイワノヴァ・ツルコワ! そしてマジョルカ殿下!」

 マリアは女子生徒たちへ振り向き、一人一人を睨みつけた。だが、名前を呼ばれた女子生徒たちは特に実技に自信を持っているはねっ返りだった。しかも、彼女たちは暗殺者として死んだおばたちを誇りに思い、暗殺対象のグレカ皇女の姪であった教諭のマリアを敵視していた。


「へえ、先生、私たちにそんな口を利くのか?」

「マジョルカ殿下、あなた様は確かに魔王一族のおひとりです.......でも、私もマリア・フォン・メックと名乗っていますよ」

「へえ、先生も魔王一族の末裔なのかよ」

「そうです……そして、殿下もここでは一人の生徒のはずです……しかも、ここは私たち魔族帝国の生き残りが隠れ棲むところです……ここでは私の指示に従うべきです」

「へえ、でもねえ……うちらはあんたの言うことなんか聞くつもりはないよ……極大魔法!」

 マジョルカはそう叫んだ。それは、かつて直哉が見たはずの、彼女の亡き父フラッド皇子が活用した加熱術による水蒸気爆発だった。

「マジョルカ殿下、気でも狂ったのか! こんなところで極大魔法を使うのか! それは亡きフラッド皇子殿下と同じ極大魔法……ならば、私も大叔母のグレカ皇女殿下の極大魔法を使いますよ」

 マリアもそう叫んだ。すると、その呼びかけは、ろうそくを吹き消すようにマジョルカの水蒸気爆発を爆発ごと吹きとばした。続けて、マリアはさまざまな物を召喚し始めた。それは、まずは水蒸気爆発を押しつぶすほどの大量の土砂、そして多数のゴーレム、そして強大な岩石の山だった。山頂のグラウンドはたちまち大騒ぎになった。

「フォン・メック先生、気でも狂ったか?」

「いそいで、教職員室へ知らせて!」

「水蒸気爆発が吹きとばされている......ゴーレムだ......岩石獣まで召喚されたぞ」


「へえ、先生、やるじゃないか! でも、私たちもまだまだできるのよ!」

 マジョルカたちは、魔力展開を吹き消されても、マリアめがけて多数の加熱水蒸気を浴びせた。その後もマジョルカたちは無言でマリアへの攻撃をつづけた。マリアは、余裕を見せながら水蒸気を吹き飛ばしつづけ、いつのまにかマジョルカたちが気がつかないうちに、多数のゴーレムたちや岩石獣たちをマジョルカたちの周辺に包囲させていた。

「く、くそお!」

 マジョルカ殿下が悪態をついた。それは、既にマジョルカ殿下とその取り巻きたちが既に追い込まれていることを現した。それでもマジョルカたちは、強情だった。

「こ、殺してやる!」

 マジョルカはこう叫ぶと、極大魔法を最大化させ始めた。マリア教諭は、眉を動くこともなく、マジョルカだけをめがけてゴーレムと岩石獣を殺到させた。

「へえ、マジョルカ殿下、さすがは魔王一族の方だけはありますね……でも、そろそろ降参しませんか?」

「あんたに降参だって? わたしだって魔王ラーメック陛下のひ孫だよ……負けるはずがない」

 双方の魔力がいよいよ高まり、このままでは破壊的な結末になることは明らかだった。それでも双方は我を張ったまま対抗する姿勢を崩さなかった。


「このままでは……主よ、憐れみを!」

 直哉は目の前の争いに当惑して、心に祈りを覚えた。それが凍結されているはずの潜在意識の一部が働き、小さなつぶやきが口をついた。

 すると、その言葉と同時に、マジョルカとマリアを含む全員の魔力が消え去った。先ほどまで、マジョルカ殿下たちとマリア教諭との間で、何度も魔法による交戦をしていた騒音が嘘のように消えた。

「な、なんだ?」

「どうして消えた?」

「もう一度やってやる!」

 彼らは、ふたたび魔力を展開した。だが、それ等もまたすぐに立ち消えた。これが何度も繰り返すことを経て彼らがようやく悟ったのは、直哉のブツブツ言っている言葉によって全ての魔力が吹き消され続けていることだった。彼らから見て、この時の直哉は封印されているはずの不気味な怪物だった。


「直哉、お前は何者だ」

 マリア・フォン・メック教諭が、先ほどまで激しく争っていたはずのマジョルカ殿下をはじめとした魔族の生徒たちをかばうように、直哉の前に立ちはだかった。それを無視するように、直哉は夢遊病者のように魔族生徒たちに話しかけはじめた。

「僕は、戦いが見たくないだけだったんだ......僕は、学院生の(みんな)と仲間になりたいと思っていたんだ…それなのに、あんた達は僕ばかりでなく、先生に対しても攻撃的な態度を取り、しかも実際に先生に攻撃を仕掛け続けている……最初、あんた達は僕やフォン・メック先生に対して悪口を言い続けていたから、正しくないと思っていただけだった……それを、さらにエスカレートさせるなんて......ねえ、あんた達は先生に教えてもらうんだから、先生にそんな態度をとるべきじゃないと思うんだけど......僕は、だから、闘争の魔術に向けられた皆さんの魔力を、打ち消したいと思ったんだ」

 直哉は、自らの口が無意識にそんな話しをしたことに驚いていた。今まで記憶喪失で何にもできない自分だと思っていたのが、闘争に対する困惑を覚えたことによって、相手へ話しかける気力と知識とが突然に自らに呼び起こされたことに驚いていた。それは、彼にかけられたルシファーの封印が、直哉が学び成長するのに必要な思想のやりとりに関してはあまり遮蔽効果がなく、しかも思想という思考活動がルシファーの封印を緩ませ始めるきっかけになるものであることを表していた。

 同時に、彼は、この学院が闘争の魔術だけを教える教育機関であったことは、彼にとって、闘争の魔術に対して対抗術を学ぶのにとても良い環境であることを、無意識ながらも気づきつつあった。これはのちになって、あらゆる闘争の魔術に対して、当惑や焦燥感などの感情によって瞬時に対抗術を発揮して戦闘を無効化するという新たな能力を、直哉が身に着けることにつながるのだった。


「フォン・メック先生、直哉が当惑しているようですよ」

 それは林梓晴学院長の声だった。やっと、騒ぎの現場に、林梓晴学院長と教員たち、そして治安部隊が駆けつけていた。

「先ほどからの争いを彼の目の前で続ければ、彼は当惑で済んでいたところから、困惑を強めています……そこから先、直哉はすぐに焦燥を感じてしまいますよ!」

 梓晴の言葉は、焦りを含んでいた。彼女は、何よりも直哉の封印が解けてしまうことを恐れていた。そのことは、この後に続いた教諭と生徒たちへの言葉でも明らかだった。

「教員たち、彼を激昂させてはいけない……それから、魔族の生徒諸君、なぜ、直哉と仲良くしないのか......仲良くするように、言い聞かせておいたはずだが」


 こう言っている隙に直哉は突然の電撃によって気を失った。彼の背後から、梓晴に指示されたアリサ・パブロワが、直哉の背後から彼に抱き着いたのだった。

「直哉さん、もうやめて!」

 アリサは、単に懇願するために直哉に縋りついたのだが、彼にとってそれは電撃に等しい衝撃だった。

 気絶した際のことだが、直哉には梓晴たちの会話が聞こえた。

「彼は不意打ちでもない限り、吸血の攻撃も電撃もかえって逆効果よ……それによって封印が解けかかってしまうと、彼は片鱗を見せて来る......彼は我らの神々の神 大神おおかみルシファー様の様々な技によって、やっと封印されているだけだから.......彼の扱いには注意しないと……」

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