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【第8話】あすか、暴れる

その日、書道室はまさに“嵐”だった。


「よっしゃー、今日はこの筆でいく!」


 あすかが握っていたのは、書道室で一番大きな太筆。真理子が「それ、運動部のバットか何かですか……」とつぶやくほどの迫力だった。


 「ねえ、それ、本当に使うの?」


 「使うに決まってんでしょ。でっかい筆、使ってみたかったんだよね!」


 志津香は黙っていた。だがその眉は、ほんの少し険しかった。


 あすかは半紙を三枚、縦につなぎ合わせて床に広げた。立ち上がって筆を構え、肩を回す。


「見てろよー、“これぞ爆裂筆!”ってやつを!」


 勢いよく筆を振り下ろす。墨が紙の上を駆ける。いや、もはや紙を“叩いて”いた。ぐにゃりと歪んだ筆跡に、墨がはねて、畳に点々と黒いしぶきを残す。


「ちょっ、あすかさん、墨が……!」


 真理子が慌てて雑巾を取り出す。


「いや〜これくらい気合い入ってた方がさ、いいんだって! 書に勢いが必要なんだよ!」


「それ、勢い通り越して破壊じゃない?」


 志津香の声は、低く、静かだった。


 あすかは筆を置き、口をへの字に曲げた。


「なに、また皮肉?」


「皮肉じゃない。感想。ただ……書道室の畳に墨を飛ばすのは、どうかと思う」


「だからって、最初から否定するなよ!」


 珍しく、声を荒げた。


 空気が、ぴんと張りつめた。


 真理子が手を止め、二人の間を見つめる。


 「……ごめん、興奮しすぎた」


 あすかがふっと目を伏せた。


「ただ、書いてると、なんか止まんなくなるんだよ。筆が勝手に走るっていうか、叫んでるっていうか……」


 志津香は黙って聞いていた。やがて、口を開く。


「気持ちは、分かる。わたしも……たまに、自分の書に置いてかれることがある。でも、それを“制御”できるようになって初めて、“作品”になるのよ」


「……制御かぁ」


 あすかは手についた墨を見つめ、苦笑した。


「今の私は、“爆発”で終わってんな」


「そういう字も、時には必要よ。だけど――」


 志津香は言う。


「“暴れる”だけじゃ、伝わらないこともある」


 その言葉に、あすかはそっと息をついた。


「分かってるってば。でも、止めらんないんだよ、まだ」


 墨のしみが残る紙の上に、太い筆跡がひとつ。


 それは確かに、彼女の衝動そのものだった。


 そしてそれは、三人が「書の道」を歩むうえで、避けては通れない感情だった。

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