【第77話】共作は戦い
「違うと思う」
その言葉が、空気を裂いた。
午後の書道室、文化祭展示用の共作「繋」。
本番用の紙を前に、三人は作業に入っていた。
大きな和紙、すでに三枚目。
今回、志津香が“糸”の部分を以前より細く軽やかに仕上げた。
だが、それを見たあすかの一言が、空気を変えた。
「……どういうこと?」
志津香が眉を寄せる。
「悪いけど、言うな。これじゃ、線が逃げとる。
“つなぐ”って言葉には、もっと粘りと執念がいるはずや。
今のやと、“きれい”すぎて、すぐ切れてまうわ」
あすかの言葉は、正直で、痛烈だった。
だが、そこに嘘はなかった。
「私は……“繋がる”ってことを、丁寧に見せたかっただけ」
志津香がぽつりと言う。
真理子は、二人のあいだに立って言葉を探す。
「どっちも間違ってない。
でも……今のままじゃ、三人で書く意味が薄れていく気がする」
(まただ。少しずつ“ズレ”が見えてくる)
筆は心を映す。
だからこそ、三人の“信じてる書”が違えば、共作は調和を失う。
「うちはな、全部ぶつけたいんよ」
あすかが言った。
「この文化祭が、うちら三人で一緒にやれる最後の文化祭になるかもしれん。
だったらもう、力抜いたきれいな字やなくて、“ぶつかり合った結果”の字を書きたいんよ」
その目は真剣だった。
けれど志津香は、わずかに言葉を飲み込んだまま、黙り込む。
「志津香の言う“線の美しさ”も、ちゃんと意味がある」
真理子が声を落ち着かせて言う。
「でも、あすかの“熱”も、大事なピースだと思う」
(じゃあ私は、何をすればいい?)
真理子は自問する。
(このふたりの“戦い”を、ただなだめるだけでいいの?)
数分の沈黙。
だがその沈黙の中で、三人の表情はそれぞれに変わっていた。
やがて、志津香が口を開いた。
「……もう一度、全体の構図を変えよう」
「あすかの線に、私の線がつながるように――書いてみる」
あすかは目を丸くしたあと、ゆっくりとうなずいた。
「ほな、うちはちゃんと“暴れて”書くわ。あとの調整は任せる」
「真理子、うちの線と志津香の線、つなげてくれるやろ?」
真理子は、微笑んで答えた。
「うん。私は“調和の一筆”を探してみる」
共作は戦い。
けれどそれは、相手を倒すためではない。
互いの「想い」を筆でぶつけ合い、そこから“ひとつのかたち”を生むこと――
そうしてまた一枚、三人の「今」が紙の上に走り始めた。




