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筆の軌跡 **「未」**  作者: 南蛇井


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【第54話】夏の展示会、光と影

 初夏の空は、まぶしくて、どこか白くかすんでいた。


 その日、駅前の市民ギャラリーには、地元高校の美術部や書道部による「合同夏季展示会」のポスターが貼られていた。


 天童あすか、佐々木志津香、山下真理子。

 この三人も、各自が選んだ一枚を展示することになっていた。


 


 「うち、ちょっと緊張してきたかも」

 会場入りの直前、あすかがポツリと言った。


 「自分の作品を“知らん誰か”に見られるって……けっこう怖いんやな」

 その横で、真理子は小さく頷いた。


 「わかる。誰も見向きもしなかったら、どうしようって」


 志津香は、そんな二人の様子を静かに見つめていた。

 言葉はなかったが、その手に持たれた筆袋が、いつもより強く握られていることに気づいたのは真理子だった。


 


 展示会は、想像以上の賑わいだった。


 一般の来場者、高校の先生方、近隣の書道愛好家たち。

 書の前で立ち止まり、首を傾げ、感嘆の声を漏らす人もいた。


 


 志津香の作品〈静謐〉の前には、人だかりができていた。


 「すごいわね、このバランス……」

 「構成が独特。筆のリズムが心地いい」


 賞賛の声が、空気を少しずつ持ち上げていく。

 志津香は戸惑いながらも、静かに微笑んだ。


 


 少し離れた壁面には、真理子の作品〈結〉があった。


 誰も悪口を言わない。

 けれど、誰も立ち止まらない。


 まるで空気のように、そこに「ただ在る」だけ。

 その現実が、真理子の胸を締めつけた。


 


 そして、あすかの〈烈〉の前では――

 足を止めた中年の書道家らしき男性が、一言つぶやいた。


 「派手だな。勢いだけ、って感じ」


 その言葉を、あすかはすぐ近くで聞いてしまった。


 (勢いだけ……)


 心臓が、深く沈んだような気がした。


 


 会場の出口で、三人はそれぞれ、口をつぐんでいた。


 誰が最初に言葉を発するのか、互いに測っているような空気。


 「……志津香の、すごかったな」

 真理子が言った。


 「ありがとう。でも……なんか、私だけ違う場所に立ってたみたいだった」

 志津香の声は、少し乾いていた。


 「うちのは……勢いだけ、やってさ」

 あすかは、笑ってみせたが、目が笑っていなかった。


 「そんなこと、ないよ」

 真理子がすぐに言った。


 「……ないけど、言われたら、ちょっとわかってまう」

 あすかは、空を見上げていた。


 


 外に出ると、夏の太陽が眩しかった。

 だけど、三人の足元には、それぞれ違う影が落ちていた。


 


 書くことは、自由である。

 けれど、見られることは、痛みでもある。


 評価という光に照らされて、三人はそれぞれの影を抱いた。

 その影が、これからの筆に、どんな色を落とすのかは――まだ誰も知らない。



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