【第51話】あすか、新部長になる
四月、新学期。
校舎のガラス越しに桜の花びらが舞い、教室には新しい時間の匂いが広がっていた。
書道室の空気も、どこか少しだけ違っていた。
新入生の掲示を眺めながら、三人は黙って席についた。
「あすか、呼ばれてるぞ」
真理子がそう言ったとき、書道室の扉がすっと開いた。
顧問の長谷川先生が、まっすぐにあすかを見た。
「天童、お前に頼みたいことがある」
静かな声だった。
だが、その響きには、明らかに“何か”を託す気配があった。
――昼休み、職員室。
「今年の部長は……お前がやってくれないか」
その一言に、あすかは思わず目を見開いた。
「うちが……部長?」
「お前は、勢いだけの子だと思ってた。でも違った。
仲間を見て、悔しさを知って、自分の言葉で書を見つめ直した。……そういう子にこそ、任せたい」
返事を保留したまま、あすかは書道室に戻った。
放課後。
志津香と真理子に報告すると、二人は少し驚いたあと、静かに微笑んだ。
「似合ってるよ、あすか。……うん、“それっぽい”」
志津香の少し冗談めいた口調に、あすかは顔をしかめる。
「うちは、引っぱるタイプちゃうよ? 勢いだけで動いてきただけやし……」
「でも、その勢いに何度も助けられた。私は、あすかが部長なら、ついていきたいと思う」
真理子の声は真っ直ぐだった。
その夜、あすかは一人、自分の部屋で筆を持っていた。
書きかけの紙には、力強くも揺れる線で書かれた文字がある。
〈引〉
(部長って、“引っぱる”ってこと?)
(でも、たぶん、それだけじゃない。誰かと“つながる”ことでもあるんやろ)
不器用な字だった。
けれど、今のあすかの気持ちが、確かに映っていた。
次の日の朝。
ホームルームが終わった直後、書道室に三人が並んで立った。
「えー……今年の部長、うちがやることになりました」
いつもより小さな声。
でも、その口調には、真剣さがにじんでいた。
「うち、勢いはあるけど、正直めっちゃ不安や。
けど……志津香と真理子と一緒なら、なんとかなるって思える。みんなで、ええ部にしていきたい」
拍手が起こるわけじゃない。
けれど、その場にいた全員がうなずいた。
その瞬間、あすかはようやく、肩の力を抜いて笑った。
新しい書道部が、動き出す。
これは「試練」の始まり。
だけどそれは同時に、“選んだ道を信じる”ための一歩でもあった。
書道部――再び、筆の先が未来をなぞり始めた。




