【第37話】感想ノートにあった一文
文化祭の翌週、書道室は片づけの余韻でざわついていた。
感想ノートや展示物、使い終わった展示台。
日常に戻りつつある空間に、あすか、志津香、真理子の三人が顔をそろえる。
「これ、感想ノート。先生がコピーしてくれてたよ」
志津香がA4の紙束を持ってきた。
「うわ、思ったより多いな。百人以上は書いてくれてんじゃん」
あすかが目を見張る。
「すごい……。嬉しいね」
真理子が一枚一枚をめくる。
「“爆”って字、すごかったです!かっこよかった!っていうの多いね」
「“澄”を見て涙が出ました、って書いてくれてる人もいたよ」
「“問”に、自分を見ているような気持ちになった……って」
三人で読み進めていくうちに、ある一文が目に留まった。
「あなたたちの字は、嘘がないと思いました」
それだけ。
誰の作品に対してかも書かれていない。
名前も、筆跡もなかった。
けれど、その一行を見た瞬間、三人の手が止まった。
「……“嘘がない”ってさ」
あすかが、ぽつりと言う。
「そんなふうに見てくれる人、ほんとにいるんだな」
「“上手”でも“迫力がある”でもなくて、“嘘がない”って……」
志津香が静かに言葉を継ぐ。
「なんか、全部見透かされてる気がした」
「うん」
真理子が小さく頷いた。
「でも、不思議と怖くなかった。“あ、見てくれてたんだ”って、ただ……そう思った」
誰が書いたかは、わからない。
でも、そのたった一文には、展示の間、三人が向き合った“自分自身”への応援のような何かがあった。
「“嘘がない”って、きっと……うちらが本気だったからだよね」
あすかが、ぽつりとつぶやく。
「うん。本気で書いた字には、本気で読んでくれる人がいるんだ」
志津香の声が、少し震えていた。
「ねぇ、これ……ノートからちぎって、お守りにして持っとこうかな」
真理子の冗談に、三人がくすっと笑う。
それから一瞬、静けさが降りた。
それは、言葉にしない感情が、三人の間で静かに伝わる時間だった。
文化祭の熱が去っても、感想ノートの一文は残った。
あのときの自分たちの字が、たしかに誰かの心に届いた証。
それは、勝ち負けでも、点数でもない。
書いた一文字が、誰かの心に触れる――
それこそが、三人にとっての“書く理由”のひとつになった。




