【第35話】「書く理由」ってなに?
冬が近づき、書道室の障子から入る風が少し冷たくなった夕方。
部活が終わったあとも、三人は書道室に残っていた。
「……うち、思うんだけどさ」
あすかがポツリと口を開く。
「書く理由って、なんだろな。なんでうちら、こんなに毎日、筆握ってんのかなって」
唐突な問いだったが、真理子はその言葉に頷いた。
「……私も、ちょっと考えてた。
なんで続けてるんだろうって。負けても評価されなくても、やめない理由が、自分でもよく分からなくて」
志津香は、墨をする手を止めて、静かに言った。
「私は……正直、最初は“得意だったから”ってだけだった。
字を書くのが好きで、褒められて、気づいたら続けてた。でもね……最近はちょっと、変わってきた」
「変わった?」
「うん。“うまく書く”ことが、いつのまにか“自分を知る”手段になってる気がして」
あすかが、眉をひそめる。
「自分を、知る?」
「そう。“私って、こういう線を引くんだ”とか、“この形が落ち着く”とか、“この字だけは変に気合い入る”とか。
そういうのを見て、自分ってこうなんだって、少しずつ分かってくるの」
「……ふーん。うちとは、ちょっとちがうかも」
あすかは筆をくるくる回しながら続ける。
「うちは、“気持ち”を書きたいだけ。ムカついたらぶつけたいし、楽しかったらドーンて書きたい。
でも、書いてるうちにさ、気持ちが落ち着いたり、逆にモヤモヤが残ったりするんよね」
「それも“知る”ってことだと思うよ。あすかは言葉より筆で感情を整理してるんじゃない?」
「そうなんかな……。たしかに、泣いたあとに書く一枚って、ちょっと違うんよね」
「私は……」
真理子が小さな声で続けた。
「私も最初は、“書道部だから”って感じで、みんなと一緒に頑張ってただけだったけど。
最近、ようやく“これが自分の居場所なんだ”って思えるようになった」
「居場所……」
「書いてるとき、誰にもならなくていい。比べられても、負けても、それでもここにいたいって思える。
それが、私にとっての“書く理由”かな」
三人の間に、静かな空気が流れた。
冬の夕陽が、紙の上を赤く染めていた。
「……書く理由って、ひとつじゃなくていいんだね」
志津香がぽつりと言う。
「書きながら見つけてく感じだよな、きっと」
あすかが笑った。
「じゃあさ、来週の作品提出、“自分の書く理由”をテーマにしない?」
「え、それってどういうこと?」
「自分が“なぜ書くのか”ってことを、一文字に込めて書くの。で、提出のときに、ちょっとだけ理由も添えるの」
志津香が目を輝かせる。
「いいかもしれない。それぞれの“原点”に立ち返る感じがする」
真理子も、うんとうなずいた。
「……よし。私、ちょっとだけ書きたい字、浮かんできたかも」
三人はまた筆を取る。
“なぜ書くのか”――
その答えを求めて、今日もまた、墨のにおいが書道室に満ちていく。




