【第32話】師匠からの便り
放課後の書道室。
蒸し暑い午後の日差しが、障子の影を淡く映していた。
「これ、先生から預かった」
志津香が封筒を差し出した。
「なに、それ?」
あすかが額の汗をぬぐいながら覗き込む。
「田島先生の師匠……川端先生って方から、うちら三人の作品への講評が届いたの」
真理子が封を開け、便箋を取り出す。
墨の香りがふわりと立ちのぼる。丁寧な筆致の、しかし力強い筆跡。
志津香が声を整えて、読み始めた。
三人へ
まず、このような若い世代が「書」に真摯に取り組んでいることを、とても嬉しく思います。
それぞれの作品に、未熟さを超えた“書きたい”という強い意思を感じました。
天童あすかさんへ
あなたの筆は、暴れているようで、実は律しようとする意志があります。
「壊」の字には、爆発の中に“芯”が見えました。乱れても、自分の中の“形”を信じてください。
佐々木志津香さんへ
あなたの筆は、静かで、流れがあり、冷たさと温度が共存しています。
「澄」の一字から、“余白”の美しさが伝わりました。整えすぎず、息をのこしてください。
山下真理子さんへ
あなたの筆には、問いが込められている。
「続」の字に迷いが見えるのは、あなたが“何を書きたいか”を問い続けているからです。
その問いは、いつかあなた自身の道になります。
最後に。
“書”は、あなたの生き方そのものを映します。
上手い下手より、“なぜ書くか”を見失わないでください。
川端壽山 拝
三人は、しばらく黙って便箋を見つめていた。
「……泣かせにきてるやろ、これ……」
あすかがぼそっと言った。
「でも……すごいよね。ちゃんと見てくれてる。あの一枚一枚を」
真理子が、そっと口元を緩めた。
「うち、正直“勢い”で書いたって思ってた。でも、“芯”があるって言ってくれた……それだけで救われた」
「私も。“整えすぎる”って癖、バレてた。でも、余白を活かすって言ってもらえて……嬉しかった」
「“問い”って言葉……なんか、すごく腑に落ちた。私、たぶんずっと、自分に聞きながら書いてるんだと思う」
紙の上に残る、乾いた墨の匂い。
言葉が筆で書かれるということ。
それがどれだけ重く、どれだけ真摯なものか。
川端先生の手紙には、それが詰まっていた。
「“なぜ書くかを見失うな”って、すごいよね。
逆に言えば、“迷いながらでも、問い続ける限り、うちらは書き続けていい”ってことじゃん」
あすかが筆を持ち直す。
「……よっしゃ。もう一枚、書く」
「え、また? もう十分じゃないの?」
「十分かどうかなんて、書いてみなきゃわからんでしょ」
三人の手が、再び墨にのびる。
書道室には、また新しい風が吹き始めていた。




