【第2話】運命の筆先
天童あすかは、硯の前で腕を組んでいた。
入学式の数日後。放課後の書道室は窓が開け放たれ、外の風がカーテンを揺らしている。机には、あすかの筆と半紙、そしてやけに黒光りする墨。
その隣では、佐々木志津香が静かに筆を持ち、さらさらと一筆を書いていた。
(なんか、見てるだけでムカつく……)
そう思うくらい、志津香の筆は滑らかだった。止めも、払いも、まるで風のように自然。何より、書き終えた文字には妙な「説得力」があった。
「……なんでそんなにうまいの?」
つい口にすると、志津香は筆を置き、あすかを見た。
「始めたのは小四。ずっと書いてるだけ」
「ふーん。才能ある人の口癖って感じ」
「あなたも、そうかもしれないわよ?」
「は?」
あすかは眉をひそめた。志津香は立ち上がり、あすかの書いた紙を見下ろした。そこには、太い線と勢いだけで書かれた「道」の字があった。つぶれた止め、雑なバランス。けれど、妙に目を引く何かがある。
「豪快すぎる。でも、正直、嫌いじゃない」
「褒めてるの? けなしてるの?」
「どっちも。けどね、字って、書いた人の“芯”が出るの。あなたは――」
志津香は少し考えてから言った。
「怖がらないで書く。でも、まだ“届いてない”」
届いてない? なにが?
あすかの喉の奥が、きゅっと締まった気がした。ムカつくのに、妙に刺さる。反論しようと口を開いたその時だった。
「おーい、だれかいる?」
書道室の扉が開き、声が飛び込んできた。髪を肩で結び、真面目そうな眼鏡の少女が顔をのぞかせる。
「すみません、新入生歓迎の部活説明、今日ここでって聞いて……あ、先輩でしたか?」
「いや、違うよ。こっちも新入生」あすかが答えた。
少女は安心したように頷く。
「よかった……わたし、山下真理子。書道部に、入りたいんです」
あすかと志津香は、顔を見合わせた。
こうして三人は、初めて同じ部屋に集った。墨の匂いに導かれ、別々の道から、この一室にたどり着いた。
その筆先が、どんな線を描くのか――まだ誰にもわからなかった。




