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後編

 謁見の間での出来事があってから一週間後。

 俺に国王から御前試合の勅令が下った。

 

 相手はネフティ第三王女。

 

 ヴィードが提案したのかと思ったが、どうも違うらしい。

 国王の使者たちから話を受けた時にヴィードは居なかった。ヴィードはこんなことを他人任せにはしないはず。

 

 使者の一人が口を開く。

 

「王から伝言があります」

「なんでしょうか」

「八百長に付き合わせて、すまない。と」


 ――八百長?

 

 八百長というのは少し違う気がする。現に俺は勇者の力を失っていて負けて当然の状況だからだ。

 結果が確定しているゆえの茶番というならわかるのだが。

 

 それよりも。

 

 

 ――ネフティ王女。

 

 妥当な人選というところか。剣技に優れ、凄まじい雷の魔法を使う彼女なら国を代表する武人にふさわしい。

 だが、

 そうなると彼女が国の武力の象徴となる。

 重圧は計り知れないものになるだろう。

 それをたった一人で背負わねばならない。

 

 俺は知っている。

 勇猛果敢で知られるネフティ王女は戦いが好きではないことを。

 

 あれは、辺境の砦を防衛した時のこと。

 魔族に悉く自軍を滅ぼされ、残り僅かな味方を逃がすために、当時、冒険者として参戦していた俺とネフティ王女が殿を務めた。

 

 味方は、王女を残すなどもっての他、と渋ったが、

「私はこの戦を率いた将であるぞ。最後までいうことを聞け。なあに私などたかが第三王女だ。上に沢山、兄上や姉上がいる。ここで果てても問題は無い」

 と、譲らなかった。

 

 ネフティ王女の言葉は自虐ではない。ただの事実だ。

 王族と言っても魔族に滅ぼされかけている国の代表なだけである。国王を含め、全ての王族が戦地へ駆り出されていた。

 

 砦にはもう俺と王女以外、満足に戦える者は居なかった。王女を守れないのに残っても仕方が無い。逃がすために皆をそう説き伏せた。

 

 二人でやるしかなかった。

 

 凄まじい撤退戦であった。

 無事、味方は逃がせたが粘りすぎた。俺と王女の二人は森で軍の最後列からはぐれたのだ。

 十日以上、森を彷徨った。

 ただ彷徨うのではない。敵を躱しながらだ。

 長く一所に留まることは許されない。

 泥水を啜り、草を食べ、生肉を喰らった。

 敵から急襲を受け、お互いの傷を縫いあった。

 俺は王女の腹を、王女は俺の背中を。

 

 森を抜け、味方の砦が見えた時、緊張の糸が解けたのだろう。隣にいたネフティ王女は突然、泣き始めた。

 

 

 王女である身分。

 将ゆえの重圧。

 相手が魔族であっても殺しなどしたくない、と泣いた。

 

 俺も泣いた。

 勇者としての力が発現してから、ずっと戦いの日々だった。

 それまでは冒険者として受ける依頼には子供の世話や、老人の話し相手など穏やかなものもあったのだ。

 だが、戦が始まり勇者として求められるものは、ただ強さのみ。しかも勇者の名を背負うからには、身勝手な逃亡は許されない。

 

 二人で思うさま泣いた。

 お互い一頻り泣いた後、王女は言った。

「普通、そなたは私を慰める場面であろう。一緒に泣く奴があるか」

 照れ隠しで二人で笑った。

 

 その時、

 俺は王族に対して不敬だと思いながらも、ネフティ王女の照れ隠しの笑いを可愛いと思ったのだ。

 

 ――そうだ。

 

 俺は記憶から我に帰り思い至る。

 

 ――こうしてはいられない。鍛えねば。

 

 首脳会談後の御前試合には他国の王族や主要人物が招かれる。そこで王女には存分に力を発揮してもらわなくてはならない。

 あの国にはとんでもない力を持つ将が居るぞ、となれば他国もおいそれとは、手が出せまい。

 他国が畏れるほどの実力を見せつければ、王女の負担は確実に減る。

 相手である俺が簡単に倒れてはいけないのだ。

 

 御前試合までそれほど日数は無い。どれだけ仕上げられるか分からないが、力を失った俺が王女の為に出来ることはこれしかない。

 

 俺は立ち上がると剣を取った。



     ■     ■     ■



 御前試合当日。

 

 最終試合。

 

 俺は闘技場の舞台に上がっていた。

 観客席はびっしりと人で埋まっている。

 予想通り隣国の関係者などが国ごとに席を陣取っていて、今まで目の前で繰り広げられてきた熱戦を肴に談笑していた。

 

 今は場を仕切る司会者によって、俺の勇者としての功績が長々と読み上げられている最中だ。

 俺が勇者としていかに凄いかを強調するのは大事なこと。

 

 その勇者をこれから自国の王女が倒すのだから。

 

 観客席が熱を帯びる中、俺は冷静だった。

 ふと、自国の要人が陣取る席を見る。

 そこには宰相であるヴィードの姿は無い。

 

 ――あいつ、どこへ行ったんだ。

 

 噂では今回の御前試合に猛反対し、宰相であるにも関わらずヴィードは王宮に姿を見せなくなったとか。

 

 ――居た。

 

 ごく僅かに設けられた一般席。その隅で立ち見をしているヴィードを見つけた。

 思いつめた顔をしている。

 場内へ駆け込み、直訴でもしでかしそうな不穏な表情。

 

 ――余計な事をするなよ。ヴィード。

 

 もう俺は受け入れているんだ。共に死線を潜り抜けたネフティ王女の役に立てるなら、こういう役回りも悪くはないさ。

 

 場内に響いていた俺の紹介が終わると司会者の声に導かれ、甲冑姿のネフティ王女が入場してくる。

 

 ネフティ王女の顔つきは暗い。

 表情を見て俺は察した。

 

 ――俺が力を失ったことを知っているのか。

 

 彼女は武人だ。

 非力と化した俺との勝負は言ってみれば出来レース。ネフティ王女が承服しかねるのも無理はない。

 

 闘技場の中央で俺とネフティ王女が相対すると、司会者が妙なことを言いだした。

 

 試合の審判を特別に国王が務めると言うのだ。

 国王自身は齢四十代後半。戦場では王国軍を率いていて、それなりに手練れだ。とはいえ雷が飛び交うかもしれない場に居て良い身分ではない。

 

 いまいち状況が把握できない中、試合が始まる。

 

 ネフティ王女が腰に差していた剣を抜く。

 俺も抜いた。

 

 瞬間、剣を交わす。

 

 俺がネフティ王女の剣を受け止める形となった。

 鍔迫り合いで二人の顔が近くなり、目が合う。

 彼女の瞳に明らかな動揺が生まれている。

 

 ――バレたか。

 

 ネフティ王女は雷の力を身に宿し、人としては尋常ならざる力を発揮できる。

 剣を打ち合えば、相手の力量などすぐに分かるのだろう。

 

 

 とはいえ、簡単には負けられない。

 

 俺は膂力を振り絞り、ネフティ王女を押し返そうとした。

 

 その時、

  

「きゃあー」


 ネフティ王女が高い声を上げて剣を自分の後ろに投げ飛ばし、尻もちをつく。

 その様子を見て、審判として横に居た国王がすかさず手を上げる。

 

「両者そこまで、勝負あり! 勝者、勇者アレン!」


 満面の笑みで国王が宣言すると、自国の要人たちが観客席から寸分違わぬタイミングで一斉に立ち上がり、嵐のような拍手を繰り出した。

 

 

 状況が飲み込めず困惑する俺。

 同じように困惑している招待された隣国の要人や使者たち。

 

 俺はヴィードを見た。

 口をだらしなくポカンと開け、呆けた様子のヴィード。

 

 ……。

 

 ――いったいこれ、どういうこと?



     ■     ■     ■



 後日、俺は王宮に招かれて説明を受けた。

 国王の執務室にはネフティ王女とヴィードも居た。

 

 俺が席に着くと国王が説明を始める。

 

 事の発端は、魔王が討伐され、国家連合軍が魔族との戦争に勝利したところから始まる。

 争いが終結したことにより、戦いで英雄となったネフティ王女に諸外国から求婚の申し出が殺到した。

 問題が一つ。

「娘は、いつ命を落として相手を不幸にするかもしれない。と、考えて戦中は結婚など全く考えていなかった。だから自分の結婚相手には条件を付けていたのだ」


 これが邪魔でな、と国王が言う。

 

 条件は自分より強い男。

 王族に求婚可能な身分でネフティ王女より強い男など居ないのだから、よくあるていのいい断り文句だ。


 戦争は終わったのだ、撤回すればいいと国王は言ったがネフティ王女は頑として譲らない。

 聞けば好きな男がいるという。

 

 それが俺だったというわけだ。

 

 国王が説明を続ける。

「余は、これはしめた、と思ったのだ。勇者アレンなら気心も知れてる。娘よりも強いし、今まで断ってきた縁談への示しもつく」


 ところが、俺に勇者の力が無くなった。

 

「ああ、死を与える? あれは動揺してつい強い口調になっただけだ。箝口令だな」

 国王は俺の疑問に答えて次へ進む。

 

「あの時点で御前試合は決まっていた。だが、アレンの告白で雲行きが怪しくなったのだ。余は娘に……、ネフティに負けろと言った。負ければ勇者アレンと一緒になれると」

 国王の傍らに座るネフティ王女は顔を赤くしたままだ。


「なのに真面目過ぎる娘は、勇者を相手にイカサマはしたくない、だの、国益を考えれば私が勝つ方が為になるだの……。国益など、どうでもよいわ」


 この言葉にヴィードの顔が真っ青になる。

 

「古来より、どんな賢王でも到底、治世が出来なさそうなバカ息子に後を継がせるだろ。それほど親にとって我が子は可愛いのだ。娘はこれまで必死に辛い戦いを耐えておった。好きな男と一緒になる望みくらい叶えてやりたいと思って何が悪い」


 国王が説明を終えると、隣にいたネフティ王女が真っ赤な顔のまま口を開く。

 

 ネフティ王女の声は震えている。

 

「アレン殿。私と結婚してもらえないだろうか。なんというか、そなたには責任をとってもらわねば……。私が殿方にお腹を見せたのはそなたが初めてで……。いや、違う。こんなことが言いたかったのではない」

 モゴモゴ。

 

 お腹を見た、というのは傷を縫いあった時のことだろう。

 照れながら必死に喋る王女はとても可愛かった。

 

 俺は王女の下へ駆け寄り、膝を折る。

 

「俺も王女のことが好きでした。身分違いゆえ、想いを封じておりましたが、許されるのであれば俺と一緒になって欲しいです」

 王女の手を取り、そう告げる。

 

「戦時下では共に泣きましたが、これからは共に笑いあいましょう」

 続けた俺の言葉に、王女は何度も頷いた。

 

 俺たちの様子を満足そうに見守っていた国王は、次にヴィードへと視線を移す。

 

「それでだな、ヴィードよ。お前は何故、御前試合に反対して、更には宰相としての仕事を放棄したのだ?」


 国王は本気で分からない、という表情だ。

 ヴィードは言葉に詰まり、一言も発することが出来ない。

 顔を赤くしたり、青くしたりと顔色がクルクルと変わる。

 そのうち感情に身体がついていけなくなったのか、ついにはウーッと唸って卒倒してしまった。

 

 ああ、賢者ここに撃沈す。

 

 気の毒に。

 ヴィードはヴィードでこの件に対して、ずいぶんと思い悩んだに違いない。

 この事態に陥ったいきさつは俺から国王へ話そう。

 

 

      ■     ■     ■


 

 数週間後、

 サフェナの店で。

 

「なあ、アレン。ヴィードは何て言ってたっけ。君は政治がわかっていない、だっけ? 人間というのは愚かなのですよ、悲しいことにね、だっけ?」


 サフェナがヴィードをからかっていた。

 言われたヴィードは顔を真っ赤にしている。

 

 

 

 ネフティ王女の起こした一件は割と大ごとになった。

 主に隣国で、である。

 中でも酷く立腹したのは武人たち。

 

 決闘の場を八百長という行為で汚したこともそうだが、ネフティ王女の実力や、如何に。と遠路遥々、視察へと赴いたのに茶番を見せられたのだから怒るのも無理はない。

 

 因縁もあった。

 

 隣国の王子はネフティ王女との結婚を熱望していたのだ。王女の強さに惹かれて王子自身が決闘を申し込んだこともある。

 口さがない武人たちは、聞くに堪えない侮蔑の言葉を公の場でも並べ始めた。

 

 これに激怒したのは隣国の王子、当本人である。

 

 居並ぶ武人たちの前でこう言った。

 

「じゃあよ、お前らは惚れた相手と一緒になる為に、あの大舞台で恥がかけるのか? ネフティ王女はよっぽど勇者殿と結婚したかったんだろうよ。健気なもんじゃねえか。完敗だよ。完敗」


 王子は振られたとはいえ、ネフティ王女が好きだったのだろう。己の発言により、好いた相手の幸せをアシストしたのだ。

 

 王子が公式に声明を出したことにより、ネフティ王女の起こした事件は隣国中に知れ渡ることとなった。

 世の女性たちは聞こえてくるネフティ王女の恋物語の虜となり、流行りにあわせて出された小説や戯曲に夢中となる。

 そうなるともう、武人たちは口をつぐむしかない。

 名のある武人には大抵、既に妻が居る。人によっては娘が居る。

 家庭内で揉めたくなければ黙るしかなかった。




「というのが、今の隣国の様子らしいよ」

 ヴィードをからかい飽きたサフェナが最近仕入れたという話を披露する。

「じゃあアレンは隣の国だと冒険ではなく恋愛物の小説や劇の主人公になってるんですね」

 ヴィードはサフェナのターゲットから外れて一安心の表情だ。

 

 そこに不機嫌な声が割って入る。

「ったくよぉ。お前らよぉ、俺の知らないところでイチャイチャくっ付きやがってよぉ、俺の職場は男しか居ないってのによぉ」

 愚痴っているのは魔王討伐での旅の仲間の一人、ボトールである。

 ボトールは聖職者であり、癒し手であり、現在は男だけの修道院に勤めている。

 

 今日は魔王討伐で共に旅をした仲間との再会の日であった。

 

 聖職者ボトールには結婚式の日に祝福を授けてもらえるように頼んである。

 

 そうそう。

 

 ボトールがお前ら、と言ったのには理由がある。

 なんと、ヴィードとサフェナも結婚するのだ。

 

 今回の件で大いなる勘違いをしたヴィードは酷く落ち込み、励ましたのがサフェナである。

 立ち直ったヴィードはプロポーズをしたが、一度は断られた。


「サフェナ。やはり私は人の心に疎いようだ。その欠点を君なら埋められる。一緒になって私を支えてもらえないだろうか」

 

 この求婚に対し、サフェナは

「アンタ、ホントに分かってないね。女へのプロポーズは、好きだ、惚れた、愛してるって言わなきゃ駄目なんだよ」

 と、うんざりした顔で断ったそうだ。

 

 最後に、やり直しな。と付け加えて。

 

 

 

 ふくよかなる女戦士キルベスティも来たのだが、一杯飲むとすぐに帰った。

 なんでも護衛の仕事で忙しいらしい。

 

 断っておくが、ふくよかなる、はキルベスティ自らが名乗っている。名乗ることでそれ以上の渾名を付けられることを避けているとか。

 

 多忙なのにどこかで俺と王女の噂を聞いて顔を出してくれたのだろう。ありがたいことだ。

 結婚の報告をすると、嬉しそうに祝いの言葉を述べてくれた。

 その後、

「結婚式の料理は、出来ればバイキング形式にしてもらえないか」

 と、打診してきた。

 

 王族の結婚式の料理を食べ放題にするのはさすがに無理だよ。

 食いしん坊だな。


 

 

 ということで。

 

 

 俺とネフティ王女は結婚した。

 

 闘技場での出来事から半年後のことだ。さすがに王族の結婚となると他国からの招待客の日程調整などから、話が決まってすぐに式を挙げるというわけにはいかなかった。

 

 結婚後、俺たち夫婦は魔族領の隣にある辺境の地を賜った。

 そこで俺はネフティ王女と共に、弱体化した魔族の残党を討伐しながら徐々に、かつて魔族領だった土地を開拓していくことになる。

 

 やりがいのある仕事になるだろう。

 

 魔王討伐の旅をした仲間たちも手を貸してくれるそうだ。

 

 特にヴィードには世話になると思う。

 今、俺は必死に領地経営などを勉強中だ。

 

 これからは、君は政治というものを分かっていない、などと言われないようにしなければ。

 

 

 おしまい。

ここまでお読みいただきありがとうございます。メンタルが豆腐ゆえ感想欄を閉じていますので、良いも悪いも思うところがあれば評価を押していただければ嬉しいです。

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