君の幸せ
「これは誰の?」
娘か聞くので、それはお父さんだよ、と教える。
ふぅん、と言って『ドール』抱きかかえる様子は、彼女に似ていてなんかほほえましい。
「こっちは、お母さん?」
そうだよ、だから大事に扱うんだよ。
僕は言いながら、娘が遊ぶのを眺めている。
娘は並べられた二つの人形を抱き上げて、大事にあやすマネをした。
それはやっぱり彼女にていて、最近では口調も同じになってきて、びっくりする。
「なんか寂しそう」
娘が何気なく言った。
その声は心に響いて、それは昔聞いた、姉の声に似ていた。
「どうしたの? お父さん」
娘がこっちを見て、怪訝そうな顔をしていた。
いや、別になんでも無いよ。と誤魔化す。
娘は彼女に似ている。
なのに、やっぱり時々、姉さんとかぶる。
娘が人形をあやしながら、子守歌を歌いだした。
たどたどしいメロディ、賛美歌のような、その曲は──
それは心の中に埋まった記憶とぴったりシンクロした。
「メチカ」
僕は娘を呼んだ。
「それ、どこで聞いたんだい? メチカ」
「ん? わかんない」
娘は首をひねる。
アンドリィ・ドールは歌を歌えない。
だから、僕も彼女も歌を歌った事は無い。
なのに娘が歌った曲は、姉さんが最後に歌った、『ドール』を動かした、あの歌だった。
「メチカ、それ」
「え? 歌っちゃダメなの?」
いや、そうじゃ無くて。
僕は娘を肩に手を置いて、なんとか笑顔を作る。
「もっと、歌ってくれないかな。お父さんに聞かせてよ」
いいよ。と娘は笑った。人形を抱いたまま、得意げに歌ってくれた。
その声は、たしかに姉の声で、そして……
僕は娘を抱きしめた。娘はびっくりして、なんで泣いてるの? お父さん。と声を上げた。いつの間にか彼女が隣に来ていて、僕の肩に手をやった。彼女はにっこりと微笑んでいた。
僕は今、幸せなのだ。
それはたぶん、姉がすべてをかけて守ってくれた物で。
だからここに、こぼれずに手の中にあるのだ。
「あのね、メチカ」
心配する娘を膝の上に載せる。
娘は訳が分からずに、僕の涙を拭ってくれる。
彼女は隣で笑う。僕はゆっくりと話し始める。
「僕には、お姉さんがいたんだよ」
娘は首を傾げる。
僕はその髪を撫でながら、娘が抱いた『ドール』を眺める。
彼女が買ってくれて、姉が改造してくれた『ドール』。
「人形が好きで、歌を歌うのが上手だった」
「わたしと一緒ね!」
娘は得意げに言い放って、嬉しそうだ。
僕は頭を撫でながら、
僕のお姉さんの事もっと聞きたい? と聞いた。娘は、んー? と考えて、
「いい、いらない。それより、この人形の作り方教えてよ。これ、どうやって作るの? わたしも作りたいー」
僕は面食らって、そして笑い出した。
さすが姉さんの子だ。僕は人形を弄り始める娘を撫で続ける。
まだ、話すには早かったね。
でもいつか、姉さんの事を教えてあげよう。
君の未来を作った、君の二人目のお母さんの話をしてあげよう。
君の幸せが、姉さんの幸せなのだと、君に教えてあげよう。