勧誘 ロクソール組と残りのソルダル組の到着
ヴァイス達を迎えてから数時間後。
今度は第3警備隊とシイナが護衛となって、カレン親子とジュリアスがやって来た。
目の前で馬車が止まり、中からは非戦闘員であるカレン親子とジュリアスが出て来て、シイナ、第3警備隊と合わせて並ぶ。
「お久しぶりです、ローゼンクランツ男爵。この度は領地への勧誘、まことに――」
「ああ、そういうのはいい。要らない。知らない間柄じゃないんだから、前みたいにしててくれ」
カレンが慇懃に言葉を募ろうとするのを制する。
貴族になったとは言え、末席も末席。ともすれば第3警備隊の面々より家格が下の人間だ。
それなのにいちいち丁寧にされてたんじゃ、寂しくってしょうがない。
「しかし男爵。彼らとは――」
「こちらが構わないと言った事をそちらの都合で拒絶するのか? それこそ、身分が違うならやっちゃダメな事だろ」
「うぐっ……!」
貴族家の出だからと口を開いたフレイを封殺する。
「まったく……頭が固くて仕方ないな。ヴァイス達はいつもと変わらなかったぞ?」
「……ふぅ。カレンさん、みんなも……これは諦める他にないだろう?」
「……そうみたいね。体裁くらいは整えたかったのだけど」
「しばらくぶりだな、クロウ、シオン! 元気だったのか?」
「ジュリーこそ、元気してたかよ? まあ、見りゃわかるか」
見かねたシイナの進言で、ようやく対応が以前と同じものになった。
……まあ、ジュリアスは最初からあんまり気にしてない感じで助かったけど。
「しばらくぶりね、クロウくん。まさか貴族になるとは思わなかったけど。ねぇ、シエナ?」
「うん。でも、私達に貴族の知り合いが出来たって事だよね!」
「そうね。……ふふ、相変わらずイイ身体……」
カレンの瞳が妖しく光り、ぞわりとした何かがオレの背中を走った。
一応オレはマントを着けているから、普通にしていたら身体なんて確認のしようがないと思うんだが……カレンは一体どうやって識別してるんだ……?
「……さて。来てもらってなんだが、一応最終確認をしておきたい。カレン、シエナ、シイナ、ジュリアスは、ここエルドラに定住する、という認識で間違いないな?」
「ええ、間違いないわ」
「もちろんです!」
「無論だ」
「当たり前だろ?」
「そうか。……うん。用意したものが無駄にならずに済みそうだ」
「用意したもの……?」
「まあ、来ればわかるよ。馬車の誘導は頼むぞ。御者もよく休ませてやれ」
「畏まりました」
控えていたメイドに馬車を任せて、屋敷から少し離れた場所にある大きな建物へとみんなを案内する。
「ここだ」
「ここ、は……何かしら? 結構大きいけれど」
「カレン達の、これからの職場さ」
言いながら中へ進入する。
この建物は、カレン親子とジュリアスのために魔法で建築した宿屋である。
通常の宿屋と同じように食堂も内包しているが、規模は通常のものより大きくしてある。
まあ、せっかく今までいた場所を捨ててこっちに来てもらったのだから、せめてものお礼というヤツだ。
「宿屋側は……ジュリアス。お前のだ。食堂側はカレンとシエナで使ってくれ」
「……いいのか?」
「いいも何も、お前らのために用意したんだ。受け取ってくれ。一応利便性は考えてあるけど、使いづらいような場所があったら遠慮なく言ってくれ」
「……クロウちゃん。これ、いつ建てたの?」
「全体は10日前だな。昨日までで内部を完成させた」
宿屋に関してはあんまり知識がないから、前世のホテルを参考に部屋の間取りを決めたりしたんだよな。
食堂に関しては、オレが『これなら使いたいな』と思う感じにしてある。基本は丸テーブルに4人掛けで、カウンター席も完備。
厨房は専門料理店を参考にして、魔導具を利用した冷蔵庫と冷凍庫をそれぞれ用意した。
他にも魔導具を利用した機材は色々とあるが、冷蔵庫と冷凍庫以外は一般的なものしか入れてない。……魔導具を使ったコンロとか、まさかあるとは思わなかったなぁ……。
『きゃーっ!? ちょ、ちょっとシエナ、こっち来て!』
『なに、お父さ――えぇっ!? 何これ、すごい!』
早速厨房の方からカレン親子の賑やかな声が聞こえてくる。
声の感じからして、どうやら喜んでもらえているようで何よりである。
「なあ、クロウ! これ、あたしの宿なのか!?」
「そうだぞ。でもカレンとシエナの店でもあるから、名前は3人で決めるんだぞ」
「おう、わかった!」
子供のように瞳をキラキラと輝かせながら宿屋側を見に行くジュリアス。
「……あれが同い年か」
「……それ本人の前で言うなよ、シオン。庇ってやらないからな」
「……わかってるよ」
ともあれ、3人のために用意したこれが好評で、オレとしては嬉しい限りである。
……さて。シイナや第3警備隊の面々の為にも用意したものがあるから、それも見せておくか。
「シイナとフレイ達は、またオレについてきてくれ。あっちこっち引っ張り回して悪いな」
「構わないよ、クロウ。でも、今度はどこに行くんだ?」
「まあ、ちょっとな。フレイ達は女所帯だから、専用の兵舎みたいなのはあった方がいいだろ?」
「……まあ、確かに。あるに越した事はない」
「だから、そういうのを作ったんだ。屋敷の裏手に建てたから、ちょっと来てくれ」
言ってから、今来た道を戻り、そのまま屋敷の裏手まで足を運ぶ。
そこには、屋敷をほぼまるごとコピーした屋敷が建っている。
「これが、そうなのか……?」
「ああ。メイドも追加で雇ってあるから、諸々の事は任せてやってくれ」
「……いいのか、クロウ? いくらなんでも金を使いすぎだろう」
「先行投資ってヤツだ。……まあ、そもそも今は結構儲けてるから、金の心配は要らない。これからもまあ……黒字は覆らないからな」
実は想定外だったりするのだが、チェスが今、国内の貴族に飛ぶように売れている。
やはり、今までにない遊戯であり、尚且つそのゲーム性が貴族である事にマッチしているのが原因だろう。
領地が近い貴族なんかは、コルナート辺境伯の宣伝を受けてわざわざ買い付けに来たりしているので、なかなかどうして嬉しいものである。
それから、海水塩の精製も順調に出来ている。
今は大部分を領内で消費し、残りを行商人づたいに売っているが、不純物がない上に岩塩にはない旨味があると評判らしい。……と、最近コルナート辺境伯に聞いた。
領内でも宿屋やメシ屋を営む人間にはかなり受けが良く、最近は一般家庭にも普及し始めているので、反応が楽しみだ。
ちなみに。
当たり前ではあるが、海水塩の精製方法と利権はローゼンクランツ家で特許を申請して握らせて貰っている。
「そんなに稼いでいるのか……? どうやって……?」
「海が見える街には、海が見えるからこそ稼げるタネがあるんだよ。おかげで領民に課す税率は下がったし、今から左団扇で暮らせそうだ」
「……ひだりうちわ?」
「あー……まあ、要するにだな。稼ぎがかなりあるから、何もしてなくても死ぬまで暮らせそうだって話だ」
聞いた事のない言葉に首を傾げるフレイに、それらしい意味を伝えてやる。
すると、フレイだけでなく、第3警備隊の面々が目を丸くした。
「……一応訊いておくが」
「うん?」
「クロウは、本当に新興貴族なのだよな?」
「何言ってんだお前」
「そ、そうだよな! やはり――」
「こないだ叙爵されたばっかりだっての。貴族になって、まだ1ヶ月も経ってねえよ」
「…………そうか」
何でもない事実を話しただけなのだが、第3警備隊の面々の、妙に消沈した顔が印象的だった。




