1匹いたら30匹はいるとかいう
王都にて、捕縛した男達を押しつ……引き渡した後、オレ達は早速、件の街道までやってきていた。
やはり、様子がおかしい。
通常、街道というヤツは少なからず魔物や盗賊の襲撃があるものだが、それどころかその気配すらない。
閑散とした商店街、とでも言うべきか。
普通ならあって当たり前の喧騒が聞こえず、怖いくらいの静寂が場を支配している。
「……シオン」
「わかってる。けど、こんなもんなのか?」
きっとシオンは、以前の、フェンリルの一件を思い出しているのだろう。
確かにフェンリルはアラクネよりもランクの高い魔物だ。ランクが高いという事は、それだけ危険だという事である。
だが、そんなフェンリルがいても、あの近辺では魔物の姿が散見された。
実際、シオンから聞いた話では、フェンリルを斃してすぐに他の魔物が姿を現したという事だから、アラクネ程度でこうまで閑散とするのは異常だ。
しかし、だとすれば原因はなんだ……?
考えられる可能性としては、近辺の魔物をアラクネが喰い尽くしたという事くらいだが、商隊を襲ってすらいるのならそれは考え難い。
人間の味を少なからずアラクネは知っているだろうし、この街道をやむを得ず通る事になった人間だっているはずだ。
アラクネにしてみればそれは、エサが自ら眼前にやってくるのと同じ事。喰らい付かないわけがない。
「……臭うな」
「何……? 私はそんなに臭いか?」
「バカな事言ってんじゃねえよ、ぽんこつ騎士」
そう言いながら、フレイの頭を軽くはたく。
「痛いではないか……」
「うるさい。……とにかく、原因を探らない……と……!?」
「どうした、クロウ?」
ぶわりと、視界の左右を赤いものが支配した。
よく目を凝らして見てみれば、それは赤い影の集合で、その影はどれも、最低でも1メートル半はありそうな蜘蛛の形をしていた。
数は……果たしてどれくらいだろう。
100? 200? いや、それじゃあ足りない。
300? 400? いや、まだ足りない。
最低でも500。下手をすればそれ以上は見える、夥しいまでの赤い影の群れ。
それが、街道の左右の森にいて、こちらを凝視している。
「……シオン」
「なんだよ?」
「失敗したかも知れない」
「…………は?」
「この依頼、受けるべきじゃなかったかも知れない。受けるにしても、もっと……もっと戦力を集めるべきだった」
「……なあ、クロウ。今、その『眼』には、何が見えてるんだ?」
シオンが恐る恐るといった様子で訊いてくる。
訊かれたからには、答えなければなるまい。
「蜘蛛の群れだ。右も左も、隙間なんか見えやしない。真っ赤だよ」
「……何匹いるんだ……?」
「……500でまだ足りない。700か800か、あるいは……」
「何……!? 何故そんなにいるんだ!」
「考えられるのはたった1つだけ。ちょっと調べれば誰にでもわかる、簡単で単純な答えだ」
「それはなんなのだ……!」
「正直言いたかないが……『王化』だ」
『王化』。
例えば、蜂や蟻には女王蜂や女王蟻がいる。
魔物の中には、それと同じように強大な力を持った個体が長となり、何百、何千といった数の群れを率いる事がある。
オレとシオンが初めての依頼で斃したゴブリンキングなんかは、まさしくそれだ。
つまり、この街道で確認されたアラクネは、周囲の魔物や商隊の人間、更には商隊が運ぶ予定だっただろう食料品なんかにも手を出して、少しずつ力と群れを蓄えてきたんだろう。
蜘蛛の子はただでさえ多いから、それも今の群れを作り上げる要因だったんだろうな。
……と、絶望的に考えてはみたものの、実際のところはそんなに切迫した状況でもない。
この世界には魔法があるのだから、地球でやる駆除とはわけが違う。ちょっと大きい火属性魔法で森を焼けば、それだけで大部分は解決すると見ていいだろう。
とはいえ、流石に数が多すぎる。
よく生きていられたもんだ。蟷螂みたいに共食いでもしてたのか?
「……『王化』ってなんだ?」
「お前なぁ……たまには本読めって言ったろ?」
「いや、色々忙しくて」
「ほぼ毎日一緒に行動してんのに忙しいもクソもあるかよ。お前が忙しかったらオレも忙しいわ」
「まあまあ。それで?」
「……しょうがないな。『王化』ってのは、簡単に言えばゴブリンがゴブリンキングになるようなもんだ。1つの種族の中でとりわけ強大な力を持った個体が、群れの王として頂点に君臨するんだよ」
「あー……なるほど。……つまり?」
今の『あー、なるほど』ってなんだったんだ。
「……つまり! アラクネが蜘蛛達の王になってるんじゃないかって事!」
「……私にはいまいちピンと来ないのだが、それは何が問題なんだ?」
「まあ、フレイは知らなくても仕方ないか。基本的に、『王化』した魔物ってのはランクが2つ上がるんだよ」
「ランク……?」
「あー……そこからか。まず、魔物にはその脅威度に応じてランクがFからSまで設定されてるんだ。これは、冒険者に依頼を出す時の指標にもなってるから、覚えておくといい」
「へーっ……」
「なるほどな。脅威度……とは、つまり危険性という事か?」
「まあ、そうだ。例えば今回のアラクネだが、あれはBランクの魔物だ。わかりやすく言うなら……そうだな、Bランクが2体もいれば街を1つ壊滅させられると覚えておけ」
「なんだと……!?」
フレイが驚愕に目を見開く。
まあ、正直オレだって嘘臭い話だと思ってるけど、多分事実だろうからなぁ……。
「まあ、とにかくだ。依頼を受けたからには確実に達成する。期待されてるからには、応えなきゃならないからな」
「……だな。はぁ……興味あるなんて言わなきゃ良かった……」
「黙っててもヴァイスの頼みだから断らなかったぞ」
「だと思ったよ。それで、どうしたらいい?」
「ちょっと大きい魔法で大多数を殲滅する。討ち漏らしは都度対処してくれ」
「了解。よし、行くぞフレイ」
「ちょ、ちょっと待て……! 貴様達は下手をすれば1000以上も魔物がいるところに、ほぼ無策で突っ込むつもりなのか!?」
「……? いや、クロウが魔法で殲滅して、余りが出たら俺達が狩るんだよ。無策じゃないぞ?」
フレイの言葉に、心底不思議そうな顔と声で答えるシオン。
なんか、コントでも見てるような感覚だな。
「それは策とは呼ばん!」
声を荒げるフレイと頭に疑問符を浮かべるシオン。
まあ、多分フレイは、戦争で使うような精密なまでに練り上げられた戦術や戦略を期待しているんだろう。
けど、オレ達冒険者は集団行動にしたって10人以下が基本だ。作戦だって、ある程度は立てられるが、戦うか、死ぬか、あるいは逃げるかしかないから、簡単な対処法だけでしか戦わない。
言ってはなんだが、冒険者は狩人と同じだ。
ものを言うのは経験と勘、それと道具。逆に言えば、それ以外は行動の妨げになる。冒険者によりけり、だけどな。
「フレイ。お前、今日はちょっと、見てろ」
「見る? 何をだ?」
フレイに向けてニヤリと笑いシオンを見ると、目が合った。口元にはオレと同じような笑みが浮かんでいる。
「そりゃもちろん……なあ?」
「そうだな、相棒。フレイにはしっかり見ててもらおうか」
「「オレ達の……冒険者の戦い方を!!」」




