今明かされる衝撃の真実
「――は、はっはっはっは! なんだ、口ほどにもねえな、罪人! ほら、拾えよ。お前の腕と剣だぜえ?」
そう、ガルザは声高に言った。
酒の力か、はたまた怒りによるアドレナリンの放出で感覚が麻痺しているのか。生憎と落ちているのはオレの剣でも腕でもない。
「バカな事を言ってくれるな、ガルザ。オレの腕は……ほら、ここにこうして、2本揃っている。剣も、そもそも直剣はオレの武器じゃない」
「っは! だったらなんだ? この腕と剣は、俺の部下のだとでも言うつもりか? そりゃいくらなんでも嘘ってもんだ!」
「現実から目を背けるのはやめろよ。上に立つ人間なら尚更に。そんな太い腕した奴が、今この場に、お前以外にいるはずがないだろ?」
「はっはっは! 世迷い言もここまでくりゃいっそ滑稽だな! なあ、お前ら?」
ガルザが背後の部下達を振り返りながら言うが、彼らの表情は明るいものではない。痛ましそうにガルザを見つめ、時折、床に落ちた腕に視線をやっている。
きっと彼らにしてみても俄には信じられないのだろう。少なくとも自分達の中では一番に強かった人間の、その腕が、一瞬のうちに斬り落とされたというのは。
あるいは、この『暴力』が自分にも降りかかるのではないかと恐怖しているのかも知れない。
「……その、ガルザ団長。非常に、申し上げにくいのですが――」
「バカ、お前、自分から死にに行くような真似すんなよ!」
「けどお前、じゃあどうするんだよ!」
「どうするったって……」
狼狽えるガルザの部下。
ガルザがどんな風に団長を務めてきたのかは知らないが、手にした酒瓶や赤ら顔から、およそ上等な上官ではなかったのは簡単に想像出来る。
もしかしたら、あるいは第3隊だけでなく、他の王城警備隊の面々や、ガルザの部下でさえも被害者なのかも知れない。
知れない……が、どのみち共犯であるという事に間違いはない。
そもそも。
男が女に劣るような事があってはならない、なんて、くだらない自尊心でしかない。男尊女卑も大概にしろと言いたい。
「ガルザ」
「あぁ?」
「拾えよ。お前の身体と得物だろ」
「いいや、俺のじゃねえ! ホラ吹きも大概にしやがれよ、罪人」
「だから罪人じゃないって……いや、いいや。それで、お前のじゃないなら、お前の右腕はどこにあるんだ? オレには、お前の身体の右側が、随分寂しくなったようにしか見えないんだ」
「なに言ってやがる! 俺の右腕なら、ほれ、ここ……に……?」
ガルザは血の滴る右上腕を掲げ、そこに目を向けると、動きを止めた。
「……俺の、腕は、どこだ……?」
「そこに転がってるだろ?」
「なに……?」
「そのロングソードと腕はお前のものだって、さっきから言ってるだろ」
「なん……な、な、な……」
1歩、2歩と、赤ら顔がいくらか青く染まった顔で後退りするガルザ。
それに応じるかのようにガルザの部下達は左右に割れ、いよいよガルザは背後の壁に背をつき、ずるりとその場に腰を落とした。
「俺の、腕……腕が……腕……腕、は……」
「見ればわかるだろ、ガルザ。あんたの右腕は、もうそこには無いんだ。その地位を獲得するまで武器を握ってきた手は、今あんたが見てる『そこ』には無い」
「……俺の、腕……」
「でも、繋げてやる事は出来る。もちろん、今まで通りに動かせるさ。失血に関してはどうにも出来ないが、腕を元通りにして欲しいならそうしようとも」
「……ほ、本当か?」
「ああ、本当だ。だが、タダでやってやるわけにはいかない。あんたには腕1本斬り落とされるだけの理由があって、オレには腕1本斬り落とすだけの理由があった。憤りから齎されたこの理由を、おいそれと引っ込めるわけにはいかない。……あんただって、そう思うだろう?」
「あ、ああ……」
「うん。理解が得られて嬉しいよ。……さて、それじゃあ訊きたいんだが。王城警備隊第3隊に性別や体格を無視した装備を支給するよう命じ、あまつさえ功績を挙げられなかった彼女達を必要以上に貶めた。この件の首謀者はあんたか?」
そう尋ねると、ガルザは1度口を噤み、やがて意を決したように話し始めた。
「……俺が主導でやったのは間違いねえ。だが、俺も所詮『使われる側の人間』だ」
「……まだ裏に誰かいるのか」
「名前はシニス・メルトナ子爵。俺の前に団長だった男で、あのクルセイド家の次女に婚姻を申し込んで袖にされた男だ」
「……もう団長じゃないのに、あんたは言う事を聞いてたのか?」
「俺の家はしがない男爵家で、メルトナ家には色々と恩義もあったんだ。……まあ、恩義ったって、親が世話になってただけだがな」
親の因果が子に報い、ってか。
しかし……蓋を開けてみれば、なんともつまらん真相だったな。
メルトナ子爵は同じ騎士のフレイを見初め、婚姻を申し込むも『騎士』を重んじるフレイがこれを拒絶。実力でも勝てないと……恐らくわかっていたため、当時の地位を利用してフレイやフレイの部隊に圧力をかけて溜飲を下げた。
予想されるのは、まあ、こんなところか。
なんというか、男の風上にも置けん奴だな。
「ちなみに、そのメルトナ子爵は、なんで団長の座を退く事になったんだ?」
「先の戦争で大怪我をしたからだ。少なくとも、騎士の道は閉ざされてる」
「なるほど……」
「な、なあ、もういいか? あんまりこのままだと、血を失い過ぎて死にそうだ……!」
「まあ待て。最後に1つ聞きたい。ガルザ・モルスト……あんたは、女が騎士である事、そしてその女騎士が男の騎士より強い事、更にその女騎士を集めた部隊を、一体どう思ってるんだ?」
誰かに唆されたにせよ、自ら進んでやったにせよ、気になるのはそこだ。
団長にまで上り詰めたからには、騎士に対する愛着のようなものや、部下に対する責任感なんかも持ち合わせているだろう。
だからこそ、聞きたい。
ガルザ・モルストという人間は、一応は部下である彼女達に、どんな想いを抱いているのか。
「俺は……俺はよ、罪人」
「クロウだ」
「……すまん。……俺はよ、クロウ。自慢じゃねえが、国に奉仕しようって気持ちは、人一倍持ってると思ってんだ」
「……ほう?」
「そりゃあ、俺はこんな、昼間っから酒瓶片手に顔赤くして仕事してるような人間だ。お世辞にも立派な騎士だとは言えねえだろう」
「……まあ、そうだな」
「だがな……こんなのでも、アルトラ貴族なんだ。アルトラの国民なんだよ。モルスト家の人間として、同じ国に忠誠を誓う人間をどうして虐げようなんて思える? 国の力は、人の力だ。国を支えようって騎士になった人間に、男も女も、ありゃしねえだろうが……!」
ガルザは、健在の左手で拳を作り、それを勢いよく床に叩きつけながら言った。
「だが、結局のところ彼女達を弾圧したのは、男が女に負けてるのが情けないと思ったからなんだろ? そんな事が公になると肩身が狭くなるから、だからそうしたんだろ?」
「ああ、そうだ! お前の言う通りだ! 俺達は、そいつらを貶めてでも、今ある立場を守っていたかったんだ!」
「……ああ、わかるぜ? オレだって男だ。家事や手芸なんかならともかく、こと武力で女に負けたなんてのは、恥ずかしくて仕方ない」
それに、競争において相手を蹴落とすというのは、手っ取り早く自分の優位を確立するための手段でもある。……最低である事には変わりないが。
「まあ、言い分はわかったよ。褒められた事じゃないが、気持ちはわかるつもりだ。……なあ、そっちの見張りのあんたはどうだ?」
「……俺も、出来る事なら貶めたくはなかったさ。それは総隊長や他の騎士達も同じはずだ。まあ……一部、本当に貶めたがっていた連中はいたがな」
「そういうのはどこにでもいるもんだ。……まあ、それがわかっただけでも良かったよ。オレはこの国を憎まずに済みそうだ」
身構えていたのをやめて、床にあるガルザの腕を拾って持ち主に近付き、断面と断面をくっ付けて聖属性魔法を発動する。
「……よし。どうだ? 間違いなく、今まで通りに動かせるはずだけど」
「お……おお……! 俺の、俺の腕……!」
手を握ったり開いたり、肘から曲げたり、肩から回したりして動く事を確認しながら、ガルザが嬉しそうに笑む。
「悪かったな、腕斬ったりなんかして。あんたのその腕でアルトラの平和が守られる事を祈ってるよ」
「お、おお……!」
「よっし。じゃあ、行くか、シオン」
「はいはい」
やれやれとばかりに肩を竦めてから、シオンは苦笑を浮かべながらこちらにやってくる。
「じゃあ、見張りの人。オレ達はこれで。総隊長さんにはよろしく言っておいてくれ」
「え、あ、はい……?」
「じゃ、そういう事で」
何故かはわからないが、騎士達が呆気にとられているうちに、さっさと地下から脱出する。
事の元凶はわかったから……あとは、ランバートからでも報告して貰えたらいいかな。
どうせ国の重鎮なんかは一介の冒険者の声なんか知らん顔するだろうし、力のある人間に告発してもらう方が良い。
事実確認も出来てるし、あとは丸投げする事にして、今は観光する場所を決めておこうっと。




