黒幕(?)登場
出ようと思えば出られる。
だから、別に急ぐ必要もない。
そんな風に考えながら地下牢で過ごし、いくらか経過した頃、数人の騎士を引き連れて髭面赤ら顔の大柄な男がやってきた。
「……ふん。大人しくしてるようだな」
その男は忌々しげにオレとシオンを睨み付けると、左手に持っていた酒瓶を口許に持ってきてぐびりと飲んだ。
格好や状況こそ、騎士の中でも高位に位置する人間なのだと察せるが、実際のところはただの飲んだくれのようだ。
「やる事もないからな。ところで、あんたは?」
「俺か? 俺はアルトラ王国近衛兵団団長、ガルザ・モルスト様よ!」
「……不勉強で悪いんだが、それはつまり、アルトラ王国軍の頂点だという認識で構わないのか?」
「その通りだ! 俺がここに来たのは他でもねえ。女の騎士を不当な扱いで侮辱してるとか戯れ言を吐いてるバカのツラを拝むためよ!」
いつか、第1隊の騎士がしていたような下卑た笑みを浮かべながら、ガルザは酒を口にしつつ言った。
「そりゃ結構。……しかし、オレとしてはどうにも納得がいかないな」
「……何がだ?」
「あんたは、パッと見ただけでもそこまで強いとは思えない。オレの方が遥かに強いよ」
「ほぉ……? なら、比べてみるか?」
「弱いもの虐めは好きじゃないんだ。惨めな奴が余計に惨めに見えて、ガラス細工のように繊細なオレの心が痛んでしまうからな」
「―――――」
「まあでも、挑まれても拒否する理由はないし、あんたがやりたいって言うなら、相手になっても良いよ」
「――ッおい! こいつらを牢から出せ! 俺が直々に殺してやる!」
ガルザは酔いが回って赤くなっているのだろう顔を、怒りで余計に赤くして、唾を吐き散らしながら見張りの騎士に怒鳴り付けた。
「し、しかし、ガルザ団長、勝手に出してしまうのは……」
「団長である俺が出せって言ったら出すんだよ! さっさとしねえか!」
「ですが……」
この見張りの騎士は王城警備隊の1人だ。
だから、いくら上司だとは言っても、ガルザは王城警備隊の上司ではないという事で渋っているんだろう。
まあ、この場にあの総隊長がいれば、苦々しい顔をしながら開錠を命令したかもしれないが。
「シオン、そろそろ帰るか」
「んー……そうだなぁ。ちょっと観光して帰ろうぜ」
「もうしばらく王都に留まるのか?」
「だって、初日からずっと牢屋だぞ? 色々見て回りたいって」
それもそうか。
既に観光は終わらせた気分だったけど、そういえば何にも出来てないし、土産も買ってないんだよな。
「よし、じゃあ行くか」
「おう」
「……お前ら、何の話してんだ?」
「いやなに、わざわざ開けてくれなくても、勝手に開けて出ていくってだけの話だ」
「……あ?」
オレの言っている事が理解出来なかったようで、ガルザは首を傾げている。
それを気にせず、牢に入るのだからとホロスリングに封印していた《鴉》を取り出して、それを一気に抜き放ち、牢の鉄格子を斬り刻む。
王城の地下牢という事でかなり頑丈な鉄格子だったのだが、そこは流石神造の刀。まるで、よく研がれた包丁で豆腐でも切るかのように、何の抵抗も感じさせずに鉄格子を細切れにした。
「……最初からそうしろよ」
「いや、一応の礼儀はな? まあ、良い経験になったと思えば」
「しょうがねえなぁ……」
「いつも付き合ってくれて感謝してるよ、シオン」
「……ふ、ふん。感謝してるんなら態度で返せよ、態度で」
「はいはい。……あ、ほったらかしにして申し訳ない。それで、どこで比べる?」
何か驚くような事でもあったのか、口をぽかんと開けて呆然としているガルザに声をかける。
……返事がない。
もうちょっと刺激を与える感じの言葉じゃないとダメかな?
「あんたを殺せば、王城警備隊第3隊への不当な扱いや批判は収まるかな?」
「……俺を、殺す?」
「だって、あんたが主導なんだろう、ガルザ団長殿?」
「はははっ、何の話だかわからねえな?」
「……そうか。まあ、別になんだっていいんだ。あんたを殺して収まれば万々歳。収まらなければ、第3隊を蔑ろにしてる連中を皆殺しにすればいいんだからな」
「……正気か?」
「どうかな? 結局のところ黒幕がわからないからな。わからないなら、わからないなりの手段に訴えるだけさ」
これはきっと、日本に生まれ、日本に生き、少なからず社会というものを知ってしまった弊害なんだろう。
こと『労働』という分野において、日本という島国はあまりにも……そう、あまりにも酷かった。
ブラック企業の横行、およそ間に合わない人材需要と育成、黴が生えてガチガチに固まった労働思想、止まらない根性論、果ては海の向こうの人々に『日本人は働きすぎ』と言わしめ、過労を苦にして自殺に走る人間も少なくない。
少なくとも、オレはそれを見てきた。
全体でないにせよ、そういう黒い部分を目にして、耳にして、実際に過剰な労働に倒れた人間の介抱もしたりした。
だから……だからつまり、単純に、赦せないのだ。労働に見合わない評価、給金、処遇。そういうもの。その一切が。
たとえ何も出来ないのだとしても、何かをしてやりたいと考え、模索するくらいには、赦せない。
「オレはさ、ガルザ団長殿。人を正当に評価出来る人間こそが、上に立つべきだと思うんだよ」
「……ほう」
「それで、それを評価する場は、公平で、公正で、邪な意思の介在なんてのは赦しちゃいけないと思ってる」
「なるほどな。で、それがどうした?」
「……まあ、正直オレはそんなに弁が立つ人間じゃないから、あんまりごちゃごちゃ言うのは難しいんだけど……つまりさぁ」
一度言葉を切って、納刀したばかりの《鴉》に手をかける。
「ガルザ団長殿。あんたは、人の上に立てるような器じゃなかったんだよ」
飽くまで穏やかな口調を意識しながら言いつつ、《鴉》を抜く。
薄暗闇の中でも確かに光る白刃は、ガルザの持っていた酒瓶を中程から斬って、中身を石煉瓦の床にぶちまけさせた。
「まあ、当然だよな。部下の前で酒かっ喰らって、赤ら顔で仕事にあたるような人間が、上司として、上官として、相応しいわけがない。これならまだ、王城警備隊の総隊長殿の方が、組織を纏める人間として相応しい」
「ぐっ……! 言わせておけばテメェ……! 罪人風情が知った風な口を聞くんじゃねえ!」
「……………」
「まあいい。どうせ罪人は罪人だ。この場でその首を斬り落としても、誰も文句は言わねえだろうよ。そっちの金髪の嬢ちゃんは俺の女にでもしようか」
下卑た笑みを浮かべながら、ねっとりとしたいやらしい視線をシオンに送るガルザ。
やっぱり、上がダメだと下までダメになるんだなぁ……。
「困ったな……。組織の頂点に立つ人間なのに、まさかこれほど曇った視界で生活しているとは思わなかった」
「……ああ?」
「どうせ今の立場も格下を狩って手に入れたハリボテだろ? 今の一撃を見てもオレの力量すら測れないなんて、やっぱ酒を常飲してるアルコール依存症野郎は、酒のせいで視界が歪んでんのかね」
「なんだと……?」
「おまけに、オレ達の事情も知らないときた。牢屋に入れられてるのが全部罪人だと思ったら大間違いだぞ。もしかして、直接しょっぴいた事ないのか?」
「……何が言いてえ……?」
「わからないのか? わからないんだろうな。だからお前は三流のチンピラ騎士なんだよ、ガルザ。お前にその立場は役者不足が過ぎる。アルトラに返却しろ」
「言わせておけば、小僧がァ!!」
ガルザの怒声と共に流れるような動作で腰のロングソードが抜かれ、その白刃がオレ目掛けて振り下ろされる。
そのはずだった。
「――あ?」
振り下ろされるはずだったロングソードは、カランと音を立てて床に落ちた。
――その柄に、ガルザの右腕の上腕から先をくっつけたまま。




