牢屋の中で sideシオン
拝啓、親父、母さん、姉貴達、村のみんな。
お元気ですか?
俺は今――
王城の地下牢にいます。
「……なあ、相棒」
「んー?」
「なんであの総隊長を煽るような真似したんだよ」
「や、別にそういう意図があったわけじゃ……」
同じ地下牢に入れられた相棒に冷たい眼を向けると、眼が合って、相棒はちょっと焦ったように言った。
確かに、相棒の性格を考えると、単なる親切で言ったんだろうな、という事は理解出来る。
理解出来る……けど、今回はタイミングが悪かった。せっかく正直に全部話して、情状酌量の余地もあるかもなんて気になってたのに、全部台無しだ。
それに……そう、それに。
問題の直接的な当事者である相棒……クロウが、何喰わぬ顔して、石煉瓦の壁に背中を凭れながら頭の後ろで手を組んでるのも気に喰わない。
「……そう怒るなよ、シオン。オレ達は別に、罪を犯したからここにいるんじゃないんだ。出ようと思えば出られるし、王都観光の1つと思えよ」
「お前のせいだろ!」
「悪かったって。迂闊な発言だったのは謝るよ。でも、女だからってだけで蔑ろにされてるのが、どうしても気に入らなかったんだよ」
それを言われると強く言えない。
この心優しい相棒の事だ。きっと俺と重ねて、あの第3隊の人達を見ているんだろうし。
女になった今、俺だって『女のくせに』なんて言われるのは腹が立つし、悔しくもある。
そうでなくても、女だてらに活躍している冒険者はいるのを知ってるし、いくらか面識もあるから余計に気に入らない。もちろん、男だった時からそうだ。
だから、クロウの憤りもわかるんだ。
……まあ、囚われてしまった以上は仕方ない。
クロウの言う通り、出ようと思えば出られるから、もう話には上げないようにしよう。
「薄暗い空間……男女が2人……何も起きないはずがなく……」
「!?」
何もない天井を仰ぎ見ていた視線を、相棒の不穏な言葉にそちらに向ける。
な、なんて事言うんだ、こいつ!?
……ま、まあ? ちょっとくらい……そう、頬にキスするくらいなら許してやっても、まあいいかなとは思ってたけど? まさかそれ以上を要求してくる気じゃ……。
「冗談だよ。別に恋愛感情もないし、女抱きたくなったら色街行くわ」
「……あ、そう」
……なんか釈然としない。
いやまあ、うん、ちょっと安心してはいるんだけど、女って見られてないみたいで腹立つ。
俺だって、今は女なんだぜ?
胸だって尻だって……まあ、どっちかと言えば俺の好みの大きさなんだけど……顔だって悪くないし、そこそこ魅力的……な、はずだ。
……何考えてんだ、俺。
思考が完全に身体に引っ張られてる。
死にたくなってきた。
「……お前、なに1人百面相してんだ?」
「別に!」
「……そうか? まあ、それならいいが……」
「それよか、これからどうすんだよ? 多分すぐに解放されるとは思うけど……」
「なぁに、あの役立たず部隊を見捨てたりはしねえよ」
「えぇー……もう帰ろうぜ……?」
このまま首を突っ込んでたら、どういう扱いをされるんだかわかったもんじゃない。
最悪、他国まで巻き込んで指名手配とかされるかも知れないし、第3隊には悪いけど、早くソルダルに帰りたい。
「毒を喰らわば皿までって言うだろ」
「……何それ?」
「1人殺すのも100人殺すのも変わんないんだから、いっそ徹底的にやろうって事」
聞き慣れない言葉だったけど、そう言われたら理解出来る。
なるほど。
つまり、一度首を突っ込んだらあとは大して変わらないんだから、最後までやっちまおうって事か。
「開き直りじゃねえか!」
『おい、うるさいぞ……!』
「お前のその『うるさい』って言う声がうるさいわ! ちょっと黙ってろ!」
……あれ? 今の、もしかして見張りの騎士?
勢いで言っちゃったけど……まあ、大丈夫だよな。
「お前やるなあ……。オレでもそんな事言わなかったのに」
「……………」
そんな称賛要るか!
これで解放されなくなったらどうしよう……。
「まあ、気を楽にしてろよ。国王だってオレ達には引け目があるんだし、悪いようにはされないだろうさ」
「……ほんとかぁ?」
「あの国王に恩を売るために、謝礼の話もせずにあの部屋から出たんだ。それくらいされて当然だろうが」
「……………」
「……わかった。嘘だ。流石にこの状況は想定してない。だけど、向こうに負い目があるのは明白だから、大丈夫だよ」
そう言ってクロウは、わんぱく小僧みたいな顔になってニッと笑ってみせた。
その笑顔が、普段の怜悧でクールな顔とはかなり違って、一気に顔が熱くなるのを感じた。
これが……ジュリアスが言ってた『ギャップ萌え』ってヤツか……! 確かにこの破壊力はヤバい……。
「……? どうかしたか?」
「なんっ……でもない……」
思わず上擦った声をなんとか普段の声に戻して、なるべく平静を装う。
勘の鋭い相棒にはバレバレかも知れないけど、隠し通せてるという事にしといて欲しい。
「でも、最後までって、どこまでやるつもりなんだ?」
「まあ、腐ってる上の連中を一掃するくらいはしないとダメだろうな。そこまでやったら、あとは国王に任せとけばいいだろ。第3隊を虐げる事態の主体になってるのは、半端に力があって排斥出来ない連中だろうしな」
「……そういう情報って、一体どこから仕入れてきてるんだ? ソルダルの図書館の本にだって、そんなのは書いてないだろ?」
「事実は小説よりも奇なり。物語で書かれるようなものは、大抵現実でも起こってるもんだ」
「……まさか、創作からの流用?」
「そうじゃなきゃ、政府の実態なんか山育ちのオレが知るかよ」
呆れた。
なんて奴だ、この相棒。前々からかなり破天荒な部分のある奴だとは思ってたけど、まさかここまでだとは思わなかった。
「そう言うなって。それより、腹減らないか?」
「……言われてみれば」
そういえば、第3隊との手合わせとか、他の騒ぎのせいですっかり昼飯を食いっぱぐれてる。思い出したようにぎゅるぎゅると鳴き出す腹の虫がうるさい。
けど、正直あんまり気にしてなかった。
クロウがいれば、いつでもどこでも出来立ての美味い料理が喰えるし、アイテムボックスである指輪はクロウの手から外しても勝手に帰ってくるし。
まあ、それはそれとして。
意識すると急に腹が減った気がするから、早く出して欲しい。
「はいはい。何がいい? まあ、大抵串焼きしか入ってないけど。多少なら汁物もあるぞ」
「串焼きしかないならそれでいいよ。……3ヶ月あればソルダルの屋台も多少様変わりするかと思ったけど、変わんなかったな」
「まあ、屋台で振る舞う以上は仕方ないだろ。種類が欲しいなら、それこそ《豊穣の銀狼亭》みたいな――」
「《豊穣の銀狼亭》……?」
聞き覚えのない店の名前だ。
ソルダルの店は大体把握してるけど、そんな名前の店あったかな……?
「……あ、いや、悪い。忘れてくれ」
「無理。さっさと詳細を話せ」
「いや、そんな剣呑になるほどじゃ――」
「話せ」
毎日毎日、飽きもせずに2人きりで行動してるはずなのに、どうしてクロウは知っていて俺は知らない店があるのか。
そこのとこ、詳しく話してもらおうか。
「……こないだ、ロクソールに行ったろ」
「行ったな、確かに」
「それで、お前が寝てた時があったろ」
「あったな」
フェンリルを斃して、そこに群がってくる雑魚魔物を一通り斃した後、俺は眠ったはずだ。
あの時はいつもの睡眠時間より長く寝てたはず。
「あの時にな? シイナが、個人的にお礼がしたいって言って――」
「キスとか?」
「違うわ! 店の話だろ、今! その店に連れていってくれたんだよ!」
「ああ、そっか。それ、どんな店だったんだ?」
「ああ、うん……元冒険者のオカマとその娘が営む店でな」
「オカマなのにノーマルだったのか!?」
「いや、違う。男が好きらしい。娘は、以前に何かの依頼の時に拾ったんだと」
「ふーん……そんで?」
「で……狙いは冒険者だけ、なのかね? 安くて量がある料理を出してる店だった。しかも美味いんだ」
「へぇ、駆け出しには打ってつけかもな」
「シイナも駆け出しの頃から利用してるって話だったし、そうなんだろうな」
「……それが、《豊穣の銀狼亭》?」
「うん」
「……俺が寝てる間に」
「……うん」
「現地で出会った女の子とデートか」
「いかがわしい言い方すんなよ! シイナとはそんなんじゃねえわ!」
「もう呼び捨て……」
「さっきからしてたろ!?」
まあ、シイナと行ったのは別にどうでもいいとして、そんな美味くて安くて腹いっぱいになる飯屋に俺を連れていかなかったのは腹が立つ。
……でも、あの時は眠気ヤバかったし、爆睡してただろうから仕方ないよな。
次にロクソールに行ったら、絶対連れてってもらうからな。
「わかってるよ。ほら、串焼き」
クロウがホロスリングから取り出した串焼きを受け取って、早速刺さっている肉を一切れ口に入れて咀嚼する。
……うん。出来立ての美味さだ。
「見張りの騎士には悪いが、メシくらいは良いもん喰いたいからな」
クロウの言葉に頷きを返す。
どこかから腹の虫の鳴き声がしたけど、多分気のせいだろうな。




