朝も早くに冒険者ギルド
『てめえ、何しやがる!』
朝の冒険者ギルド。
無駄に騒ぎを起こさないようにとローブを着せたシオンを連れてそこにやって来ると、そんな怒鳴り声が聞こえてきた。
見れば、いやらしい笑みを浮かべた髭面の男と、16歳くらいの少年が睨み合っている。
「……なあ、何があったんだ?」
とりあえず首を突っ込まないように、近くにいた顔見知りの冒険者を捕まえて尋ねてみる。
「ん? ああ、クロウか。いや、実はな。あの髭の奴……ゴルダフって言うんだが、冒険者登録しにきたっていうあの少年に突っ掛かったんだよ」
「はあ? 朝っぱらから元気だな。なんて言って突っ掛かったんだ?」
「おう。『お前みたいにひょろい奴が冒険者なんか出来るわけねえ』とか言って、少年を小突いたんだよ」
「手ぇ出したのか?」
「ああ。おかげさまで、少年はブチギレだ」
顔見知りの冒険者は、少し呆れたように溜め息を吐いた。
まあ、確かにゴルダフと少年とを見比べると、ゴルダフの方はかなり鍛えている感じだ。少年は同年代の男子と比べて少し筋肉が足りない気がする。
という事は、ゴルダフの言い分は決して間違いではないって事だ。
……ま、それにしたって言い方ってもんがあるけどな。
特にあの年頃の男ってのは、反抗期真っ盛りで周り全部が敵みたいな時期なんだ。前世でもそういう奴は確かにいた。
「ゴルダフの言い方とやり方が拙かったな」
「ああ、そうだな。……ところで、そっちのローブのは誰だ?」
「これか? んー……話してやってもいいけど、ちょっと面倒な事になってるから、ギルドマスターに話して、どういう扱いにするか決まってからな」
「おいおい、そんな面倒事抱えてんのか?」
「色々あったんだよ。でもまあ、お前も知ってる奴だぜ?」
「マジか……? まさかシオンか?」
「どうかな。とりあえず知ってる奴とだけ言っとくよ。同業者だ、ともな」
「同業者? うーん……?」
顔見知りの冒険者は思い出すように悩み始める。
はっはっは、精々後で驚くがいい。
『お、おい、何抜いてんだお前ら!?』
別の冒険者の焦ったような声が聞こえて視線を喧嘩していた2人に戻すと、少年とゴルダフはそれぞれ、ショートソードとバトルアックスを構えていた。
冒険者ギルドは……いや、他のギルドでも、私闘の類は原則禁止だ。それを破った人間は、最悪の場合、ギルドの登録を抹消され、以降はどこのギルド支部でも再登録出来なくなる。
まあ、それは飽くまで『最悪』の場合だが。
じゃあ、どうしても収まらない場合はどうするのか、という話なのだが。基本的には、ギルド前の広場で立会人の下での決闘をする、というのが通例である。
実際、オレやシオンも――片手で数えられる程度だが――決闘をした事がある。
ちなみに、決闘に勝った方は負けた方に、何でも1つだけ言う事を聞かせられる権利を得る。
「ぶっ殺す!」
「ゲハハ。やってみろ、小僧!」
……仕方ない。これも、ギルドマスターに取り次いで貰うためだ。
「――あ。お、おい、クロウ!」
歩き出したオレに気付いた知り合いの冒険者が止めるが、こちらにはこちらの事情がある。
ケツの青いガキ(年齢差2歳)とニヤついたオッサン(髭面だが30もない)の喧嘩で予定を狂わされるなんて、そんなのはゴメンだ。
「おい、お前ら」
「ああ……?」
「なんだよ!」
少年は怒りに満ちた眼で、ゴルダフはイラついたような眼差しで、それぞれこちらを向いた。
「邪魔だ。消えろ」
「なんだと!」
「……坊主、邪魔してんのはお前だろ?」
「ほう? 朝も早くからそれだけ吠える元気があるとは、髭面だが、大した犬だな? さっさと依頼を受けて消えろ」
「……なんだと?」
「そっちのガキも、元気があってたいへん結構。人間を相手にするくらいなら、ゴブリンの1匹でも狩ってこい」
「ふざけんな!」
努めて煽るように、挑発するように言葉を選ぶ。後ろのシオンがちょっと呆れたような空気を出しているが、まあ気にしなくて大丈夫だろ。
「なぁ、坊主。死にたくなけりゃ、とっとと消えな。このゴルダフ様の斧の錆になりたくなかったらな!」
「大体、あんたには関係ないだろ! 引っ込んでろよ!」
「……やれやれ、わかんねえ奴らだな。せっかく人が冒険者登録抹消の危機を収めてやろうってのに」
「……何ぃ?」
「なんだって……!?」
「レイン。ギルド内での私闘は、その規模によって、最悪の場合登録の抹消もある。そうだよな?」
今日もまた受付カウンターに座す狼獣人の彼女に確認を取ってみる。
すると彼女はにっこりと笑って
「ええ。それに、以降の再登録も禁止されるわ。お店で言うなら、出禁ってところね」
と、ちょっとお茶目に言った。
「――でも、良かったのよ? 注意じゃなくても、クロウくんが腕の1本でも斬り飛ばせば、それで済んだだろうし」
「勘弁してくれ。オレは冒険者を辞めるつもりはないんだ」
「ギルドマスターお気に入りのDランクなんだから、それくらい赦されるわよ。赦されなくても、ギルド職員一同が赦すわ」
レインの言葉に、受付カウンター向こうのギルド職員が、みんなして頷いている。
たった3ヶ月しか活動していないのに妙に信頼されてるなと思うんだが、レインに聞いた話によると、オレとシオンの《黄昏の双刃》は、持ち込む素材の質が良く高く売れてギルドとしても助かるし、礼儀もしっかりしてて優しく人当たりも良いとギルド内外で専らの評判らしい。
そして何より、ギルドマスター御用達という事実が、その評判を後押ししているとか。
ありがたい話ではあるが……ちょっと過剰な気がするんだよなぁ……。嬉しいけどさ。
「クロウ……お前、『黒銀のクロウ』か!?」
おい、ゴルダフ。なんだその、あまりにもそのままな通り名は。一体どこで呼ばれてんだ、それは。
「どこでどんな呼ばれ方をしているのかは知らないが、確かにオレはクロウだ。……だが、そんな事はどうでもいい。ゴルダフ。お前何のために冒険者になった?」
「……は、はぁ? なんだってそんな事を――」
「さっさと答えろ」
「…………俺の生まれた村は貧乏でな。冒険者になりゃ、狩った魔物の肉なんかは狩った冒険者のものだろ? だからだな」
「だったらこんな生意気なだけのクソガキのために、冒険者人生を棒に振るような真似すんなよ。勿体ないだろうが」
「あ、ああ……」
「誰がクソガキだ!」
「うるせえ、クソガキ。お前これからもそんな調子で、売り言葉に買い言葉、やられたらやり返すで喧嘩を叩き売りするのか? ん? お前マジで何のためにここに来たんだ?」
「冒険者になるために決まって――」
「そうだったのか。こいつは驚いた。自分から資格を剥奪されるような真似をしておきながら、冒険者になるために来たって? 面白い冗談だな。引き出しはそれだけか? 冗談の引き出しが多いと女にモテるぞ。面白ければな」
「ふざけんな!!」
「ほらそれだ。この程度でいちいち腹立ててどうすんだクソガキ。お前が癇癪起こしたって、ここに詰めてる冒険者連中なら、お前程度は片手間に潰せるんだ。死ぬんだったら街の外で死ね」
「ぐっ……!」
「いいか。まだ収まらないようだから言っておくけどな、お前は弱いんだよ。どこから出てきたのか、あるいはこのソルダルで生まれ育ったのか、そんなのは知らねえ。知らねえが、お前はあまりにも知らな過ぎる。駆け出しなんだからいちいち噛み付いてないで、さっさとランク上げて見返すくらいはしてみろ。お前、冒険者なんだろ?」
「……………」
言いたい事を言ってスッキリすると、ゴルダフと少年はすっかり意気消沈してしまった。
まあ、冒険者資格を抹消されないように対処してやったんだ。礼を言われこそすれ、文句を言われる筋合いはない。
「……とまあ、好き勝手言ったが。元はゴルダフが挑発するような物言いをして小突いたからだって聞いたぞ。駆け出しをからかうのは別に何も言わねえが、手を出すのは違うだろ」
「あ、ああ……悪かったな、小僧……」
「いや……うん……」
よし、これで一応一件落着だな。
さて、ギルドマスターに取り次いでもらわないと。
「レイン。ギルドマスターに取り次ぎを頼みたい」
受付カウンターまで歩いてレインに告げると、彼女は怪訝そうな顔をした。
「いいけど……何かあったの?」
「うーん……まあ、あったと言えばあったんだが、明かすとちょっと騒ぎになりそうでな。出来ればギルドマスターに話をしてからにしたい」
「それは、そっちのローブの……あれ?」
レインがローブを纏ったシオンに気付いたのか、鼻をくんくんと動かしている。
ただ、気配と匂いが一致しないのか、嗅いでは首を傾げる事を繰り返していた。
「それ、シオンくん……? でも、なんだか……」
「まあ、それは後で。なんなら、ギルドマスターと一緒に聞いてくれていいから」
「……ホント?」
「レインにはいつも世話になってるし、話しておかないと、気になり過ぎて仕事が手に付かなそうだからな」
「……よくご存じで」
「それくらいは判るさ。それで、ギルドマスターは?」
「いるわよ。クロウくんなら大丈夫だろうから、今から案内するわ」
「頼んだ」
他のギルド職員に仕事を引き継いでカウンターから出てきたレインの後を追って、カウンター横の階段を昇る。
あのギルドマスター……ヴァイスに妙に気に入られたせいで、今まで幾度となく昇った階段だから勝手に行っていい気がしないではないが、それはそれ。礼儀は大切だ。
それにしても。
どう説明すれば驚きが少なくて済むんだ……?




