腹が立つ事くらいあるでしょう
「――ギルドマスター、《黄昏の双刃》の2人をお連れしました」
ギルドマスターの部屋の前。2回を2度に渡って行われたノックの後で、レインがいつも通りの文言を告げる。
このセリフ聞くのも……何度目だっけ?
『――入ってくれ』
「失礼します」
部屋の中から聞こえてきた若干籠った感じの声に間髪入れず、早速ドアを開けて進入する。
ここだけ見ると、ヴァイスが職員から不当な扱いを受けているのではないかと感じるだろうが、実は違う。
……あれは確か、ヴァイスと知り合って最初に呼び出された時の事だったか。
呼び出しに応じてギルドに赴き、今日と同じようにレインに連れられて部屋に入った時に
『その2人に関してはわざわざ私の返事を待つ事はないから、声が聞こえたらすぐに入って来るといい』
と、およそ組織を取り纏める立場にいる存在が言ってはダメだろう事を宣った。
あいつと知り合ってから何度も考えてきたが、ヴァイスがギルドマスターやってるのは、何かの間違いなんじゃないのか……?
「やあ。愛してるよ、クロウ」
そして、決まって挨拶はこれだ。
おかしいな。ヴァイスって、オレの容姿が気に入っただけじゃなかったっけ?
「そうか、ありがとう。それで――」
いつもの返しをしたところで、この部屋に先に来ていた『来客』に目がいった。
歳は、多分ヴァイスとそう変わらない。22歳から25歳の間くらいだろう。
日焼けしたのではない、生まれながらのものと思しき褐色の肌と、こちらの世界ではまず見掛けない黒髪。手足はスラッとして細く、僅かに胸が膨らんでいる事から女性であると推定出来る。
幸いにしてその女性はこちらを向いていたので顔の確認も出来た。表情は無表情。瞳は鮮やかな金で、そこにもまた、感情の動きは見えなかった。
が、そんな無表情スレンダー褐色美女がしばらくこちらを見つめて一言。
「……気に入った」
もう嫌な予感しかしない。
呟くような小さな声だったとか、そんな事はどうでもいい。ヴァイスに話があったからこっちから出向いたとか、そんな事は関係ない。
シオンが女になったとかどうでもよくなるくらい、オレの第六感が警報をガンガン鳴らしている。
今すぐこの場から離脱したい。
大体、ヴァイスと話をしていたという事実がある時点で、この褐色美女はヴァイスと同じレベルの危険人物だ。
少なくともオレにとっては!
「悪い、帰るわ」
「まあ待ちたまえよ、クロウ。つれないじゃないか。私と君は将来を誓いあった仲だと言うのに」
「第三者による証言を参照して、そのような事実は無かったと証明してやる」
「ところで、この褐色美女はオルガと言う。ロクソールの街は知っているか? 彼女はそこでギルドマスターをしているんだ」
ちくしょう! わかっちゃいたが、こいつ人の話を聞きゃしねえ!
あとオルガとかいう奴! 律儀に頭下げてんじゃねえよ! よろしくお願いします。
……礼儀は大事だ。
頭を下げて挨拶されたらし返す。これ当然。
「で、ロクソールのギルドマスターがなんでここに?」
この3ヶ月……図書館の本を読み漁った事で、オレの知識もかなり充実している。
まず、オレが今いるのはアルトラ王国という国だという事。ソルダルはアルトラ王国の領土の中でも端の方……要は辺境にあって、ロクソールはその隣街になる。まあ、隣街って言っても、馬車で1日半くらいの距離にあるんだけど。
でもって、各街には各ギルドがあって、それぞれその街のギルドマスターがいる。
じゃあそのロクソールのギルドマスターがどうしてここに居るのかって話なんだが……。
「ああ。その件でクロウ達を呼ぼうと思っていたんだが、手間が省けて助かったよ」
「……あ、はい。そっすか」
クソッ……これが転生した人間の辿る道だとでも言うのか……? 前世で読んだラノベでも、異世界転生ものの主人公って、大抵、勇者精神を発揮するか、知らず知らずに巻き込まれる体質の人間ばっかだったしな……。
まあ、そうしないと話が進まないんだけどな。
「実はな、クロウ。ロクソールでは最近、魔物が強化されているらしい」
「はあ……それで?」
「うん。クロウ達には、それの調査と解決を頼みたいんだ」
「ロクソールの冒険者に依頼しろよ」
「それはそうなんだが、ロクソールの冒険者は軒並みやられてしまったらしいんだ」
……んん? ロクソールはソルダルと並ぶ辺境街のはずだろ? 辺境って事は開発が進んでないから、普段から魔物の質は高いし、それに応じて冒険者の質も上がってるはずだ。
このソルダルだって、ゴルダフみたいな虚栄心見え見えみたいな奴もいるけど、どいつもこいつもかなりの実力者だし。
冒険者の間じゃ、ソルダルとロクソールの冒険者の実力はどっちが上か、なんて話もされてるくらいだ。そう簡単にやられるとは思えない。
「嘘吐くなよギルドマスター。ロクソールの冒険者の実力は、ここソルダルでも噂になるくらいだ。そう簡単にやられるわけ無いだろ」
「……事実」
ロクソールのギルドマスターであるオルガが口を挟んだ。
事実? 軒並みやられたって事がか?
「……ロクソールが出せる戦力は、もうない。だからソルダルに来た」
「そんなに強大なら、オレ達が行ったって意味ないんじゃないのか? 大体、ランクはどの辺りまで動員してあるんだ」
「一応はCまでは動かせたらしいが、それより上は出払っているようだ」
「じゃあ無理だろう。オレ達は所詮Dランク。Cランクでも届かなかったものに届く道理は無いはずだろ?」
「そうか?」
「そりゃそうだろ」
ランクってのは、言ってみれば強さの指標だ。
だから、魔物の討伐難易度にもランク分けが適用されてるわけだしな。
Cランクの冒険者で事態の解決が出来なかったって事は、少なくともBランク以上じゃないと解決は見込めないって事だ。
この2人はギルドマスターだから、それを十二分に理解してるだろうに……一体どういう事なんだ?
「フフフ……まあ、クロウの言いたい事もわからないではないさ」
「だったら――」
「まあ、聞きたまえよ。何も、完全に解決してきて欲しいと言っているわけじゃない。調査をしてきて欲しいんだ」
「……それなら、ロクソールの冒険者が情報を持ってるんじゃないのか」
「……ダメ。ダメージが多くて、誰も話せない」
「使えん奴らだな……」
「そう言ってやるな、クロウ」
「事実だろ。それにヴァイス。別にオレ達じゃなくてもいいはずだ。そうだろう?」
「確かにそうだ。そうなんだが、残念ながら、今のソルダルにクロウ達程の実力者はいない」
「…………なに?」
「そもそも君達は、Fランクの……それも、冒険者登録をした翌日にゴブリンキングとソードウルフを斃した経験の持ち主だ。今はレベルも上がっているし、スキルだって成長しただろうし、新しいスキルさえ習得しているはずだ。だろう?」
そうだと言えばそうだ。
刀剣術はLv5になったし、他のスキルも軒並みレベルアップして、Lv4か5くらいにはなった。
新しいスキルも習得したし、魔法のスキルだってこの3ヶ月を利用して伸ばせるだけ伸ばした。
だが、そうじゃないだろう。
ギルドの定めたランクには、ギルド側も冒険者側も、それを遵守する必要がある。
例えば、オレ達《黄昏の双刃》はDランクパーティで、Dランクの依頼とCランクの依頼を受ける事が可能だ。
だが、Cランクの依頼は『かなり頑張ればクリア出来るから、やりたいならやっても良いよ』というだけの話であって、確実にクリア出来るわけじゃない。まあ、同ランクでも運が悪ければという事はあるが。
で、この決まりは何のためにあるのかという事なのだが、ランクが上がった事で力を付けたと油断して、いきなり高ランクの依頼を受けて死んでしまわないようにあるわけだ。
冒険者という人材はギルドにとっても惜しいからな。
つまり、そうした決まり事の観点から言えば、このヴァイスとオルガによる依頼は『低ランク冒険者を殺す依頼』という事になる。
「ああ、そうだな。だが、冒険者ランクがどういう意味を持っているのか、知らないわけじゃないだろ」
「もちろん。私もオルガもギルドマスターだからな。当然知っている」
「……前に会ってから2週間も経ってないのに、随分と耄碌したな、ヴァイス。まさかお前がオレ達を殺したいとは思わなかった」
「待ってくれ。何故そういう話になる?」
「何故も何も、Dランク冒険者にCランク冒険者でもどうにもならなかった事を頼むというのは、つまりそういう事だろう? 間違ってるか?」
「……今すぐCランクに引き上げるとしても?」
「ヴァイス。お前は何もわかってないな。ランクを上げればなんて、そんな簡単な話じゃないんだよ」
「なら――」
「はあ……。失望したぞ、ギルドマスター。まさか、自分のところの冒険者を殺したいとは思わなかった。少し相談したい事もあったんだが、やめる事にしよう。……行こう」
身を反転させてシオンに声を掛けて、ドアを開けて廊下へ……といったところで、肩に手が置かれ、引き留められた。
振り向けばそれはシオンで、目深に被ったローブのフードの奥からは、強い意志を宿した蒼い眼がこちらを見つめていた。
「お前……まさか、行きたいのか?」
「……………」
女になった事をバラさないように黙っていて欲しいと言ってあるので、シオンは返事を頷きで返してくる。
「別にヴァイスに義理立てしてやる事なんか無いだろ。……違うのか?」
「……………」
無言のままのシオンの真意はわからないが、少なくともヴァイスやオルガに悪感情は持っていないように見える。
それより、むしろ、こちらを責めているような意識さえ感じる。
「……まさか、オレ達ならやれるって言いたいわけか、お前は」
これには頷き。
「んー……まあ、お前がそう言うなら、オレも考えるけどさぁ……」
多分シオンは、オレ達には解決出来るだけの力が既に備わっていると言いたい……んだと思う。
それプラス、2人だからこそやれるとも言いたいんだろうな。
「……仕方ない。ヴァイス、オレ達とお前の仲だし、こいつも乗り気だから手を貸す」
「……ああ、ありがとう、クロウ」
心底安心した、といった表情で言い、咄嗟に立ち上がっていた身体をソファに戻した。
「ただし、今回限りだ。以降は何があろうと、ランクに見合わない仕事はしない。もしさせたければ、ギルドの規約を根本から変える事だ」
「……フフ、もうしないさ。今回は火急の用件というのもあるけど、何より君に嫌われたくはないからね」
「だったら最初から話を持ち掛けるな、阿呆が」
「赦してくれ、クロウ。……では、今入っている情報を開示しよう」
キリッと引き締まった真剣な面持ちで、ヴァイスは今回の一件の詳細を話し出した。




