第四節 「墜落(中)」 pursue their ends
(修正済み)
隆希が家に帰ってこられたのは、日付が変わってのことだった。
空間断絶により、世界存在体と世界並行体が分離――つまり幽体離脱してしまった隆希は、まず自分の体を探すことに必死だった。いくら幽体離脱とはいえ、空を飛べるわけでもなく、また壁をすり抜けたりもできず、移動手段は言うまでもなく徒歩。いつもとなんらかわりはない。おそらく意識不明であったのであろう隆希の身体は、町外れの狭い路地に壁に寄りかかるようにして、文字通り転がっていた。幽体離脱して意識のない体が勝手に動くはずもない。おそらく誰かがここまで運んできたのだろう。いくら魔術師でも、あの体の小さいスピカが運んでこられるとは思えなかった。おそらく誰か協力者がいたのだろう。
見つけたのは良かったのだが、大変なのはそこからだった。いくら幽体離脱とはいえ、魔術的な分離である空間断絶の状態では、幽体で身体に触れてさあ元通り、とそううまくはいかない。ふと自分の体を観察していた隆希は、ズボンの膝のところに簡易な幾何学模様で構成された小さな魔法陣を見つけた。いつ描かれたのか、隆希には全く記憶がなかったが、この魔術回路を解除しなければ元に戻れないことは容易に察しがついた。魔術回路の解除にはその方面の専門知識が必要になる。しかし、隆希はそちらの知識に疎かった。
試行錯誤すること二時間ほど。ようやく回路を解除することができた――――いや、回路は解除された。結局、隆希にはこの回路を解除することができなかった。簡易魔術であったらしいその回路は、隆希が解除する前に寿命を迎え、自動的に消滅したのだ。
はたして身体に戻ることができた隆希は、とりあえず感知モードに入った。自分をこんな目に遭わせたスピカを探すためだったのだが、言うまでもなく反応はなかった。あれからもうだいぶ時間が経つ。とっくにどこか遠くへ行ってしまったのだろう。
隆希は自分の無力さを噛み締めながら、とぼとぼと家に帰るのだった。
「――と、まあ昨日僕が帰って来なかったことのあらましはこんなところだ」
隆希はそうやって締めくくった。家に戻り、それから寝ておきた隆希は、先に起きていた玄恵と銀埜から質問攻めにあった。そこで、一部始終を丁寧に説明した隆希であったが。
話を聞いた玄恵と銀埜は一時沈黙。それからお互いに顔を見合わせ、腹を抱える勢いで大爆笑。まだ薄暗い早朝、室内に二人の笑い声が響く。
「お、お前ら……」
「隆希、お前本当にアホだな。間抜けすぎだよ」
「初の幽体離脱体験はどうだったー? 楽しかったー?」
明らかに人の不幸を見て楽しむ二人。隆希としては面白くもなんともない。
「お前さ、油断し過ぎなんだって。魔術師たる者、相手が魔術師であるなら常に警戒。これ常識だろう。ヘタすると死んでたぞ、お前」
「う、それは……」
反論などできるはずもなかった。まさにその通りだったからだ。
魔術師というものは一人身を好むものが多い。名義上の集団を作ることがあっても協力プレイなんてものはめったにないものだ。それは、魔術師が自分に絶対的誇りを持っているからなのだ。道は違えど、目指すところは究極。そんな自分第一な傾向になりやすい魔術師は、互いに敵愾心を持つ傾向にあるのだ。
「リュウくんもさ、これを機会に銀埜から本格的な回路解除法覚えたら? 話から考えると、そのスピカって子はまた現れるだろうけど、その時にも便利じゃん。一日二日で覚えられるものじゃないだろうけど、リュウくんは根は真面目だし、そんなに時間はかからないと思うよ」
「そう……だな……」
確かに、スピカが再び現れる可能性は十分にある。あれだけの挑発をしたのだ。あれで終わりというわけはないだろう。それに、もし現れなかったとしても、隆希はこちらから探し出す意気込みだった。今受けている依頼に、彼女は関わりがあるはずだからだ。
「なあ、隆希」
ふいに銀埜が自分のタブレットPCの電源をつけながら隆希に声をかけた。
「お前が出会ったっていう、そのアストライアス・スピカって子供、年齢はどれくらいだったか分かるか?」
「年齢……? こちらで言えば小学校中学年くらいだと思うけど。それがどうかしたか?」
隆希の言葉に玄恵が驚く。
「すごいね。そんなに幼いのに、空間断絶なんて高等魔術」
「ああ、すごいぞ。そいつは」
「ん、銀埜。心あたりがあるのか?」
銀埜がうなずく。
「前、実家にいたときに小耳に挟んだ話なんだがな、『協会』の最年少機関員の記録が大幅に更新されたんだ。日本の俺んちまで情報が来てたのを思い出した」
銀埜はタブレットを操作し、あるウェブサイトを開いた。そこにはロシア語で色々と書かれていた。レイアウトが新聞のようなのでおそらくウェブニュースのたぐいだろう。
「これ、なんて書いてあるんだ?」
「うむ。AstraiaSpica史上最年少六歳で機関員に、といった内容かな。四年前の記事だから今は十歳か。この記事は協会のロシア正教関連の部署のものなんだが、このアストライアってやつの所属までは書かれていないみたいだな。ん、得意魔術も書かれてるな」
銀埜が記事を拡大すると、そこに小さい文字列がある。銀埜いわく得意魔術が書かれているらしい。
「幻想投影か。へえ、しかも非描の術式ときた。一流だよ、この歳で」
玄恵はそれを聞いて、うわあ、と声を漏らしていた。しかし、隆希は首を傾げる。自分の中での情報と、銀埜の言った情報とでは少しずれがあった。
「空間系は? 俺が見た限りでは、あの術式は相当なものだったぞ。練度も高かったし」
「ここに書いてあるのは今言ったものだけだ。お前の話を聞いた限りではたしかにそちらの術も載っていていいとおもうが……」
銀埜は画面をスクロールし、情報を探しているようだった。それを見ていた玄恵が口を挟む。
「あれじゃない。ほら、魔具。モノに回路を内包して他人にも簡単に魔術を使えるようにしたやつ」
言われて、隆希はあの時の出来事を思い返す。そういえばスピカは大きなハサミを持っていた。
「なるほどな。確かにそうかもしれない」
隆希は思考する。
スピカが持っていたのが魔具だとすると、やはり協力者がいるに違いない。魔具を与えた者がいるはずだった。そうなると関係してるのは複数の魔術師ということになる。事態はどんどん悪い方へ向かっていた。
「こうなるとさ、俺一人じゃさすがにきつい。分かるだろう? 手伝ってくれないか」
隆希は二人に頭を下げた。
相手は子供とはいえ、協会の機関員。さらに協力者もいるとなると、もはや隆希の手には負えない。
隆希の頼みに銀埜は腕を組みしばらく考え込んだ。そして大きくうなずきピンと指を四本立てた。
「四割。お前がもらうであろう報酬の四割で手を打とう。多かれ少なかれ、だ」
「んじゃ、私は一割でー」
さり気なく便乗してくる玄恵。
二人合わせると五割。半分である。隆希としては痛い出費だったが、背に腹は代えられない。この二人がいてくれると心強いことは分かっている。隆希はその額で二人に協力してもらうことにした。
それから銀埜は用事があるらしく、すぐに家を出た。
隆希は強い眠気を感じていた。思い返してみると昨夜はほとんど寝ていない。疲れが出たのだろう。隆希はそのままフローリングの床に寝転がった。夜の間に冷えきった床は、ひんやりとして心地よい。隆希は自然と眠りの中へ落ちていった。
しばらく深い眠りに浸っていると、見知らぬ声が聞こえ、隆希は目を覚ました。どうやら、いつの間にか玄恵がテレビのスイッチを入れたらしい。しかし、今の隆希にはそんな事どうでも良かった。すぐにテレビの音が遠のいていく。
ほとんど眠りかけていた時、玄恵の声が微かに聞こえた。反応せず、そのまま寝ようとも思った隆希だったが、耳に入ってきた単語がいささか気になるものだったので、目を覚まさざるをえなかった。
「玄恵、今なんて言った?」
身体を起こしながら問う。
「んー、だから自殺」
玄恵は気だるそうにテレビの画面を指さす。
テレビで流れていたニュースでは、連続しておきた二件の飛び降り自殺について報道されていた。依頼の少女が頭をよぎる。
画面が切り替わる。
「は――?」
隆希はその画面を見て間抜けた声を上げた。眠気なんて一気に吹っ飛んでしまった。
「朱雀……病院……」
それはある日の夜に朱雀病院で起きた、二件の飛び降り自殺の報道だった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
チャイムが鳴った。
隆希は立ち上がり、壁の向こうの玄関を見る。
「あ、私出るね」
言って、玄恵は素早く玄関に出た。玄関で客に応対する玄恵の声が隆希の耳にも微かに聞こえる。
「リュウくん、お客さーん」
「え、俺?」
予想外の来客に、隆希は首を傾げる。今の依頼に手間取っているのに、また依頼であったら、面倒極まりない。うんざりしながら、玄関に向かう隆希。
すると、そこにはよく見知った顔があった。ふさふさとした長くて白いあごひげがチャームポイントの美波の担当医こと仙人であった。仙人は前依頼に来た時と同様、手にはブリーフケースを持っている。
隆希は仙人を中へ通そうとしたが、仙人は断った。どうも今は時間がないそうで、近くを通ったついでに訪れたらしい。仙人はブリーフケースから、なにやら紙が入っているらしいクリアファイルを取り出すと、隆希に渡した。
「これは、ニュースでも見たと思うのですが、その二人に関する資料です。もしかしたら、”一人目”と関係があるかもしれませんので」
ですが、これは警察には秘密ですよ。
仙人はそれだけを言うと、そそくさと去っていった。隆希は呆然としながらも、クリアファイルに目を落とした。色は黒で、中に入っている紙が何なのかうかがいしれない。隆希はリビングに行くと、玄恵もいる前で、机の上にクリアファイルの中身を広げた。銀埜にも見せたかったのだが、外出していては仕方がない。紙は全部で八枚あった。一枚一枚よく見てみると、文字が印刷されているのはそのうち四枚で、印刷されている紙と白紙の紙が交互になっていた。
一枚目と二枚目の紙は自殺した少女それぞれに関する近辺情報。最初の依頼の時とはうってかわり、極めて個人的な情報まで書かれている。仙人が警察には秘密に、といったのもうなずける。こんなもの個人情報の漏洩にほかならない。
隆希たちはなんとも複雑な心持ちで、次の紙をみた。三枚目と四枚目はどうやら遺書のコピーらしかった。
「病院の一人の医師がやることにしては、ちょっと大げさよね」
玄恵がそれぞれの紙を見ながら呟いた。
たしかにそうだ。仙人が朱雀病院の中でもかなり偉い立場にいるとしても、ここまではやりすぎだ。警察でもないのに、遺書を勝手にコピーしたり、他人の情報を漏洩したりとさすがにおかしい。
とはいえ、そんなこと気にしても話は全く進まない。
「ともかく、さっと内容を見てしまおう」
言って、隆希はまず遺書を手にとった。
玄恵ももう一枚――もう一人の遺書を手に取り、軽く流すように読むと、机の上に放り出した。
「すっごく単純だね……。遺書に単純も複雑もあるか知らないけどさ」
隆希は玄恵の手放した遺書にも目を通す。確かに玄恵の言うとおりだった。どちらの遺書も書かれているのは僅かな言葉。
『朝が来るのが怖い』
『夜が明けるのが嫌だ』
――――だから、さようなら。次の世界へ。
それらは遺書とすら言えるかわからない。似た内容の遺書は不自然極まりない。それに――。
隆希はあることに気づき、ノートパソコンを起動させた。例の最初の依頼の件の遺書を表示させる。
「やっぱり……」
隆希はパソコンの向きを玄恵の方へ向け、示した。
「ここ、最後の部分、同じだ」
隆希が指差す部分。それは遺書の最後の一文だった。
「次の世界…………。本当だ、どの子の遺書にも次の世界って言葉がある」
三人の遺書の共通点はそれだった。どの遺書にも、最後に”次の世界”という言葉が入っている。あえていうなら、その手前の”さようなら”という言葉も同じといえよう。偶然の一致というには無理がある。
明らかに最初の件と、この二人の自殺に関連がある。それも意図的な何かが感じられるのだ。
「単なる自殺……じゃない……」
確実とはいえないが、ほぼそれが答えのように思えた。自殺でなく、これは殺人ではないか、と。それも、
「魔術師が関係している、ね。一大事だよ、これ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ねえ、シリウス。ボク、まだやらなきゃいけないの?」
幼き魔術師は、老壮の魔術師へ問うた。
「うむ、後少しだ。あと少しで終わる」
威厳に満ちた声で、魔術師はそう断言した。
「うん、分かったよ」
「くれぐれも気をつけろ。布石は整っているが、彼らは無信仰の魔術師、如何な魔術を使うか、完全な想定は出来ない。それに、彼らの中にはあのエテジアを負かした者もいるのだ」
そのようなことを言いながらも彼――アルデバラン・シリウスの表情は勝利の確信に満ちていた。
「理解ってるよ」
スピカはためらないながらもうなずく。
シリウスはスピカに透明な円盤状の板のようなものを手渡した。その表面は大量の文字でうめつくされている。
「これを使うといい。お前にかけられた抑圧を丁度よく開放し、回路の暴走なしに例の結界を発動させることができるはずだ」
その言葉にスピカは顔をしかめながらも、それを悟られぬように顔を伏せた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「それにしても」
と、玄恵が隆希の方を見た。
「おかしな事ばかりと思わない?」
「おかしなこと、って何が」
正直言って、おかしな所しか無い事件に、おかしな所がどうと言われてもどれのことを言っているのかわからない。
「うん。ずっと気になっていたことがあるんだけど」
一呼吸。
なんで仙人は私たちのところに来たんだろうね。
隆希はハッとなった。
そうだ。それも疑問に思うべきことだったのだ。
何故仙人は、最初から警察に頼ろうと考えなかったのだろうか。自殺にせよ何にせよ、結果として人がいなくなったのなら、まずは警察に行くはずだ。最初に、得体のしれなかったはずの自分らの場所へ来るのはどうも納得出来ない。それに、仙人は探してくれと言いながら、情報は全然教えてくなかった。かと思うと、今度の自殺では個人情報を横流しにしている。
これは何を意味しているのだろう。
考えれば考えるほど、隆希は仙人が何かこの事件に重要な部分で関与しているように思えてならなかった。
ふと、隆希の視界に変なものが映った。テーブルの上に乱雑に広げていた紙の中に、一枚の黒い紙が紛れていた。先ほどまではなかったはずだ。
「なんだ、それ……」
「んー? 本当だ。いつの間に紛れたんだろう」
玄恵はその紙を手に取った。
「白紙……。いや黒だけれども……」
玄恵はその紙を自分の前でしばらくひらひらと揺らしてみていた。すると、突然何かを思いついたようで、紙を素早くテーブルへと押し付けた。
「どうした?」
たずねても、しかし、玄恵は反応しない。ただ、両手を紙の上に重ね置き、何かを呟いた。よく聞こえなかったが、おそらく呪文であろう。黒い紙に自らのオドを流し込んでいるようだ。
隆希はただそれを見つめる。
数秒、黒い紙に青白く光る魔術紋が浮かび上がってきた。魔術紋というのは、簡単に言えば”サイン”だ。魔術を使った術者が自分を誇示するために術に付加する飾りのようなもの、なくてもいいものだが、たいていの魔術師は自己顕示のために魔術に魔術紋を装飾する。
今、紙に浮かび上がったのは二重円の中に、点と線とで構成された図形の入った簡単なものだった。黒い紙の上に浮かび上がったそれは、夜空の星座を連想させる。
その形に隆希は見覚えがあった。
左下にひときわ大きな点が見える。黄道十二星座の一つで、全天で二番目に広い星座――それはおとめ座だ。
玄恵は手を離した。
玄恵が手を置いていた場所、魔術紋の下に英語の文章が浮かび上がっていた。
「明日、午後六時半に支丞市立第二図書館にて待っています。だってさ。なにこれ、決闘状?」
玄恵が茶化す。隆希は顔をしかめながら、玄恵の訳した内容を頭の中で繰り返す。
市立第二総合図書館といえば、近隣の市町村の中でも一番大きい最新の図書館だ。支丞市にはもともと別に図書館があったのだが、老朽化が進み今となっては倉庫扱いだ。そこで、金だけは無駄に持っているらしい支丞市はもうひとつの図書館を、本の図書館のすぐそばに建てたのだ。それが支丞市立第二総合図書館。場所は市のやや西側、市立支丞西中学校の近くだ。
「図書館、か。デートの場所としては変なところだな」
この紙はどう考えてもスピカのものだろう。おとめ座の一等星はスピカである。彼女が自分を誘っているのは明白だった。どういう意味かは別として。
「そうだね。何か考えがあるのかも。ところで、リュウくん一人で行くの?」
言われて隆希は考える。スピカからの誘われている――いや挑発。しかし、そこに彼女一人しかいないという保証はない。それに、一人で来いと言われているわけではないのだ。
「そうだな。向こうも一人で来るとは限らないし、何が起きるかわからないからな。文墨も頼むよ」
「オーケー、分かった」
「銀埜にも言っとかないとな……」
と、誰にでもなく呟く隆希の背中から
「俺は行かないぞ」
不機嫌そうな銀埜の声が飛んできた。
「銀埜……。気配を消して後ろに立たないでくれ。心臓に悪い」
いつの間に帰ってきていたのだろう。銀埜から見て正面にいる玄恵でさえ、銀埜のことに気づいていなかったらしい。唖然と口を開いている。
銀埜はテーブルの横に移動した。
「俺、出ないから」
念を押さんとばかりに、今一度はっきりと宣言。
「出ないってどうしてだよ」
「面倒」
間髪入れずただの一言。隆希は声も出せない。
「協力するとは言ったが、全てに従うと言った覚えはない。それに、玄恵がいれば、俺なんかいらないだろう。正直言って」
「それは……」
たしかに、玄恵の強さは隆希も十分に理解していた。
「最悪、危なくなったら携帯で呼んでくれ。すぐに地点転移でトんでくるからさ」
本当に危ない時には、携帯なんて使う暇はないんじゃないだろうか、と隆希は呆れ返っていた。
「リュウくん、大丈夫。心配しないで」
任せて、と胸を張る文墨。隆希としては唯一の頼みの綱だが、どうも自分は頼りにされていないらしく複雑な心持ちだった。しかし、それは自覚していることでもあるので、悔しい。
「ねえ、早速明日の計画立てようよ。私の部屋で」
「ん、ああ、うん」
玄恵が立ち上がったので、隆希も付いて行こうと腰を上げた。
すると、銀埜が隆希を呼び止めた。
「これ、使えよ。役に立つと思うぜ」
銀埜は隆希に黒い細長い箱を手渡した。中になにか入っているらしい。表面には何も書かれておらず、赤い紐で結ばれていた。
「これは?」
開けようとする隆希を銀埜は制す。
「おっと、今開けるなよ。家の中で開けられると困ったことになりかねん。戦いには役に立つものだよ。もし戦闘になったら使ってくれ」
「何が入ってるんだよ」
「ん、それはな――」
「おお……。それは確かに役に立つな。ありがとう」
「ま、頑張れや」
「でもさ、こんなもんあると、結局俺の出番ないよな」
言うと、銀埜は笑った。
「はは、まさか。出番なんて用意されていてもつまらないさ。そんなもん、作るものだからな。いくらでもしようはあるさ」
隆希もその言葉に笑って返し、銀埜から受け取った箱をポケットにしまうと、玄恵の部屋へと向かった。