第五節 「塔」 Babel
土地が狭いせいもあり、上へ上へと高く伸びる塔じみたその図書館は、どこか異様な雰囲気を纏っている。風景にとけ込むことが全くできていない。むしろ意図的にそう作られたかのようにすら見える。その建物は地味すぎた。時代遅れのデザインというわけではない。しかし、新しいとも言い切れない。すべてが中途半端で、ゆえに日々変わりゆく町並みにそぐわない。
そんな支丞市立第二総合図書館の、これまた狭い駐車場に、隆希と玄恵は立っていた。いつもならすぐ埋まってしまう駐車場も、休館日でしかも夕方遅くということもあり、車は四台しか停まっていなかった。
玄恵は自分の腕時計を確認した。
「六時。そろそろ始めよう」
隆希は玄恵の言葉にうなずく。
隆希は簡単に辺りを見回した。東側にそびえ立つ図書館。西側には道を挟んで民家が。北は畑を挟んで旧図書館が見える。また南側には細い道があり、その脇に、この図書館の地下駐車場への入り口があった。今はシャッターで閉ざされている。
ふと見ると、玄恵はすでに自分の持ってきた道具を使って作業を始めていた。
隆希もそれを確認すると、あらかじめ練っていたプランに沿って感知を始める。ゆっくりと時間をかけ、感知範囲を広げ、最終的に半径二キロメートルを調べる。しかし、魔術師の反応はなかった。感じるのは大気のマナの流動ばかり。ふと、隆希はそこで初めてあることに気づいた。
自分たちがいる、そのちょうど足元。そこに強いマナの流れがあるようだった。周りのマナとは全く質も量も異なる、良質のマナの川。
隆希は感知を打ち切り、玄恵にそのことを伝える。
「文墨、今気づいたんだけれども、ここ、地脈が走ってるぞ」
「え、本当?」
玄恵は作業の手を止めると、目を閉じた。
「ふぅん。本当だ。結構はっきりしてるね。それも途切れてない。これだけ大きな建物が建っているのに珍しいね」
地脈とは、様々な地理的条件から生まれたマナの濃い流れのことだ。霊脈ともよばれ、底を流れるマナは良質かつ均一で、濃密なのだ。このことは特に風水などで用いられる。地脈は地理的条件が複雑に重なり合い生まれるため、土地開発などで絶たれてしまうことが多い。今回のように建物の下を通る地脈というのは珍しいのだ。
玄恵はアスファルトの地面に白のチョークで描いていた魔法陣を見直す。少し考え込んだ後、青色のチョークを取り出し、元の図形に重ねるようにして、別の図形を描き始めた。陣を構成する魔法円の配置を右に偏らせる。
「せっかく、地脈が通ってるのなら活用しないとねー」
程なくして直径一メートルほどの魔法陣が完成した。
「では、仕上げ。リュウくん、バッグの中からペットボトル取って。水が入っているの」
言われて隆希は玄恵のバッグを探る。
「これか?」
隆希は乱雑としたバッグの一番底にあった水の入った二リットルペットボトルを取り出し、玄恵に渡す。
「そう、それ。ありがとう」
玄恵はペットボトルを受け取ると、蓋を開け、完成した魔法陣に水をかけ始めた。チョークで描かれた魔法陣は水に溶け始め、だんだんとその形を崩していく。
「いいのか、これ」
言っている間にも、どんどん流れていく。
「大丈夫、大丈夫」
ペットボトルの水はすべてなくなった。アスファルトに黒いしみが広がっていく。魔法陣は跡形もなく消えてしまった。
「さてと、私の準備はこれでおしまい。リュウくんは準備オーケー?」
「まあな。一応、準備できることは家でしてきた。それに銀埜からの心強いサポートもあるし……」
隆希はぽんと自分のポケットをたたく。
玄恵はそれを見て微笑んだ。それから立ち上がろうとし――――何かに気づいて図書館の方を睨んだ。
「どうかしたか?」
隆希は怪訝に玄恵を見る。
玄恵は依然図書館を睨んだまま答えた。
「敵さん、来たみたいだよ」
そこで隆希も図書館の方を見た。
そびえ立つ塔は、今、その気色を変えていた。
ずしりと重量感のある緊張感。凛として鋭い静けさが夏の陽気を一瞬にして消し去る。
時が満ちた。
誰もいないはずの図書館の扉がひとりでに開いた。
「行くか」
隆希は扉の中を見据える。
そこに何があるのか。いや、何があろうとも、進む以外の選択肢を隆希は考えられなかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
一歩足を踏み入れ、そこには違和感しかなかった。
普通ならきれいに書棚に並べてある本が床に散乱していたのだ。
「なんだよ、これ」
書棚に残っている本はわずかしかない。入り口を入ってすぐの広いスペースにすら大量の本が乱雑に散らばっている。どう見ても、人為的なものだった。
「ほら、早く行こうよ」
足の踏み場に困りなかなか進めずにいる隆希の横を、玄恵は何食わぬ顔で通り過ぎていく。本を踏みつけることになんの躊躇いもないようだった。
隆希は顔をしかめながらも、仕方なしに玄恵について行く。まっすぐ進み、一階のカウンターまで来たところで玄恵は立ち止まり隆希の方に振り返った。
「手分けして探索しよう」
スピカからのものと思われる紙で指定されていた場所は図書館。しかし、そのどことまでは書かれていなかった。この建物のうち、一階から四階までが図書館となっている。手分けするのが良策だろう。
「あ、そうだ。ほら、家を出る前に渡したでしょう? 魔術紋入りのクッキー。あれをさ、相手を見つけたら端っこだけでもいいからかじって。そうしたら私に伝わるし、逆のときもそちらに伝わるようにしてるからさ」
「ああ、分かった」
隆希は、家を出るときに玄恵から数枚のクッキーが入った包みを渡されていた。表面には亀に蛇が絡み合ったような動物――玄武の模様。どうやらこのクッキーは簡易連絡用の魔具なのらしい。
「じゃあ、俺はこのまま一階と二階を探すことにするから、文墨は三階と四階を頼む。それ以上は図書館の施設じゃないから探す必要はないと思う」
「うん。分かった。じゃあ、また後でね」
言って、玄恵は階段のある方へ小走りで去っていった。
隆希は、薄暗い図書館の中、感知を始める。隅の隅までくまなく探す。しかし、反応はない。さっき感じたプレッシャーだけが未だ渦巻いている。どうもおかしい。反応がないと言うよりは、感知がうまく働いていないようだった。
「察知妨害か…………」
隆希は感知で探すことを諦め、あたりを見回す。本が散乱している以外、不審なところはない。人の気配もない。
隆希は散乱する本の間を縫って、自分たちをここに呼び出した相手を探す。シンと静まり返った館内、足音だけが大きく反響する。
スピカはここにいるはずだ。幼い彼女が何を知っているかなど、隆希にはわからない。ひょっとすると、彼女は何も知らないのかもしれない。しかし、そんなことはどうでも良かった。結局他に手がかりはないのだ。少しでも可能性があれば、縋って当然だった。そうしなければ、少女たちの自殺の謎が解けることはないだろう。
一階をひと通り回り終わり、一息ついていた隆希は、ふいに何か、物の落ちる音を聞いた。その音に振り返る。どうやらすぐ後ろの棚に残っていた本が全部落ちたようだ。
「……ん」
――突然、本の山がもぞもぞと動き始めた。
「いや、まさかな」
隆希は、その頭に思い浮かべてしまったことに、完全に緊張感を削がれてしまった。隆希は一冊一冊本の山を崩していく。十冊ほどどかしたところで、ひょっこりと小さな頭が出てきた。
「ぷはー。びっくりしたあ」
本の山の中から、見覚えのある顔が恥ずかしそうにこちらを見ていた。
スピカは本の山から抜け出すと、服についたホコリを手で払い、それから隆希に向かって丁寧に頭を下げた。
「呼んでおいて、遅れてごめんね」
「いや……。そんなことはどうでもいいんだ。なんで俺を呼んだんだ。”お前ら”は一体何なんだ?」
気を引き締める意味も兼ねて、隆希は語勢を強くする。
「そうだね。名乗ったほうがいいよね。ボクは聖教中央協会魔術協会の裏機関『裏の七色』の所属機関員アストライア・スピカだよ」
――よろしくね。
スピカは再び礼儀正しく頭を下げる。
隆希はそんな彼女の自己紹介に戸惑っていた。
リバースカラー。
それは隆希にとって初めて耳にする単語だった。欧州にはキリスト教系統の世界最大の魔術協会があるということは知っていた。聖教中央協会魔術協会がそのことであるのは察しがついた。魔術研究の最前線の機関であり、魔術師の統治も行なっているという。
「そんな協会の魔術師が、辺境の、俺らのような無名の魔術師になんの用があるんだ。この前の一件といい、目的は何だ?」
隆希の言葉にスピカはくすりと笑う。それからスピカはおもむろに本の山の上に座った。
「ちょっと、『物語』を聞かせたいと思ってね」
隆希の問いへの答えとはいえないようなその言葉に、隆希はなぜか頭痛のようなものを覚えた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――クリック? クラック!
さぁさ、お話を始めましょう。
子供らしからぬ芝居がかった口調。
人を小馬鹿にしたような不快な口調。
あるところに一人の可愛い可愛い女の子がいました。でも、彼女は生きていくのを苦に思っていました。かと言って死ぬのも怖かったのです。
スピカは天井を見上げた。
ある日、少女は魔法使いに会いました。魔法使いは彼女にいいました。「あなたの一番の憂い、それを消して差し上げましょう」
そこからの顛末は至って簡単。少女は夢を視て、そして墜ちた。ただそれだけ。
「さて、さて。唯一の聞き手に二つの質問をしよう。まずは一つ目」
Why, people fall out ?(何故人々は落ちるのだろう)
隆希は眉をひそめる。
「何故って……」
その落ちるという単語が、自殺を意味しているのは明らかだった。しかし、その問に隆希は答えることが出来ない。隆希には分からなかった。いや、それで当たり前といえば当たり前だった。人間には他人の死は理解できないのだから。自分が死を体験したことがあるわけでもない。当然、死について語ることなどできるはずがなかった。
言葉に詰まる隆希を見てスピカは愉快そうに笑った。
「では、二つ目の質問。――何故、少女は墜ちたのか」
今度は日本語で。少女という単語に隆希は反応する。
「この前もだ。お前、朱雀病院の自殺の件に関係しているのか? お前が。お前が殺したのか?」
核心を突く質問をぶつける。スピカは俯くと、すこし寂しそうな表情になった。
「ボクは何もしてないよ。でも……やっぱりちょっと違うかもね。直接手をかけちゃいないって意味。だって、人を殺すのは難しいことだから。人は生に執着してる。よっぽどしっかりと準備をして、さらに運が良いか悪いかしないと人を殺すことはできないんだよ。ボクはただ、人を死なせた。それは否定できないな」
人を『殺す』のと『死なせる』。二つの言葉の違い。それは決定的。
「ボクはあの子の中の『恐怖』を消してあげただけ」
「どういうことだ」
隆希は何かとはわからないが、とりあえずいらいらしてきている自分に気づいた。
「人は知らないものは怖いと思うし、知らないことが嫌いだよね」
人は情報を張り巡らせ、知らないものを減らしてきた。お互いに足りないものを補完し、未知を消してきた。
「そう――――たとえば幽霊。ボクたち人間は幽霊の存在を知っている。でも、幽霊というものがナニかということは知らない。死んだ人の魂の残留……なーんていっても、誰も定義なんてできないよね。なんたって人は定義に安心を求める」
「何が言いたいんだ」
「わからないかなぁ。ボクはものわかりがいい男の子が好きなんだけどなぁ」
スピカはくすっと笑った。
「今はそんな事はどうでもいいんだ。お前が何をしたか、という事を聞いているんだ」
しかし隆起は語気を強め、先を急がせる。相手が子供でも構わない。
スピカは怯える風もなく、やはり笑う。
「あはは、そうだね。でも、お話には順序があるから。……今言った知らないということ、そのまま死にも当てはめてみない? 死というものを知りながら、ボクらはそれをまだ体験していない。未知とは恐怖、恐怖とは抑制。だから、自ら体験しようとは思わない。でも、もしも人が死を識ってしまったらどうなると思う?」
そこで隆希はようやく理解した。同時に確かな怒りを覚えた。
「死を識ってしまえばそれは恐怖の対象じゃない。ボクはあの子に死を視せてあげた、ただそれだけだよ」
人が死を恐れる理由。答えはなんとも単純だ。人は死というものを知らないから。当然のことだった。では、何故知ろうとしないのか。人はその手段を持っていないから。単純のことだった。人はしぜんと死を識ることを避けて生きている。それは知らなくていいことだから。
隆希は自分自身が今、何を考え、何を思っているのかよく分からなかった。ただ、一つだけ分かったことがあった。
「それ、お前の言葉じゃないな。君は、用意されていた言葉を繰り返してるだけだろう」
瞬間、かすかにスピカの笑顔が揺らいだ。
「どうして? これはボクの言葉。ボクの意思。ボクがしゃべってるんだから、それが真実だよ」
そう話す台詞さえ、隆希には彼女自身の言葉に思えない。
「君は、子供っぽくないな」
表情は豊かだが、感情の存在しない顔。
「君はさ、最年少の魔術師だろう。そう聞いた。でも、楽しいのか? 魔術師になったというのも、自分の意志じゃないんじゃないのか?」
スピカの表情は完全に固まっていた。
「君は、君自身はどう思うんだ」
「楽しくはないよ……]
小さな声で。
「でも、楽しいって言うのが何か分からない。ボクはみんながほめてくれる。それだけでいい」
幼い魔術師はそう本心を語った。しかし、逆に隆希の苛立ちは増すばかりだった。周りが褒めてくれるからって、人を、他人を死に導いたことが。それがただ苛立たしかった。
「過去、君に何があったのかは知らない。今、君がどんなことを思って、何をしているのかもしれない。そして、誰かから必要とされることがうれしいということは分かる。でも――」
だからといって人を死なせる理由にはならない。
「君は知らないことが多すぎるんだ。知らなくていいことばかり知ってるんだ。世界はもっと楽しい。もっと知らなくちゃいけないんだ」
「でも――――」
スピカが何かを言いかける。そのとき、周囲に散らばっていたほんの内数冊が強い光を発し始めた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
一人、三階を探していた玄恵は前方に佇む人影を見つけ、動けずにいた。その人影は何をするわけでなく、ただじっと立っている。不審なのは明らかだ。開館日ならいざ知らず、休館日に人がいること自体がおかしい。あるいは、図書館の関係者かもしれないが、それにしても様子が違う。
幸い、まだ向こうはこちらの存在に気づいていなかった。玄恵は、細心の注意を払い、できる限りの気配を消し、音を立てぬように忍び寄る。魔術を用い、姿を隠すこともできたのだが、もし前方の人物が魔術師であったならば、魔力の流れから気づかれてしまう可能性があるのだ。
臨戦態勢のまま、すこしずつ間を詰める。相手は向こうを向いてわずかに俯いている。気づかないはずだ。
――が、顔はこちらを向いていないのに、視線があった気がした。
「――――ッ!」
玄恵は咄嗟に後ろに跳んだ。しかし、もう遅かった。
「きゃっ!」
背中に強い衝撃。何か壁にぶつかったような感覚。突然のことに対応が遅れ、玄恵はその場に倒れ込む。
背中の痛みをこらえながら、玄恵は体を起こす。目の前には先ほどの人影。目と鼻の先に立っていた。
白衣に身を包んだその人影は、荘厳な風貌で、そこにいるだけであたりに威圧感を振りまいている。
「あなたは……、誰?」
「……私は、アルデバラン・シリウス。魔術師だ」
重く、そして深く響く声。
玄恵はその声に気圧されまいと立ち上がった。そこで玄恵はようやく気づく。目を凝らさないと見えないが、自分を取り囲むように透明な壁があることに。
「これって、空間遮断結界!?」
玄恵は右手に魔力を込め、壁に向かって勢いよく拳をたたき込む。しかし、感覚がおかしい。壁は拳が当たったと同時に、ぐにゃりとゆがんだ。その感触は大量の綿の中に腕をつっこんだかのようだ。何度やっても、強さを変えても、魔力の組み合わせを変えてもな駄だった。物理的攻撃がだめなら、と玄恵は簡易詠唱を用い、火の玉を生み出し、前方へ射出してみるが、やはり同じことだった。壁に当たった瞬間、壁はゆがみ、攻撃を無効化してしまう。
「あらゆる物理攻撃、魔術を歪曲空間に向こうかし、パトルを0に戻す、最上の束縛結界だ。抜け出せまい」
白衣の魔術師は憐れみの目で玄恵を見る。
「私はこれから下へ用がある。貴様は後だ。せいぜい、ゆっくりと待っているがいい」
そう言い残し、彼は空間に溶け込んでいった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
あたりに散らばる本が突然、激しい光を発し始めた。光は次第に大きくなり、隆希を包んでいく。
「な、なんだ、これ」
戸惑いながらも記憶を探る。そこで、ふと昔学んだことを思い出した。様々なものを一定の法則に従って配置することで回路に見立て魔術を発動する――風水などで用いられる疑似魔術回路。置換回路とよばれる、カムフラージュ性の高い、特殊な回路……。
「ちっ。最初から敵の魔術にはまってたということか」
隆希は自分の判断力の甘さを悔やんだ。散乱していた本は回路を隠すための演出だったのだ。しかし、そんなことを今更悔やんでも、もうどうしようもなかった。光は、今や隆希をすっぽり包んでしまっていた。司会は白一色で何も見えない。また、動こうとしても、動いているという感覚が得られない。
隆希は咄嗟に、手探りで玄恵からもらったクッキーを取り出した。緊急事態なのだ。スピカを見つけたときに使っておくべきだった。隆希はクッキーを一つ、手に取り口に運ぶ。一噛み。
「……これで伝わるはず」
そのとき、
「蒼の魔術師よ。無様な姿だな」
光の外から響く聞き覚えのない声。
「この程度の不定結界すら察知できないのか。かつて威勢を誇り、協会を困らせてすらいた日本の統治家も堕ちたものよな」
あざ笑うようなその声に、隆希は下唇を噛む。
「貴様は、私が何のためにここへきたか知っているか?」
lux,(ルゥクス)
声の主は魔術詠唱をした。途端光が動いた。生き物のように、するすると一箇所へ収束していく。隆希の視界が開ける。目の前にはスピカの前に立つ、白衣を着た人物。その右手にはサッカーボール大の光の玉が浮いていた。
光の拘束が解け、隆希は動こうとするのだが、なぜか金縛りにあったように身体が言うことを聞かない。
隆希は動くことをあきらめ、きわめて冷静に問う。
「お前は……、誰だ」
「私の名は、アルデバラン・シリウス。貴様らを拘束しにきた」
「拘束……だと? どういうことだ」
「我が魔術協会は無所属の魔術師を管理する義務を負っている。辺境の国とて例外ではない。我々は秩序保たれたる魔術師の世界を望む。貴様らは秩序乱す者として、協会最高機関より、拘束の対象とされているのだ。おとなしく従えば、手荒なまねはしない」
「な……」
隆希には彼が何を言っているのか、理解できなかった。協会から睨まれるようなことをした覚えなど、なかった。
「お前、何を言ってるんだ。俺たちが何かしたか?」
「知らぬ」
魔術師は断言する。
「貴様らが何をしていようと、何もしてまいと、我が任務に変わりはない。私はただ指示に従うのみ。それが我らリバースカラーの在りようだ……」
そのとき、どん、と大きな音が響きわたった。その衝撃は上からだ。はらはらと、天井から埃が落ちてくる。
「ふむ。これはぬかったな」
次の瞬間、轟音とともに天井が崩れ落ちてきた。隆希はいつの間にか身体が動くようになっていることに気づき、後ろへ跳び回避する。
巻き上がる砂塵の中には一つの人影。天井を蹴破ってここへと下りてきた、玄恵だった。
「はは……、相変わらずだな」
隆希はそんな玄恵につい苦笑いをする。
「遅くなってごめんね。大気のマナが遮断されていたから感知するの遅れちゃった」
「……筋力強化か。なるほどな。結界は完全な立方体ではなかった。床を蹴破り出てくるとは、想定外だったな」
その声に、玄恵は向き直る。
「想定内だけで生きていてもつまらないと思わない、アルデバランさん?」
玄恵の得意魔術は自己強化系統の魔術だ。魔力を身体の部位に集中させて流すことにより、筋力や神経伝達速度、自然治癒力を高める術。文墨家はこの魔術を用いた肉弾戦闘を得意としている。
「玄の統治家の者か」
アルデバランの指がわずかに動いた。ほんの少しの動作。しかし、玄恵は見逃さなかった。
「リュウくん、跳んで!」
「terrae motus」
玄恵の声と、シリウスの詠唱が重なる。
隆希と玄恵は跳躍する。ほぼ同時に建物全体が強く揺れた。地震が起きたかのような強い衝撃。あたりの本棚が倒れていく。シリウスもスピカもすでに姿を消している。
「リュウくん、転送いくよ」
「オーケー」
このままここにいるのは危険と判断した玄恵は、素早く思考を整理し、空間転送の術式をくむ。
y to y ins in to out for double
要素を最低限に省略した簡易詠唱。詠唱終了と同時に、二人の足元に円と二重方陣のみで構成された簡単な魔法陣が現れる。魔法陣は展開されると同時に上昇し、二人とともに消えた。




