【AS2】こんな淫らなものは燃やすしかない
アフターストーリー2話目です。なんかアフターストーリーなのか、別の物語の始まりなのか分からなくなりました(笑)。
あと1話だけ続きます。
最後に手に入れた動き絵の「第2部」はさらに強烈だった。
ディープなのだ。舌を絡めてこじ入れているのだ。
しかも「第1部」とは打って変わって女の側から、積極的に。
絵の中の自分は噂に聞く娼婦のようで、最初の3枚をみた夫人は羞恥と興奮のあまり失神した。
気を取り直してからは「こんな淫らなものは燃やすしかない」と思った。
だが、燃やせなかった。燃やせば逆に、禁欲的な自分自身の生きざまを自ら否定する気がしたからだ。
若き日のレイティア前伯爵夫人は恋を知らず、胸の高まりもなく。
貴族の娘に生まれた者の義務として、何の疑問も持たずに親が決めた許嫁と結婚して子をなした。
それで良いと思っていた。それが当然だと思っていた。
あの時までは。
ズレヒゲの姿が目に焼き付いたその時までは。
『ひょっとすると私は、あのような奔放なキスをしたかったのかもしれない』
そんな悪魔のような考えが脳裏をよぎったが、レイティア前伯爵夫人には到底受け入れることはできなかった。
だからレイティア前伯爵夫人は克服しようと思った。自分の邪な感情を。
誰かを愛したい、と思った女の本音を。
動き絵など見なければよい。
ズレヒゲなど忘れてしまおう。
心が惑わされなければよいのだと思い、動き絵は魔法の小箱に入れられてレイティア前伯爵夫人のベッドの枕元に置かれることになった。
そして月日がたち。
毎日のように眺めていた動き絵が2日に1回となり、3日に1回となった。
そして今まさに臨終を迎えようとしたこの時、動き絵を収めた小箱はすでに2年以上開けられたことはなかった。
ここに至るまでに、どれだけの懊悩があったことか。
ズレヒゲに逢えぬ寂しさに涙した夜が、幾晩あったことか。
やっと乗り越えられた。やっと忘れることができた。
なのに今さら。
ズレヒゲが現れた。
本当は、逢えぬ寂しさから一晩泣き明かしたあの夜に来て欲しかった。
ズレヒゲが自分の横に立っている。
この心の牢獄から攫ってほしい欲しいと、心底願って涙を流した朝にいて欲しかった。
ズレヒゲが自分を見ている。自分だけを見ている。
いくら願っても叶わぬと知って、自分を殺し続けてようやく平穏を得た今となって。
これは夢だろうか。
夢に違いない。
だが夢だとしても、あまりにも。あまりにも残酷な夢だ。
レイティア前伯爵夫人は動き絵を手に入れてからの幸せと苦しみに満ちた日々を思い出し、ゆっくりと目を閉じた。
その頬をつっーーと、涙が細く走った。
「ようやく、ようやくなのですよ。
私はようやくあなた様を忘れることができました。
自分の欲深さに悩み、寂しさに長年苦しんで、ようやく平穏な気持になりました。
なのに残酷です。あなた様は残酷です。
どうして私を穏やかな心のまま死なせてくれないのですか?」
ズレヒゲはレイティア前伯爵夫人の手を取り、耳元で囁いた。
「レイティア。私はあなたがズレヒゲのことを忘れることは許さない」
「なぜですか」
「それは、私が誘惑者だからだ」
レイティア前伯爵夫人はゆっくりと目を開いた。そしてクスッと笑った。
「やはりあなた様は誘惑者ですか・・・なら仕方ありませんね」
ホロホロとほどけてゆく。
レイティア前伯爵夫人の頑なな心がほどけてゆく。
憧憬も拒絶も、あきらめも絶望も。
すべてがズレヒゲの一声でほどけてゆく。
ああ、私は本当はこの平穏が欲しかったのだ。
ズレヒゲ様にすべてを委ねたかったのだ。
夫である伯爵をなくしてからは、すべてを自分一人で采配を振るい続け、自分の責任で何もかもを決めてきた。
ただ最後だけは。
自分の最後のこの時だけは。
誰かに決めてほしかった。いや。
ズレヒゲに決めてほしかったのだ。
それが叶わぬと思い込んでいたから、ズレヒゲは決して来てくれぬと自分をだまし続けていたから、ズレヒゲに何も期待してはいけないと思い込んでいたから、レイティア前伯爵夫人は一人で苦しんでいた。
だが叶ってしまった。
ズレヒゲが来てくれた。
ズレヒゲが自分の愚かしさを一刀両断にしてくれた。
レイティア前伯爵夫人は自分の愚かさを、自分という女の愛おしさを受け入れて晴れ晴れとした気持ちになった。
長かった。でも間に合った。
間に合ったのだ。助けを求める姫のもとに、救いの騎士が馳せ参じる如く。
レイティア前伯爵夫人は再び目を閉じた。涙はもう流れなかった。
「レイティア。今の君は人生で一番若く、そして美しい」
「ズレヒゲ様。お顔を・・・お顔を見せてくださいませ」
「レイティア。これは夢だ。貞淑なあなたが人生の最後に観た、他愛もない夢なんだよ」
「あああ、こんな感触だったのですね。こんなにも熱く冷たいものなのですね・・・
こんな香り・・・そしてこんな柔らかな髪・・・夢に見ていた通りですわ。
確かめたくて仕方ありませんでした。ようやく欲しいものを手に入れることができました。
私はもう、思い残すことは・・・・」
満足そうに微笑んだレイティア前伯爵夫人。その命の火が消えようとしていた。
◆
ラフラカーンが帰ってきた。ディセリーヌのもとに。
真夜中だったが、珍しくディセリーナは起きていた。
「ずいぶん長い間いなかったな。どこに行っていたのだ?」
「は。シムベナへと出向いておりました」
ラフラカーンは自ら鼻の下の付け髭を外し、ディセリーナに返した。
「シムベナ・・・ああ、何年か前に演劇で小金を稼がせてもらった街だな。ファンサービスか?」
「はい、我々に便宜を図ってくれた老伯爵夫人がおりましたが、臨終の床についておりました」
「死に目に会いに行ってやったのか?」
「はい。実はレイティア・・・元伯爵夫人には本人も気づいていない魔導の才能がありまして」
「それがどうした?」
「臨終間際にたまたま私の唇と触れ合うことがありました。
するとなぜか大魔導士の素質が急激に開眼。
『思い残すことは・・・・アリアリじゃあ!』と叫ぶと生への欲望が暴走し、禁呪の暗黒魔法陣が展開され、元伯爵夫人はエルダー・リッチーとして転生しました」
「ふれあう? えるだー?」
「新しいエルダー・リッチーの誕生と同時に、4大リッチーの一角であった西の砂漠大迷宮のガムレリアが位負けし、迷宮ごと消滅しました」
「はァ?」
「レイティアは居室を手始めにダンジョン化。
居城内のメイドや攻略に来た女冒険者たちを多数取り込んで、ダンジョンは現在も加速度的に成長しています」
残り1話です。もう書き終えております。
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