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【AS1】私は悪くありません。ズレヒゲ様が悪いのです

あれ、意外とアフターストーリが長くなってしまった。もう最後まで書いておりますので、アフターストーリーも3話で完結保証です。安心してお読みください。

今もなお語り継がれる伝説の舞台『恋の宙返り・豚男にキスはナシよ?』とそれに客演したズレヒゲが領都シムベナを去ってはや7年。


レイティア前伯爵夫人は臨終の床にいた。


見た目こそ40歳代だが実年齢は80歳に近く、平均寿命が短いこの時代においては稀有な長生きだったが、さすがに寄る年波には勝てなかった。


領都シムベナの発展こそが生き甲斐、と公言して憚らなかったレイティア前伯爵夫人にはもう思い残すことはなかった。


すでに固形物が喉を通らなくなり、寝ているか起きているか分からない状態が数日続いている。


同じ部屋に待従医も控えていたが、寿命であり手の施しようはなかった。


レイティア前伯爵夫人に残された時間は穏やかな死に向かってゆっくり過ぎていった。


だが急に部屋の外が騒がしくなった。


「何事だ?」


長年、レイティア前伯爵夫人に仕えていた待従医はいぶかしんだ。


「そ、それが。ちょっとズレた髭が素敵な紳士が『お見舞いに』と仰って、止めるを聞かずこちらに進んでおります」


「そんなもの・・・」「お招きなさい」


すぐにつまみ出せ、と言いかけた待従医はベッドからの確かな言葉に驚いた。


レイティア前伯爵夫人が数日ぶりにハッキリと目を開いていたからだ。

しかも言葉を発した。


「ああ、大奥様・・・」


これがレイティア前伯爵夫人の命の最後の輝きか?と感動した待従医だったが、夫人の脈を取ろうとしたその手は阻まれた。


まるで最初からそこにいたかのように、佳人が立っていたからだ。


美しい女だ。


背は高く、見慣れないが仕立ての良い騎士服を着ている。


長い髪に白い肌、そして整った顔立ちはまさしく女だが何故か鼻の下にヒゲが付いている。


しかもちょっと右にズレている。


「何者だ、貴様?・・・お、大奥様!?」


闖入者に食って掛かろうとした待従医だったが、侍女たちの手により部屋の外へと連れ出された。


静かになった臨終の部屋で、レイティア前伯爵夫人はふう、とため息をついた。


これは自分が死ぬ間際に観ている夢なのかもしれない、と思いつつ。


7年前、レイティア前伯爵夫人は衝撃的なズレヒゲの観劇のあと、これまた衝撃的な「動き絵」なるものを手に入れてしまった。


最初の3日は数枚の絵を眺めるだけでも胸がドキドキして苦しかった。


「第1部」の絵をすべて眺め終えるのに、部屋から一歩も出ず1週間もかかった。


なにしろ若いころの自分が、姿絵とはいえズレヒゲにキスされているのだ。


それはまるでレイティア前伯爵夫人の密かな欲望を絵に描いて突き付けられたかのような衝撃だった。


ただ救いは、頬へのキスだったこと。


そして毅然とした若きレイティア前伯爵夫人に、ズレヒゲが不意打ちでキスしている事だった。


『私は悪くありません。ズレヒゲ様が悪いのです』


レイティア前伯爵夫人はそう自分に言い聞かせながら、姿絵を眺めることができた。


それで『もう慣れただろう』と思ったのだが、自分でパラパラと絵を動かしてみるとこれまた刺激が強く、数枚動かしては羞恥と悦びで顔を覆う・・・を繰り返し、最後まで動かすのにさらに1か月かかった。

明日も午前7時に更新予定です。

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