お姫様抱っこされ用と、普通用です。どちらになさいますか?
がんばってます。
バルッセン男爵の2女・シュトハルは公演再開を聞きつけ、再開後初日のチケットを大事そうに胸に抱えて集会所の扉をくぐった。
そして絶句した。
「な、なな・・・」
血のような赤と闇のような黒。要所を飾る金色の装飾が目に眩い。
踏むのが躊躇われるような毛足の長い床一面の絨毯に、壁を照らす煌びやかな魔導ライトと壁面を埋め尽くす大きな鏡。
その待ち合いホールは、まだ1度しか招かれたことのないレカオシーナ伯爵家の舞踏会場を豪華絢爛さで何倍も上回っていた。
後からついてきた侍女も言葉が出ない。
シュトハルはすぐさま扇子を広げて顔を隠し、周りを見回す。
所在なさげに何人かの女性が壁際に貼りついている。
おそらくは下級貴族の令嬢だが、彼女たちのドレスと自分のそれを素早く比較し、何とか体面を保てている、と理解してたが安心はできなかった。
今日着ているドレスは、またズレヒゲに会えるかと思い外出用のなかでも上等ものを選んだつもりだったが、この豪華絢爛なホールでは完全に衣装負けしているからだ。
「ズレヒゲ扇子あるよー。顔を隠せるよー。魔法盛りドレスもあるよー。銀貨2枚だよー。盛りドレスの利用者はパウダールームが無料だよー」
緊張感漂うホールに、妙に間延びした声が聞こえてきた。
観れば見るからに庶民といった顔つきの女の売り子(実は劇団員)が、妙に上質な紅いドレスをきて手に籠を下げて声を出している。
ズレヒゲ扇子、と聞いて反応したシュトハルが侍女に目配せして売り子に説明させる。
「扇子は何も書いてない安いのが銅貨5枚、ズレヒゲ様の絵が描いてるのが銀貨1枚です。あと『魔法盛りドレス』というのは、あたしが着ているのがそれで、普通の服を魔法できれいなドレスっぽく見せてくれます。本物のドレスじゃないので、劇場を出たら魔法は消えて元に戻ります。銀貨1枚のパウダールームが無料で使えるので、お得ですよー」
侍女が受けた説明を聞いて、それだ!とシュトハルは思った。
すぐにズレヒゲ扇子の分も合わせて銀貨3枚を支払うと、売り子が確認してきた。
「盛りドレスは2種類ありましてー。お姫様抱っこされ用と、普通用です。どちらになさいますか?」
「どうちがうのかしら?」
「お姫様抱っこされ用は胸と背中がバックり開いておりまして、お姫様抱っこされるときに肌が密着します。
普通用は私のみたいに開いてないです。色は選べません。
あと、劇中で役者がお客様に声をかけることがあるのですが、『お姫様抱っこされ用』を着ている人から選ばれます」
「…では『お姫様抱っこされ用』をお願いしようかしら」
「はい、ではこの合札を持ってあちらにお進みください」
合札を使って入った個室のパウダールームも豪華だった。
姿見を見てみると、自分のドレスがいつの間にかハッとするような美しい蒼の「盛りドレス」に変わっていた。
ドレスに合わせて自分で軽く化粧直しをしてパウダールームを出ると、すでに人であふれていたホール中から痛いような視線を感じた。
「ああ、お嬢様!とても素敵なドレスでございます。大変お似合いで、お美しゅうございます!」
侍女からも大絶賛だ。
ホールにある鏡で自分の姿を見たシュトハルは、ようやくこの豪華なホールと釣り合いが取れたことに安堵した。
『盛りドレス恐るべし、ですわね。こんなドレス、金貨100枚でも手に入らないのでは?』
「うひゃー!お、押さないでください~」
最初にパウダールームから出てきたシュトハルの姿を見て「あれはマスト!」とスイッチが入ったのか、ホールにいた令嬢たちが売り子のところに殺到する騒ぎになっていた。
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