幼馴染の部屋で(1)
物語はこの『幼馴染の部屋で』で大きく動き出していきます。
「あー魔法陣グ〇グ〇は面白いなー」
「あんた何しに来たのよ」
翌日の水曜日の午後、俺は講義が終わった後に直帰をするアイアに付いていって、そのまま部屋まで上がってダラダラとしていた。
昨日は近所のスーパーに立ち寄って切れていた醤油を買って帰り、肉じゃがを作って食べて風呂入って寝た。
ご飯を作っている時やお風呂といったリラックスできるタイミングで学園祭の出し物に思いを馳せてみたりしたが、さっぱりだった。
1日丸々を何か考えることに使うというのは受験以来、ずいぶんと久しぶりのことだったので大変に疲れてしまった。だから成果が何もなかったにもかかわらず俺は今日ダラけてしまっている。
しかし今日もまた熱いったらありゃしない。アイアの部屋はクーラーが効いていて、日差しの強い中歩いて帰ってきた体が癒される。
ちなみに年頃の女の子の、それも実家の部屋に堂々と寝っ転がっていることのできる理由だが、俺とアイアは幼馴染ということもあり家が近くて小学校の低学年から家族ぐるみで付き合いがあるため、色々と信用されているのだ。
「カズちゃん久しぶりだねぇ。ほらペットボトルのお茶だよ」
「おっ、ありがとうございます」
部屋のドアを開けてお茶をほいほいと放り投げてくれるのはアイアの母で、俺のことを昔からカズちゃんと呼んでくれている。
あけすけな性格をしており、わざわざ淹れてくれたわけでもない市販品を出すあたり、気を置かずに接してもらえてるのが傍から見てもよくわかるだろう。
適度な距離感で雑に扱ってくれるのはこちらとしても、いちいち佇まいを正す必要もないからとても楽である。すでにこの家は自分にとって第2の実家のような存在だ。
ただこの人にも困ったところがあって……
「で、カズちゃんは今日は何しに来たの? とうとうアイアに我慢できなくなっちゃったの?」
高校生に進学した辺りから、毎回毎回家に上がる度にこの手のシモい冗談でからかってくるのだ。
この辺りも長年の付き合いで培った信用があるからだろうが……しかし最近になっては、ぶっちゃけてちょっと警戒されて釘を刺されているのではないかと感じてもいる。本当にそうだとしたら割とショックだ。
昔はいくらか動揺したが、俺だってこんな冗談にいつまでも振り回されるほどの男じゃないさ。
「いやー実はそうでしてね。未だにこの長い美脚で膝枕をしてくれないもんですから文句を言いに来たんです」
俺は、華麗に綺麗に冗談を跳ね返して見せた。
思春期真っ盛りのピュアピュアだった高校生の頃は俺もアイアも2人して、
『そ、そんな訳ないじゃにゃいですかっ!!』
や、
『い、意味わかんないしっ!!』
や、
『全然そういうの興味にゃいっすから!!』
などと、あられもなくテンパっていたが、流石にもう慣れた。
懐かしきピュアだった頃の自分たちを顧みて、それに比べて今日の俺の受け流しは中々にスマートだったんじゃないかと自賛する。これぞ大人の対応だ。
そうして俺は得意げにアイアを振り向くと、
「ぜ、全然っ!? わけわかんないし!! っていうかあんた何なのマジでキモいんだけどっ!!」
顔面に真正面から繰り出されたアイアの蹴りが見事にヒットしてしまった。
「い、いや待て!落ち着け!!これはおばさんの冗談に冗談で返しただけで……」
「うるさいっ!! 死ねっ!!」
ジーンとする鼻を抑えつつ弁解するもアイアの耳には届かない。クッションを使われてはいるものの本気で叩きのめされる。
そんな俺たちを見て「ホホホ。相変わらず仲が良いわねぇ」とほほ笑むアイア母にちょっとイラっとしてしまった。きっかけはあなたですよ、あなた。
どうやら、アイアはまだピュアピュアらしい。
その成長の無さにちょっと呆れたけど、でもそれ以上になんだかホッとしている自分がいた。
「で、ホントにあんた何しに来たわけ? 用もないわけ?」
「そりゃ用件くらいあるに決まってるだろう」
「じゃあ早く用件を言いなさいよ。人の部屋に上がるなり漫画ばっか読みやがって」
アイアはうんざりといった雰囲気で俺の方を向く。
「ごめんごめん。じゃあ本題なんだけどさ、屋台でやるのどうしようかって相談しに来たわけよ」
「また? 私たちは何でもいいって言ってるじゃない」
いやホントに何でもいいって言われるのが一番困るんだよな。今なら毎日の夕飯の支度するオカンがどれだけ眉間にしわを寄せて献立を考えていたか分かる気がする。
あと、別に自分1人で考えなかったわけじゃない。
でもどう考えても、焼きそばやたこ焼き、チョコバナナ、シューアイスなど、他で出店する屋台と毛色が同じようなものしか想像できなかった。
「なんかさ、他の屋台ではやらないようなさ。革新的な食べ物ないかな?」
「例えば?」
「いや、それを今俺が聞いてるんだが……。例えば……そうだな、パンとかはどうだ!?」
「パン!? それどこで作るのよ? 」
呆れたように深いため息を吐きながら、しかし続きを促す。
「まぁそれは今はいいや。何パン?」
「えっ? えーっと……焼きそばパンとか?」
「焼きそばじゃねぇーか!! だったら他の屋台で焼きそば買って食べるっつーの!!」
切れ味のよいツッコミが俺の絞り出したアイディアを両断する。
「うるせぇ!! わかんないから俺が聞きに来てるんだっつーの!! アイアも何か案出せよ!」
「はぁ……。革新的なもの? 革新的ねぇ、うーん……」
手を顎に添えて割と真剣に考えてくれるアイア。
「どうよ? なんか出てきた?」
「やっぱ文化祭だし、片手で食べれるようなものであることはマストだと思うのよねー」
「おおっ? いい点を突いてくるじゃんか! その調子でなんか頼むわ!」
そう。覇太郎と同じでアイアも論理的に素早く物事を考えることのできる大変に伝導率のよい思考回路を持っているので、本来こういう何かの案出しは得意分野のはずなのだ。にもかかわらずこいつ等は何かと俺に面倒ごとを押し付けてくるからたまらない。
そんな称賛やら文句やらを頭に思い浮かべている間に、アイアの思考は回る回る。
「あと甘いのがいいわね。でも女子的には飲み物を持ち歩きたくはないだろうから、食べても口がパサつかずに喉も渇かないようなのがいいわ」
「おおぅっ!? なんだよ、いいじゃんいいじゃん!! 真っ当にお客の立場に立って考えてるじゃん!」
少なくとも歯車を回すための潤滑油くらいにはなれればと相槌を挟み、もっともっとアイディアをくれと目で訴える。
「これらすべての条件を当てはめて考えると…………もうあれしかないわね……!!」
「マジかっ!? もう出たのか!? なんだ!? 聞かせてくれっ!!」
カッと目を見開き、
「アイスキャンディーよ!!」
と高らかに答えを言い放った。
そして同時に俺の中で、ズギャーンッ、という効果音と共に体の真芯を電流が走ったかのような衝撃が貫いた。
「た、確かに……!! 片手で食べれて甘い、かつ喉が渇かないどころか潤う食べ物だ……!! お前天才かよっ!!」
「ふふん。私にかかればこんなもんよ!!」
腰を手に当てて胸を張るアイア。
張った胸に胸はなかったけど、今のコイツには後光が射して見えるぜ!!
「……アンタ今何考えてた?」
「お、おぉっし! 早速準備だぁ!」
目を細めて嘘つきでも見るかのように俺を眺めるアイアに、俺は誤魔化すように声を上げる。っていうか何で考えてることが分かるんだコイツ。エスパーか何かか?
「えーと、とりあえずアイアは素晴らしい宣伝文句を考えてチラシ作りに備えてくれ。覇太郎には必要となりそうな備品の洗い出しとそれにかかる予算を洗ってもらう!」
「あんたは何するのよ?」
「ふふん」
今の俺もお前や覇太郎ほどの速度ではないにしろ、次にすべき行動を冴えに冴えた頭が教えてくれる。
「1番大事なのが残ってるだろう? アイスキャンディーの手配さ!! 確かバスケサークルの田中が去年アイスキャンディーを売ってたから、やつに卸先を聞い……っあぁぁぁあああっ!!!!」
冴えた頭が辿り着いた事実は致命的だった。
アイアは、俺が急に大声を出したから耳を抑えている。
「急になんなのよ!! うるさいわね!!」
「い、いや、スマン……。ところで聞いていいか?」
「なによ?」
「あのさ、アイスキャンディーってさ」
「うん、なによ?」
「……全然革新的ではなくね?」
「…………ないわね」
そういえば去年いくつか出店してたことに思い当たる。というかアイアのしっかりした分析に上がったテンションが先走って、革新的という要素を忘れてしまっていた。
振り出しに戻った俺はその場にダウンした。




