テンプレ崩しの少女
空から降ってきた美少女とは……?
そしてさらに大きな問題も発覚します!!
病院のシンプルなデザインのソファが、半ば投げ出すようにもたれかかる疲れた体を柔らかく受け止めた。
アイアと覇太郎、そしてニーナが帰った後、俺も退院の手続きをしに受付まで来て、今は名前を呼ばれるのをロビーで待っていた。流石に中途半端な時間帯だからか院内はとても空いていて、この程度なら呼び出されるのもすぐだろう。自販機で買ったペットボトルのお茶を片手にソファに座ってゆったりとした時間を過ごす。
「しかし、異世界ねぇ……」
俺はつい1時間前に病室内で行われたやり取りを再度思い返した。
異世界からやってきた美少女が、空から落ちてきて、俺にぶつかった。
よくある設定(フィクション上では)だったので、1度聞いただけで言葉は耳に残ったものの、常識的に育てられた俺の思考回路は突然頭に入ってきたその文章と目の前の現実を上手く結びつけることができない。
そんな俺に構うことなく、アイアと覇太郎はよどみなく事故の発生の原因から救急車で搬送された後の経緯と、異世界からやってきた少女の説明をする。
「この子の名前はニーナ・ツェルネコフ。異世界のとある王国の王女様なの。普段からお節介が過ぎる周りの執事たちや、厳しい教育係に嫌気が差して世界の次元を飛び越えたんだけど、誤って次元の間に漂流しちゃったんだって。これはヤバいと感じて必死に空間を割って出た先がちょっと高い位置でその下にあんたがいたんですって」
「カズキを下敷きにしてしまったことに負い目を感じてくれて、周りの人に助けを求めて救急車を呼んでくれたんだよ。さらにカズキのスマホを使って、電話履歴の新しい人に連絡を取ってくれたんだよ。つまり僕だったんだけどね。それで僕がアイアにも連絡して速攻お見舞いに来たわけさ」
「ニーナに関しては、目下のところ次元を超えたアイテムがすぐに直らないってこともあって、ウチに身を寄せることになったわ。だから彼女の生活の心配はいらないわ」
「王女様って聞くと近づきがたいイメージだったんたけど、全然フレンドリーで僕たちすぐに仲良くなっちゃたよね。カズキもきっとすぐにーー」
「あっ、あばっ! あばばばばばばばばばばばばばばばばばっ!!」
「カズキッ!?」
「ちょっとどうしたちゃったのよカズキ!!」
現実離れしてるんだか現実味を帯びているんだか判断の付けにくい大容量のストーリーが、バーゲン品をこれでもかと買い物かごにぶち込む主婦のごとく、俺の頭へと次から次へに乱暴に詰められていくことに耐えかねて、遠慮なく向かってくるその言の葉を散らすように両の手の平を痙攣させるように高速で耳へ叩きつけながらあばあばと口で騒ぎ立てた。
「あばばばあばばばばばばあばばばばばはぁッ!!!!」
覇太郎が真剣にナースコールを検討し始めた辺りで、俺はあばるの止めて耳に当てていた両手を前に突き出す。
「いや、ごめんごめん。ちょっと待って待って」
「いやでも頭が…………」
「違う違う。なんか起き抜けに入ってくる情報量が常軌を逸しすぎてて、どうアクションをとればいいのかわかんなくなっちゃっただけだから」
「なんだよ、心配させるなよ……」
心配しちゃったよねー? ねー。といったやり取りをする3人を、瞼を閉じて視界を遮ることで一時的に頭の片隅に追いやる。とりあえず異世界やら美少女やらの話が止まってホッと一息がつけたところで、その間に考えを整理しよう。
まず、アイアと覇太郎の間に座る女の子はニーナ・なんとかコフさん。異世界の王女様。
なんだかんだで次元の間を彷徨っていた? ところ、俺の上に落下して俺が気絶したんだよな。
で、救急車を呼んでくれて、ついでに覇太郎たちも呼んでくれて。そしてすでに3人は仲良しだ、と。
へー…………仲良し、ねぇ……。
ふーん…………。
………………………。
何か胸につっかえたような気持ちになる。
「……あのさ」
「なによ?」
話を止められたことに不満なのか、腰に手を当ててぶぜんとするアイア。
いや、本当になんだろうこの胸に引っかかる気持ちは。
なんか、これってなんかーー
「なんか、なんか……違くない!?」
「なんかってなによ?」
「いやさ、普通この手の決まり事として異世界からやってきた女の子は、最初にハプニング込みで出会った男の子と仲良くなるもんじゃないの!?」
こういった形の美少女との出会いって、例えばラノベとかの物語構成、起承転結のいわゆる『起』にあたるポイントだと思う。それで例えば謎の多かったり日本の常識に不慣れだったりする美少女の味方となって、非日常的なアクシデントに協力して臨み、それらのイベントを通じて固くなる絆はいつしか恋愛へと発展する、という筋書きがよくある物語じゃないか?
なのに、今の状況ときたらどうだ?
俺だけ何か『遅れてきたヤツ』みたいな感じになってない!?
先程の例でいったら『主人公』であるはずの俺が気絶してる間に、最初の『美味しい』ところ全部持ってかれてない!?
なんだか色々と納得のいかずやり場のない気持ちを込めた俺の言葉に、しかしアイアはジト目で見返してきて、
「……その『卵から孵ったヒナが初めて見た人を親だと思い込む』みたいな決めつけはなんなのよ? 第一あんた気絶しちゃってたじゃない」
と、冷静に切り返すのみ。
「でもやっぱり突然異世界にやってきた彼女の事情を聞いたりさぁ!! 行く当てのないニーナちゃんを居候させてあげるのとかさぁ!!そういうのってアクシデントに巻き込まれた側の人間の特権じゃんかぁ……っ!!」
「あの……なんかすみません、気絶させてしまって」
「あー、今はいいから!! ちょっとニーナちゃんは静かにしてて!!」
急に話に入ってきたニーナちゃんを止めて、俺はアイア達へのクレームを続ける。
「そんでニーナちゃんの自己紹介を全部アイア達がするのもおかしいでしょう!? そこは俺がニーナちゃんと徐々に打ち解けていく中で、次々に彼女の異世界事情だとか、追手がどうだとかを聞きだしていく流れでしょう!?」
「いやぁ、でもニーナちゃんは僕が病室に着くなり、『異世界出身でツェルネコフ王国第1王女のニーナ・ツェルネコフです! 次元を飛び越えた先で彼を下敷きにしてしまいました!』って自己紹介してくれたよ?」
「まさかの身分フルオープン!? 謎の欠片もないのかよっ!?」
「いえ。やはり初対面の方でしたから、しっかりとした自己紹介が第一印象を決めると思いましたので」
「就活生かよっ!! 異世界からの訪問者にそんな常識はいらん!! もっとミステリアスであってほしかった……!!」
思い通りに運ばない展開と現実的なんだか非現実的なんだか分からん状況に、俺はなんだか頭が痛み出してきた気がして頭を抑える。
「ちょっと、大丈夫なの? 頭でも打ったんじゃないの?」
「実際打ってるんだよっ……! うぅ、急激な展開に頭がついていかないのと、あと頭を打った際に幸せな瞬間があった気がしたんだが、それも忘れていてダブルで不幸だ……」
なんかこう、柔らかで湿り気のある温かな幸せが……。
ん? ニーナちゃんが何故か急に目を逸らしたな……。顔も赤いみたいだけど……?
しかしそれを気にする間もなく、アイアが俺の容態へと話を切り替える。
「まあ、これだけ騒いで大丈夫なんだから、お医者さんの言う通り本当に対したことはなさそうね」
「ホントホント。大事が無かったのは本当によかったよ」
アイアと覇太郎は心の底からホッとした様子を見せた。
そっか。まぁなんだかんだと言ったって、ちゃんと心配してくれてるんだよな……
じゃなきゃ事故ってからこんなすぐに駆け付けてくれないもんな。
起きて早々、なんだかんだとツッコミどころが多い展開でそういった部分にあまり気を回せていなかったけど、改めて考えると2人の行動に胸がちょっと熱くなる。
へへっ、なんだよ。嬉しいじゃん…………
鼻の奥がなんだかこう、ジーンとーー
「あ、あのぅ……改めて自己紹介と謝罪をさせていただきたいのですが……」
「ーーへ? ああ、え? そっか、うん……」
突然アイアと覇太郎以外から話しかけられて、一瞬反応が遅れてしまった。
ニーナちゃんが話しかけてくれていた。
彼女はおもむろに椅子から立ち上がると言葉を続ける。
「私、ニーナ・ツェルネコフと申します。アイアさん達のご説明の通り異世界からやってまいりました。次元の狭間を漂流する途中でアイテムの故障がありピンチだったとはいえ、不注意にもカズキさんを巻き込んで怪我をさせてしまって本当にすみませんでした!!」
そこまで言い切ってペコリと深くお辞儀した。
アイアと覇太郎による淀みのない状況説明で、もうすでにニーナという少女についての情報が十二分に入ってきていたためすでに口を交わした気になっていたが、そういえばお互いに直接的な自己紹介とかは全くしてなかった。
ここにきて、俺はようやくニーナちゃんをしっかりと観察する。
お辞儀で頭から絹糸のように細く美しい銀色の髪が垂れ下がる。
マントの下に覗く豊満な胸は、お辞儀で手前に持ってこられている両腕に挟まれて、これでもかといっぱいいっぱいに谷間を作り出している。
マントの下に着ているのは服ではない、ゲームなどでよく見るビキニアーマーそのもののため、肉付きの良い白い太もも惜しげなく世間様に露出されているのが素晴らしい。
今はマントに隠れるそのシルエットからしか想像できないものの、お辞儀によって突き出されているお尻も、恐らくは一流のグラビアアイドルにも引けを取らずーー
「……あのー?」
「はっ!! いやごめん! ちょっとぼーっとしてたみたいだなー、あはは」
ニーナちゃんを深く観察していたせいで、謝られているという状況を完全に忘れていた。
心なしかアイアからの視線は冷たく、覇太郎の表情には呆れが混じっているように感じる。
「そ、そうでしたか……やはり頭が……?」
「いや! そっちは大丈夫です、通常運転ですー、はい。それで下敷きになった件だけど、当時の状況は覚えてないし、結果的に何も問題もないみたいだから全然気にしなくていいよ」
まぁ、結果オーライってところでいいかな。
というか、こんな目のやり場に困る美少女に上目遣いで謝られたら、例え美少女に多大な過失があろうとも許す以外の選択肢がないのが、女性経験皆無な男の悲しい性だ。
そんな感じで謝るニーナちゃんに対して何故か逆に俺がヘコヘコ、視線は上やら下やらにヒョコヒョコと動かしていたところ、アイアが急に立ち上がり俺を睨みつけて口を開く。
「元気になったみたいでよかったわねぇ……? 宿泊費取られたくないならさっさと退院の手続きでもしたら? ニーナの用事もこれで済んだし、私たちは先に帰るわ」
そうしてニーナの手を引っ張って、さっさと病室から出て行こうとする。
「なっ、なんだよ急に! ちょっとくらい待ってくれてたっていいじゃんか!」
「手続きなんて待ってられないっつーの! 私は早くニーナと色々お喋りしたいの。あんたは1人でトボトボ帰ってきなさいな」
な、なんていう女だ……!!
病み上がりの幼馴染に対してあまりに酷い仕打ちだ!!
ニーナちゃんもアイアに引きずられながら「そ、それではカズキさん。また後日……!」と言い残して病室の外へと消えてしまった。
そうして隣には覇太郎だけが残った。
「あーあ。結局最後まで俺に寄り添ってくれるのは覇太郎だけだったよ……」
しかし、そんな覇太郎さえも先程のやり取りでは俺の味方ではないようだった。
「まったく……相変わらずカズキは女心がわかんないやつだねぇ……」
「えっ!? 今の悪いの俺なのか!? 明らかにアイアがよくわからないキレ方してたじゃんか!」
「僕としてはあれほどわかりやすい怒り方もないんだけどね……」
覇太郎はそう言って深くため息をつき、言葉を区切ってから話を続けた。
「ところで、考えてはみたのかい?」
俺は突然の質問に首を傾げる。
「考える……? 何をだ?」
覇太郎は半ば呆れた風にして、今度は問い方を変えた。
「だから、今日の講義の後に教室で僕が言った件だよ! 振り返ってよく考えてみろと言ったろ?」
今日の講義……?
そうだ、大学の講義。今日は朝に、えーっと……。
今日の講義内容は何だったか……?
あれ? 今日?
今日っていったいーー
「は、覇太郎ーー」
「? どうした?」
「ーー俺、記憶喪失? しちゃったみたい……」
「へっ?」