二十一話 このダンジョンは人間に攻略できないと思うんですけど……
二階部分に着いた私達を出迎えたのは、見渡す限り広がる青い水でした。
「ここは海……ですかね」
扉の一歩先は、すでに水です。と言うかまたしても扉は空中に浮かんでいて、後ろ側にも見渡す限り水しかありません。
魔法で水を調べてみたところ、淡水でした。この世界に海があるのかどうかすらわかりませんが、海水ではないので湖ということにしておきましょう。ついでに逆端まで調べられないかと魔法の範囲を広げてみたのですが、半径百メートルほどが限界のようです。
調べてわかったことは、二つ。一つは百メートルでは逆の端に着かないこと、もう一つは足元にうようよと魔物が潜んでいることです。
「ウンディーネさんがいれば、湖の上を歩いて移動できるのですが……私でもやってやれないことはないと思いますが、緊急時の対応力が鈍るのでお勧めはしません」
「ならばわたくしが、風魔法で結界を編むというのはいかがでしょう。空気をとじこめて作れますので、水中を移動することが可能です」
「それいいですね」
船を用意する、という手段もありますが、それでは襲われた時にひとたまりもありません。水中を自由に移動できるのであれば、それに越したことはないのです。
シルフさんの案は採用され、さっそく実行に移されました。ただこの魔法の発動中、シルフさんに攻撃を任せきりにはできません。私とノームちゃんで前衛を務めることとなりました。フィーマさんの武器は弓矢のみですので、水中だと威力が半減するため基本待機です。
「申し訳ありません、なにもできないお荷物で……」
自分がここでは役に立たないのではと思ったのか、フィーマさんはしょんぼりと肩を落としていました。
「そんなことないですよ。さっきは魔物を大量に撃ち落としてくれましたし、ただの役割分担ですから」
「そうなのですな。そんなことを言ったら、オイラも水中じゃさほどお役に立てないですな。操る土がないのですからな」
一応土を生み出すことも可能らしいですが、水に濡れれば形が崩れてしまうのであまり効果は期待できないとか。厳密には土ではないですが石も操れるので、そちらメインにすれば問題はないそうですが。
まだ申し訳なそうではあったものの、フィーマさんはそれ以上なにかを言うことはありませんでした。ですが表情から察するに、おそらく内心では『次はなにか役に立とう!』と決意を固くしたようです。
あまりはりきり過ぎないように伝えてから、全員でシルフさんの作った直径四メートルほどのドーム型をした泡の中に入ります。ノームちゃんは身長の関係上床に立つと話しづらくなってしまうので、私の腕の中です。
まあ、ノームちゃんを抱きかかえているのはふわふわで抱き心地がいいから、というのが一番の理由なんですけどね。
全員が泡に入ったことを確認すると、シルフさんはすぐにその泡を沈めました。みるみるうちに泡は天井まで水中に沈み、あっという間に時速十キロくらいで進み始めました。方向は、前回と同じく扉から入った方へ真っ直ぐです。
完全に泡が沈むと、外がキレイに見えました。
「わぁ……!!」
その感嘆の声を漏らしたのは、誰だったでしょう。それがわからないくらいに、全員が泡の外の景色に夢中になっていました。
キラキラと、あちこちで小さな泡やウロコのようなものが光を反射させています。水底には地球ではありえない透明度を誇るサンゴが大量に生い茂り、その間をヒラヒラと舞うようになにかがゆっくりと泳いで行きます。
竜宮城があったらこんな感じではないかと思わせる幻想的な風景に、全員がしばし見惚れてしまいました。
そのせいでしょう。突如として泡に突っ込むようして襲いかかって来る魔物がいることに、気づくのが遅れてしまったのは。
『ギアアアァ!』
「は、半魚人!?」
とっさにそう叫んでしまいましたが、よく見るとどちらかと言えば人魚の方が近いかと思われます。襲いかかって来た魔物は、上半身が裸の人間で、下半身が魚なのですから。裸の上半身が牙の生えたおっさんでさえなければ、確実に人魚と判断したのでしょうが……
もしかして、ナノさん達の中で魔物はおっさんでなくてはいけない決まりでもあるんでしょうか。絶対に実在しないほど醜い顔のおっさんに出て来られると、こちらとしても本気で気持ち悪いのでやめてほしいです。
でなければ可愛い女の子の容姿よりも、二目と見たくないもはや人間との共通点を見つける方が難しいおっさんの方が倒しやすいからですかね? ああいえ、別にそれならおばさんでもいいわけで……どっちみち気持ち悪いですので、倒すのにためらわずに済むのはいいですが。こんな人間、いるわけないので。
おっさんに似ていると言っても、目と眉毛は二つあって、鼻と口は一つずつあって辛うじて男のようにも見える、のレベルですし。まだしも木目の方がイケメンですね。
そんなことを瞬時に考えながらも、無意識に目の前の魔物を一刀両断していました。シルフさんの結界が割れるといけないので、魔法で結界の外に出したワイヤーで縛り上げる形で。
「今のは……!?」
「人魚だとは思います。まあ魔物なので、見つけ次第抹殺で大丈夫ですよ。襲って来るのは向こうなので、正当防衛です」
これが何もせずにその辺でエサを探しているだけなら、私達も手を出さないんですけどね……放っておくと、命にかかわるので。
そんな感じで、私達は襲い来る魔物を倒しつつ、出口を探すのでした。