期待を燃やして……
それは、まさにファンタジーゲームに出てくるモンスターの典型だ。
でも、「ドラゴン」というより、オレ的には「ワイバーン」と呼びたくなる形をしていた。
太い後ろ脚と尻尾に支えられて、前斜め上に伸び上がるクリーム色の腹を見せる巨体は全高で人の3~4倍はある。
前脚は腕のように左右にひろげられて、蝙蝠のような刺々しいイメージのある翼となっている。
クネッと曲がった蛇を思わす長い首。
その先には、紛うことなき肉食を思わす爬虫類の顔。
突き出した口に並ぶ牙。
頭頂部付近には、まるで魚のようなヒレと、2本の角のような物が生えている。
(つーか、ワイバーンでもドラゴンでもいいけど……マジこえーよ!)
オレは固唾を呑んで見つめていた。
細長く血走るような赤い目が、ギョロギョロとまわりを見まわしている。
オレは、そのワイバーンと目が遇わないように、少し離れた建物の陰からコソッと覗き見ていた。
「やっぱ、失敗しやがったな……」
そう言ったのは、そのワイバーンに鞍のような物をつけて、肩車するように乗っている人物だった。
茶色いが、まるで工事現場で利用されているヘルメットのようなものをかぶっている。
だが、それに対して上半身は、シックスバックが盛り上がる筋肉を惜しげもなくさらしていた。
「そのようだな……」
応えたのは、そのワイバーンの横に立つ、真っ黒なローブを頭からかぶる人物だった。
顔はよく見えないが、声からして若い男なのだろう。
先の曲がった長い杖を持ち、その姿はまさにゲームに出てきた魔導師そのものだ。
彼は周りを見まわすように、外からうかがわせない顔をかるく左右に動かす。
周りが敏感に反応し、ザワッと緊張が走る。
彼らを囲むように、松明や槍を持った村の衛兵たちがいる。
そしてさらにその後ろに少しは慣れて、ローブを被った魔法使い然とした村人たちが点在していた。
(予言にないことが……起こった……)
オレはどうしていいかわからずに、その様子をただ見守っていた。
数分前。
村に警報が鳴り響き、オレは2人を部屋に残して様子を見るために飛びだした。
すると、村に入るためにアウトランナーも通ってきた岩の道が、ぱっくりと開け放たれ、すでに村の中にワイバーンと魔導師が中に入ってきていたのだ。
予言書に書かれていたパターンで、村の中に入られてしまう場合は、必ずカスラが手引きをしていたはずだというのに。
しかも、侵入してくる敵は、ドラゴンに乗った敵2人のはずだった。
魔術師の表記など、どこにも書いていなかったのだ。
たぶん、これは歴史が変えてしまつた弊害なのだろう。
アズが預言書と違う結果を生みだしたことからもわかるとおり、今のオレがいるのは予言書にない新しい歴史の流れの中なのだ。
(つーか、ヤバイ気がする……これ……)
だが、オレが本当にやばいと思ったのは、歴史が変わってしまったこと自体ではなかった。
オレの闘争本能ならぬ、逃走本能が、頭の中でずっと警告音を鳴らしている。
つーか、そんな本能に頼らなくても、目の前の様子を見れば明らかにやばい。
30人以上の村の衛兵たちが戦闘態勢をとって囲んでいるというのに、たった2人の侵入者に焦燥感のかけらも浮かんでいないのだ。
まるで囲んでいる奴らなど、いつでも斃せると言わんばかり。
「なかなか開かないから開けてみたが、意外に簡単に開いてしまったし。……ふむ。中も大したことはなさそうだ」
陰鬱な見た目に反して、若く爽やかなイメージのある声の魔術師は、軽く最後に笑い声を混ぜた。
それにつられるように、ワイバーンの男は豪快に笑い始める。
「ぐわっははは! まったくだな。この村の人間で魔力が強いのは、女の方だというし、男どもはどれもへっぴり腰だ」
そう言いながら、ワイバーンの男は周囲をギッと睨みつけた。
睨まれた数人が、まるで彼の言葉を肯定してしまうようにビクッと体を震わせ、怯えた表情を見せてしまう。
「……やっちまうか」
ワイバーンの男の声に、一気に周りが殺気立つ。
そして、オレの中の逃避本能が放つ警告音もマックスになった。
だが、その空気を押さえたのは、魔術師の男だった。
「まあ、待て。暴れるのも面倒だ。……おい。貴様ら、村長を呼べ。取引をしてやる」
自信たっぷりの口調。
だが、衛兵たちもそこまで腰抜けではない。
衛兵たちのリーダーらしき者が、「ふざけるな」と声を荒げる。
荒げる……んだけど、実際には誰も攻撃しようとしない。
攻撃すればいいじゃんかと思っていると、そのオレの疑問にまるで答えるように魔術師が口を開く。
「虚勢はよせ。貴様たちは魔力を持つ種族。ならば、見ただけで感じているのだろう? ここにいる衛兵たちが総攻撃しても破れない、私が張っている障壁の強さを」
「…………」
誰も言い返せないでいるところを見ると、真実なのだろう。
まるで苦渋の感情がこちらにまで流れてくるようだ。
「女たちならば、私に対抗できるだろうが、言霊族は女には戦わせない主義。それでも命を守るため戦うならば、さすがの私でも殺されるだろうがね……」
「え? おいおい。そんなに言霊族の女はヤバいのか?」
なぜか疑問を投げたのは、相棒のはずのワイバーンの男だった。
魔術師は、その問いに大きなため息をつく。
「おまえは、どうして私たちが、こんな回りくどい手を使ったと思っているんだ?」
「知らねー。回りくどいな、とは思っていたがよ」
「…………」
魔術師が無言で首を横にふる。
どうやら、見た目通りにワイバーンの男は、筋肉バカのようだ。
しかし、そのおかげで事情も理解した。
(つーか、この雰囲気は、ぜってー負けるパターンだ。逃げないとやばい……)
この逃走本能は、まちがいではないはずだ。
ここの人たちのように魔力なんてないし、剣や槍を使うこともできない。
オレがいたら、むしろ邪魔なぐらいだろう。
だから、脱兎。
踵を返して走りだした。
できるのは、逃げることだけ。
ならせめて、邪魔にならないようにこの場から消えてしまおう。
もちろん、ミヤは連れて行く。
そうだ。アズも危ないじゃないか。
また、アズも連れてここから逃げよう!
(そうだよ。アズならオレと一緒に……いっしょ…………)
そこまで考えて、オレの足はハタと止まった。
(バカかオレは……。アズが家族や村人を見捨てて逃げる? ……そんなわけあるかよ)
地面を見つめながら、自分で自分の愚かさを突っこむ。
あの幼いながらも優しく聡明な子が、自分だけ逃げるような真似をするわけがない。
だいたい、ミヤだって反対する。
今回の件でよくわかったが、わがままに見えて、ミヤも正義感は強いのだ。
つーか、落ちついて考えてみれば、オレ自身本当に逃げられるのか?
アズパパ、アズママ、その他の村人を見捨てて……。
そしてなにより。
アズもミヤも怪我がなく最良の結果に辿りついている「今」を捨てるのか?
過去のオレなのか、パラレルワールドのオレなのか知らないが、多くの失敗を重ねてきたオレ自身の努力をすべて捨てて逃げるのか?
失敗してきたオレが、きっとこの預言書で成功することを期待した、その自分自身への期待を裏切れるのか?
――自分で自分に期待しないとだめ。
オレは、その言葉を胸に、ここ最近がんばってきたんじゃないか。
死ぬのは怖い。マジ怖い。ワイバーンに喰われる自分とか想像したくない。
だけど、自分に期待できない自分に戻るのは、もしかしたらもっと怖い。
あの日々は、今のオレにとって、死んでいるのと変わらないじゃないか。
「…………」
顔を上げると、目の前に見えたのは黒いボディに赤いラインの映えるオレの愛車。
ガソリンで発電し、自らが生みだした力を使い前へ進む、オレの【アウトランナーPHEVエボリューション】。
オレの逃げるための足で、逃げるための城だったアウトランナー。
それは、今でもそうなのか?
「……違う!」
目の前にあるのは、オレが前に進むための足になり、戦うための城になったアウトランナーだ。
そしてオレはアウトランナーのように、受けた期待によって、自らが生みだした力を使い前へ進む……そう決めた、【大前 現人】。
いや。ここでは、神人【アウト】なんだ。
(――あっ! ……神人……使えるか?)
まるで、オレが思い立つのを待っていたかのように、アウトランナーの運転席と助手席のドアが開く。
そこから出てきたのは、ミヤとアズの2人。
待っていろと言ったら、部屋じゃなく車で待っていたのか。
もちろん、一緒に逃げるためじゃないだろう。
「アウトさん、なんか大変なことになっているみたいですね……」
「はは……。かなり困った感じになってんな、確かに」
少し乾いた笑いと共に答えた。
すると、眉を顰めてミヤが少し身を乗りだす。
「どうするんですか?」
「どうする……とは?」
「なにかするなら、手伝いますよ? そう思って、アズちゃんとここに来たんです」
もう心は決まっている。
それでも、少し自嘲気味に言う。
「……つーかさ、なに期待しているわけ? 知ってるでしょ。オレ、ただのサラリーマンだよ?」
「そ、そうですけど……。でも、アウトさんは……もう逃げません」
――ドクンッ!
オレの胸の奥にくべられた燃料が、ガラにもなく燃えあがる。
「…………」
アズが近づいてきて、下からオレを見上げる。
その明眸が訴えかける。
――ドクンッ!
彼女は視線だけで、俺に期待をくべてくる。
ヤバいな。期待という燃料が燃えて、胸の中が熱くなる。
こんなのオレのガラじゃない。
ああ。本当にガラじゃない……けど、悪くない。
「2人とも手伝ってくれるのか?」
オレの言葉に、2人とも柔らかな笑顔と共にうなずく。
「サンキュー。じゃあ、まずはアズに質問だ。それによっては、オレにもやれることがあるかもしれない」
オレは、自分の愛車を見つめた。
「お前にも一肌脱いでもらうぞ、アウトランナー!」




