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自分は凡人だと思っていました 〜異世界では万能らしいです〜  作者: 青野 陽


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第三十一話 閉ざされた研究室

王城から戻った翌日。

フィリアは朝から落ち着かなかった。


昨夜は研究記録のことばかり考えていた。


148ページ。

失われた一枚。

そして父の研究。


王立図書館にも答えはなかった。


考えれば考えるほど気になる。

気付けば答えは一つだった。


「お父様の研究室を調べてみたいのです」


朝食後。

フィリアはアルフレッドへそう告げた。


アルフレッドは一瞬だけ目を瞬く。

だがすぐにいつもの穏やかな表情へ戻った。


「研究室ですか」


「はい」


「お父様がどのような研究をされていたのか気になってしまって……」


フィリアは少し視線を伏せる。


「私、お父様のことを何も知らない気がするのです」


「ですから」


「お父様のことを、もっと知りたいのです」


短い沈黙。

アルフレッドは静かに一礼した。


「承知いたしました」


そして少しだけ表情を和らげる。


「旦那様も、お喜びになるでしょう」


そう言って部屋を後にする。


フィリアは少しだけ安堵した。

断られるかもしれないと思っていたからだ。


◇◇◇


しばらくして。

アルフレッドに案内されながら屋敷の奥へ進む。


使用人たちもあまり近付かない区画。

レオナルド専用の研究棟だった。


長い廊下の先。

一枚の重厚な扉の前で足が止まる。


フィリアは小さく息を呑んだ。


懐かしい。

だが同時に遠い。


父が倒れてから、一度も入っていない部屋だった。

アルフレッドは静かに鍵を差し込む。


カチャリ。

重い音が響く。


「どうぞ」


ゆっくり扉が開かれた。


そして――

全員が固まった。


「……」


「……」


「……」


沈黙。


今にも雪崩が起きそうなほど、

部屋いっぱいに積み上がった本。


机の上を埋め尽くす資料。


壁際に並ぶ魔道具。


床に置かれた箱。


積み上がった羊皮紙。


さらに本。

その隙間にまた本。


本。


資料。


本。


魔道具。


そしてまた本。


……。


「ひどい部屋です……」


フィリアが呆然と呟いた。

記憶の中より酷かった。


むしろ年月が経ってさらに増えている気さえする。

アルフレッドは少しだけ目を逸らした。


「否定はいたしかねます」


珍しく歯切れが悪かった。


◇◇◇


そんな中。

リゼだけは違った。


部屋へ入った瞬間から視線が動いている。


本棚。

机。

資料の山。

壁際。

窓際。

床。


まるで何かを確認するように見渡していた。


そしてーー


「なるほど」

「一応整理されていますね」


真顔で言った。

その場にいた全員が勢いよく振り返る。


「どこがですか!?」


「全体的にです」


「全く分かりません!」


即答だった。

リゼは少し考える。


「ちゃんと、分かるように整理されていますよ」


「されていません!」


「されています」


「されていません!」


しばらく睨み合う。

だがリゼは真面目だった。


本気でそう思っているらしい。


「こちらは薬学の区画です」


そう言って左側の本棚を指差す。


「え?」


「こちらは古代文明」


今度は別の棚。


「こちらは魔法理論ですね」


さらに奥を指差す。

フィリアは目を瞬かせた。


「分かるのですか?」


フィリアが驚く。


「はい」


当然のように頷く。


「まとめ方に癖がありますので」


「癖……」


フィリアには何も分からない。


だが改めて見ると、本当に同じ分野の本が近くへ集められているようにも見えた。


散らかっている。

だが滅茶苦茶ではない。


そんな不思議な状態だった。


◇◇◇


その様子を見ていたアルフレッドが小さく呟く。


「……分かるのですか」


その声は、どこか驚いているようにも聞こえた。


リゼが振り返る。


「なんとなくですが」


「そうですか」


アルフレッドは静かに眼鏡を押し上げる。


「旦那様以外で、そのように言った方は初めてです」


◇◇◇


リゼは近くにあった机へ歩み寄る。

積み上がった資料を一枚手に取る。


そこには見覚えのある文字が並んでいた。


『魔力溜まり観測記録』


さらに別の束。


『古代遺跡調査報告』


もう一冊。


『精霊発生条件に関する考察』


リゼの目が僅かに細くなる。

王立図書館で見た研究。


その続きを思わせる内容ばかりだった。


「やはり繋がっているかもしれません」


小さく呟く。

フィリアも隣へやってくる。


「何かありましたか?」


「あります」


即答だった。


「たくさんあります」


フィリアは資料の山を見る。

リゼも見る。


そして。

二人は同時に沈黙した。


あまりにも量が多い。

数年分どころではない。


何十年分もの研究が積み上がっている。

フィリアが恐る恐る尋ねた。


「終わりますかね?」


リゼは研究室全体を見渡した。


本棚。

机。

資料。

箱。

山。

山。

山。


そして静かに答える。


「……今日中は無理ですね」


即答だった。

フィリアは額を押さえた。


どうやら父の研究室探索は、想像以上に長い戦いになりそうだった。


その後ろで。


アルフレッドだけが静かに研究室を見つめていた。

まるで何かを思い出すように。


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