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光速の貴公子 ~30年目のトリビュート~  作者: 紫電
第二章 スーパー耐久
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雨天上等

『Box,box.』


『ピットインしてください』


『この周入ろう』


雨が本降りとなり、各車が続々とピットに入る。


レーシングカーが使用するスリックタイヤは、雨天時は使用できない。

タイヤに溝がないと、水が捌けずにツルツル滑ってしまうためだ。


雨天時は溝のあるレインタイヤに交換する必要がある。


レース開始から僅か15分後の出来事である。


光岡大陣営はまだドライバー交換をする時間帯ではないと判断し、伏見瀬名続投を選択。


『OK、いい走りだ瀬名。そのままついてけよ。』


無線を繋いだまま、全員でタイヤ交換を急ぐ。

S耐に参戦するにあたってマシンに搭載したエアジャッキによって車体が持ち上げられる。


『ギュゥアッ!』


という独特なインパクトドライバーの音が響く。


タイヤを固定していたナットが高速で外され、タイヤが抜き取られた。


脇に用意していた雨用のタイヤをはめ、ナットを付けていく。


『調子はどうだ?』


「まずまずですかね。」


『いやいや、そこは絶好調って言ってよ!』


チームメイトも作業をしながら瀬名とコミュニケーションを取る。


『お前のことだ、まさかこの位置で満足なんてしてないだろう?』


そう言う星野に対して瀬名は。


「当たり前じゃないっすか。何言ってんですか?」


『やっぱなんかお前腹立つ』


タイヤ交換が終わり、ジャッキが降ろされる。


『終わったぞ!行ってこい!!!』


その琢磨の声を合図に、瀬名のマシンは弾かれたように前へ進んで行った。

ピットレーンから出ていく瀬名は、降りしきる雨の中こう呟いた。


「皆さんご心配なく、雨は得意なんですよ。…オーバー。」







低いエンジン音に加えて、高い『シャーッ』という雨切り音が聞こえだした。


私は雨が嫌いだ。


予測がつかない、不確定要素。

データが通用しない世界。


臨機応変に物事をこなすことが一番難しいと言っても過言ではないのだろうか。


まあいい。


前にいる正治との差は広がっていない。

このままスリップストリームについて燃料をセーブし、給油時のアドバンテージを作る。


ピットでの静止時間を削ることが一番安全にオーバーテイクをする方法なのだ。

バックストレートに入り、全開区間。


ひと時の休息だと思っていた。


私のマシンが上げた水煙の、すぐ後ろ。


青と白のマシンが顔をのぞかせた。


『雨のセナ』…。


まさに彼の生まれ変わりのようなドライバーだ。

…もう彼を学生としては見ない。

正治級のドライバーのつもりで当たる。


今、そう決めた。






「琢磨、2位には追いついたんだが水煙で1位の姿が見えない。1位との差は?」


『…。』


「おい!1位との差は???」


呼びかけに答えない琢磨に若干焦りながらツッコむ瀬名。


『いや…お前凄いな』


琢磨の眼前にあるモニターには、瀬名のラップタイムも表示されている。

通常、このコースであれば雨天時のラップタイムは晴天時のそれに比べて8秒から10秒ほど落ちることになる。


しかし、瀬名のラップタイムは6秒落ち。


小さな差に見えるが、1周あたり2秒差を縮められると考えれば凄まじいものである。


『1位と2位は依然としてランデブー走行だ。すぐ前にいるぞ!ブチ抜け!』


「おけ!Copy!!!」


3台が連なり走るバックストレート。

直後のコーナーのブレーキングで瀬名が仕掛ける。


スリップストリームに入り速度を伸ばしたのち、イン側に車体を振る。


長谷部尚貴はバックミラーから光岡のフィットが消えたことを確認。

勝負しに来たことを悟る。


「ココで来るのか…!?」


まっすぐ連なっていた状態から横に抜け出したため、トップを走る桑島正治のサイドミラーにも、瀬名のマシンははっきりと映る。


「面白い…だけど、ブレーキ遅らせすぎじゃない?」


2台に対して、ワンテンポ…ツーテンポほど遅らせたブレーキングとなった瀬名。


親の仇のようにブレーキを踏み込むが、明らかなオーバースピード。


その場を見ていた誰もがコースアウトすると感じた。

…瀬名本人以外は。


タイミングよく4、3、2とギアを下げる。


エンジンブレーキも相まって他の2台よりもブレーキの効率は高まる。

だが、もう一味足りない。


この時点で完全に2台の前に出ていた瀬名は、極力コーナーでの限界速度を上げるためのラインどりを取る。


アウト、イン、アウト。


ハンドルを左に切り、もう一度コーナーの進入でアウト側に目一杯寄せる。


オーバースピードで曲がるためのフルコースを全て仕上げ、デザートとなる行動に瀬名が選んだのは。


「さあ、曲がってくれよ…!」


サイドブレーキを引く。


後輪がロックし、強制的にマシンの頭がコーナーの出口へと向けられる。


「おいおい嘘だろ…!」


「前輪駆動でそれをやりますか…!?」


ロックした後輪が雨に濡れたコース外のダート路面を掠め、前輪駆動のクルマには(えん)のないドリフトのような形で駆け抜けてゆく。


通常、ドリフトというものは後輪駆動車が駆動輪を動力により空転させることで行われる。

しかし今回はサイドブレーキによりタイヤをロックさせることで、擬似的にリアをスライドさせている。


形式上のドリフト。


近年ではタイヤやマシン自体のコーナリング性能や回頭性が上がったことで、ドリフトは遅く、実用的でないテクニックとされている。

だが、緊急時の方向転換など、一部の状況ではその限りではない。


タイヤが上げる白煙は、水煙とは一味違う。

タイヤの悲鳴が聞こえてくるようだ。


だが、瀬名はやってのけた。


1つのコーナーで、前年度のポイントランカーを2台抜きして見せたのだ。


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― 新着の感想 ―
晴天時のデータとかをしっかりとって、作戦を立ててその通りに正確に走るのとは全く違う勝負!! 雨天時ってその時その時できっと全然条件が違うと思うので、ドライバーの感覚でどういう運転をするか、そこはきっと…
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