作戦会議
スターティンググリッドを一部紹介しよう。
ポールポジションはカーナンバー1、カイザーレーシング。
使用マシンはマツダ・デミオ。
予選のベストラップは桑島正治が叩き出した1分37秒959。
瀬名とのタイム差はおよそ0.8秒だ。
二番手でスタートするのはカーナンバー12、チーム・シフトロック。
使用マシンはマツダ・ロードスター。
このロードスターは大都大学の中島が使っていた初代ロードスターではなく、四代目で新しい型式のものとなっている。
初代と比べてシャープな形状をしているのが特徴だ。
予選のベストラップは長谷部尚貴の1分38秒026。
少し飛んで六番手、ここに光岡大自動車部が入った。
カーナンバーは25、自動車部の大会に出ていた頃からのナンバーだ。
使用マシンはホンダ・フィット。
予選ベストラップは伏見瀬名、1分38秒745。
決勝の走り次第では表彰台、あるいは優勝も狙える位置につけている。
天気は快晴。春の陽気がさんさんと降り注ぐ。
正午現在の気温は23℃、路面温度は31℃である。
中々に暖かく、これならタイヤのグリップも良いだろう。
今回のレースは4時間の耐久レースとなっている。
数回のピットインが必要となるため、戦略も考えなければならない。
光岡大はこうしたサーキットでの耐久レースの経験は無く、戦略も未知数であるため、予選ポールポジションであるカイザーレーシングの動きを見て戦略をコピーすることとした。
ピットでは最終調整が行われている。
前日の予選でのデータを基に、最適なセッティングを割り出す。
サスペンションの硬さ、リアウィングの角度など、ミリ単位で調節する。
セッティングが終わると、マシンを一度コースに出してフリープラクティスが行われる。
ここでのドライバーは、前日の予選では出番がなかった小林可偉斗が務める。
実際にコースを走ることが一度も無いまま決勝を迎えることはいただけないと、チーム全員で判断したのである。
マシンの状態の最終確認と同時に、無線の調子やドライバーの感覚なども照らし合わせる。
『低速区間以外は6割から7割くらいのペースで走ってください。』
本番前にマシンを壊してしまえば元も子もない。
「リアウィングはこれでいいと思う。ダウンフォースもちゃんと効いてる」
本大会に参戦するにあたって、フィットに外付けのパーツであるリアウィングを付けた。
これは高速走行時に車体表面を流れる空気を利用して、車体を地面に押さえつける力、ダウンフォースを得るためである。
ダウンフォースが強ければ強いほど、コーナー時の旋回速度を上げることができる。
ただしその反面、空気が抵抗になるためストレートの速度が落ちるという欠点もある。
そのバランスは、セッティング班の手腕が試される部分の1つである。
「この周でフリープラクティスは終わりです。ピットに戻ってください。Box, box。」
「お前もレース用語使いたがってんじゃん」
横で見ていた瀬名が口を挟む。
「うるせーな、いいだろ別に」
琢磨は笑いながら答える。
無線で使われる『Box』とは、『ピットに入れ』という意味になる。
これもまた、プロのレースではよく聞かれる文言だ。
可偉斗がピットに戻ってきた後、最終ミーティングが行われる。
「セッティングはこれで良さそうですね。昨日の瀬名と先生のラップを見ても、安定してる感じはします」
「私が取ってきたデータによると、上位勢と瀬名くんのタイム差は平均して一周0.4~0.5秒くらい。スリップを利用したり、前の集団が争ってくれたりすれば全然追いつける範囲内ではあるね。」
「ヤベェ…亜紀さんが賢く見える…」
「いつも賢いでしょーが!」
亜紀の言うスリップとは、スリップストリームの略称である。
スリップストリームは、レースにおいて前走者のすぐ後ろにつくことで本来抵抗になるはずの空気の壁が前走者によってかき分けられ、空気抵抗が少なくなることを指す。
これを利用することでストレートのスピードを底上げすることができるが、コーナー区間では空気抵抗が無いことによるダウンフォースの低下から速度が落ちることも多々ある。
気を取り直して亜紀は咳ばらいをし、こう続ける。
「上位勢…特にトップ二台はタイムが拮抗してる。だからこの二台の争いで全体のペースが落ちることが予想されるよ。」
なぜ争うとペースが落ちるのか。
それは単純に、ベストなラインを通れないからである。
二台横並びのままでは、アウトインアウトのラインを通ろうと思っても窮屈で理想的な走りはできない。
「なら、スタート後に初めてピットに入る前…第一スティントでとにかくできるだけ前に行くことが重要ですね。」
「そうだね。二番手から三番手の間には予選タイムにしておよそ0.4秒の差がある。トップ2が逃げる前に三番手に上がるのが最重要だと思うよ」
こうした耐久レースに置いて、序盤に有利なポジションを獲得しておくことはとても重要視される。
軽耐久で京一がトップバッターに選ばれたのも、その理由が大きい。
「なら、スタートドライバーは瀬名で決まりだな。」
その言葉を発したのは、意外にも星野だった。
「とうとう先生も俺の魅力に…って、え???」
「どうしたんですか先生、あんだけ『俺は認めんぞ』みたいなカタブツオーラ出してたのに…」
「瀬名はもとよりだが琢磨、お前も俺のこと舐めてるだろ」
「ナンノコトダカ」
腕を組んで誇張したモノマネを披露した琢磨に、星野がチクリと刺す。
「まぁ、認めんもなにも、瀬名は結果を出してきたじゃないか。そこはちゃんと評価しないと指導者としてダメだろ?」
「今初めて先生を尊敬しました」
「おう、お前表出ろ」
走りは一流だが、やはり性格面に難アリな光岡のエースだった。