容態
京一の容態は予想外に深刻だった。
ステージ4の胃がん。
それが医者の出した結論だった。
昨年度末、2月から4月にかけて治療し、寛解していた病気が再発してしまったのだ。
余命は多く見積もって1年とのこと。
自力で歩けるのは残り4か月。
奇しくも瀬名のスーパー耐久参戦を賭けた対決が、その限界点とされた。
「片山くんには自覚症状も相当出ていたはずですが、文字通り倒れるまで我慢してしまった。こちらは最善を尽くしますが、助かる見込みは少ないでしょう。」
その医者の宣告を聞いた大学メンバーは。
ある者は泣き、ある者は怒り。
またある者は絶望した。
「調子はどうですか。京一さん。」
「今は全然いいよ!ご飯も普通に食べられたしね!」
明るく話す京一とは裏腹に、周りの人間の顔は浮かない。
「また治ったら優勝のお祝いしようね!いやいや、急にぶっ倒れちゃって申し訳ない!」
京一には医者の『希望を失ってほしくない』という配慮から余命のことは知らされていない。
「2月の新人戦までには必ず治すから!瀬名、キミのS耐出場が懸かってるからといっても僕、手加減しないからね!」
その場にいた全員が『そんなことを言っている場合ではない』と思ったが、それを悟られないように。
「はい!俺も負けません!」
逆光からか、こらえきれず流した瀬名の涙は京一の目に映ることは無かった。
11月9日、今日は僕の誕生日。
自動車部のみんながお見舞いと称した誕生日パーティーをサプライズでやってくれた!
可偉斗さんは病院の人に内緒でケーキを用意してくれた。
『バレたらマジで怒られるから内密にな』
だそうで。
いや、食べたのバレたら僕も大目玉食うから言わないよ。
琢磨は彼の家にあるゲーム機を持ってきてくれた。
『貸すだけですよ?あげませんからね?』
これで運転の腕が落ちずに済む…かな?病室のモニターに繋げば暇になることはなさそうだ。
僕はPAD勢だし、動かずにできるからいいね。
亜紀は体力が落ちないようにと筋トレ器具を。
『病気だからって怠けちゃダメだぞ!まぁ京一は怠けるタイプじゃないか』
そう言って笑った。
スパルタなのはマネージャー時代から変わらないね。
瀬名は…。
『みんなみたいな豪華なものじゃないですけど。これのパワーで早く戻ってきてくださいね!!』
みんなで行った高尾山の健康祈願の紅いお守り。
ありがとう。大切にするよ。
楽しい時間はすぐに過ぎるもので。
みんなと居た数時間はあっという間に過ぎた。
あれだけ人がいた病室は、一人だとだだっ広いものに感じられる。
琢磨に貸してもらったゲーム機の電源を付ける。
この病院はネット環境もしっかりしていて、オンライン対戦ができるようだ。
さっき、瀬名と一緒に走る約束をした。
『本戦前の前哨戦です。全力でかかってきてください!』
さぁ、いっちょやるか。
瀬名はいつものようにゲームを立ち上げ、ログインした。
オンラインになっているのは琢磨のID。
でもその画面の先にいるのは京一だ。
いつか、琢磨とやったように対戦を始める。
選んだコースは富士スピードウェイ。
マシンはGT500のGT-R。
二人がしのぎを削ったタイムアタックのレギュレーションだ。
グリッドに着いた2台のマシンの頭上に赤いランプが灯り始める。
一列、また一列と。
そのランプが消えた瞬間、両者ははじき出されたようにスタートした。
全5周の短いレース。
これは瀬名が京一の体力を案じて設定したものだった。
勝敗は10分を待たずして決した。
瀬名の圧勝。
その結果は京一の衰弱とも、『今は勝たせてやるが、2月に勝てると思うなよ』という意思表示とも感じられた。
瀬名はレース後、すぐにゲーム機の電源を落として布団に入った。
なんとも言えない感情のまま、寝られるはずがないのに。
こんな時、頼れるのは彼しかいない。
「もしもし、今暇か?」
『なんかあったのか?』
「いや、ちょっと寝落ち通話しようと思って。」
『笑えねえぞ』
いつか聞いたような言葉を挟み、二人は話す。
「なぁ、少し会って話さないか?」
『ああ、いいぜ。ウチの家の前来いよ』
瀬名はスマホだけ持ち、琢磨の家へ向かった。
「綺麗な星空だな」
「曇ってるぞ。要件を言え。」
瀬名は『こいつには敵わんな』と頭をポリポリと掻く。
「俺は、プロを目指すべきなんだろうか。」
「おいおい、またそれか?実力は一級品だってこの前証明したろ?」
「いや、そうじゃねえんだ」
一呼吸おいて、瀬名は続ける。
「京一さん、なんとかならねぇのかなと思ってさ。」
うつむき、ボソボソとした声で。
「思うんだ、俺が無理させちまったんじゃないかって。事あるごとにアドバイスを求めに行った。それが京一さんが病気に向き合わずに部活に来てしまった原因なんじゃないかって。」
それを聞いた琢磨は、短くため息をつき。
「瀬名。こっちを向け。」
「なんだよ…ッ!」
琢磨は瀬名の頬を音が出る勢いで叩いた。
「バカかテメェは。そう思うんならなおさら上を目指せよ。そのアドバイスが生きるように努力しろよ。」
あくまで平然と、淡々と。
しかし次第に声が震える。
「オレはお前が嫌だと言ってもプロへ引きずり込む。今そう決めた。京一さんのアドバイスが生きるように隣で支えてやる。だから…」
「琢磨…」
「勝つぞ…!S耐で!!!」
冷え込んで来た、もう冬と言って差し支え無い寒空に琢磨の決意がこだました。