高尾山
爽やかな初夏の陽気が、辺りを包む。
6月の上旬、今日は光岡大学の創立記念日だ。
学生たちは、祝日の無い6月の貴重な休日に歓喜する。
それは自動車部の面々も例外ではなかった。
「バンザーイ!!バンザーイ!!!」
「ありがとう創立記念日。どういたしまして創立記念日。」
たった1日の休みでここまで喜べるのは、学生の特権である。
さて、そんな貴重な休みに彼らが何をしているかというと…。
『高尾山口、高尾山口。終点です。本日も京王線をご利用くださいまして、ありがとうございます。』
東京は八王子市、高尾山へハイキングに来ていた。
「いい空気ですね!!」
「可偉斗さん!!京一さんがみたらし団子に釣られてそこの店に入ってっちゃった!!!」
「トリックアート美術館ってのもあるんだ~!帰りに寄って行きましょうよ」
「お前ら自由過ぎるだろ」
可偉斗は星野を誘わなかったことを若干後悔していた。
去年3人で遊びに行った時もまとめるのが大変だったのである。
問題児2人が増えたらそりゃもうヤバいのである。
「うまうま」
「結局京一はお団子買ってきたのね」
「え?あげませんよ?」
「そうじゃなくてさぁ…」
みたらし団子をサッと隠す京一。
可偉斗は大きなため息をついて言う。
「お前ら、今日は一応トレーニングの名目で来たんだからな?」
「何のことやら」
「おい」
すっとぼける瀬名に、弱めに小突く可偉斗。
包容力のある優しい先輩の彼だが、流石にこのままではやってられない。
「ハイ!!!!」
「わー!!ビックリしたなもう…なんですか琢磨くん」
と、いきなり手を上げて大声を出した琢磨に用件を聞く可偉斗。
「トレーニングで来たっていうけど中腹にあるビアマウントでBBQしようって言い出したの可偉斗さんですよね!!」
「…。」
痛いところを突かれた可偉斗は、半ばヤケクソで。
「よ、よし!行くぞ!!!」
「ズルいぞー」
「ぶーぶー」
ブーイングを背中に受けながら山麓を歩く可偉斗とその一行。
左手にはケーブルカーとリフトの駅が見える。
この両者は紅葉の時期に乗ると、とんでもなく綺麗なのだ。
しかし、今回のハイキングはトレーニングのため、ということになっている。
可偉斗の名誉のため、そういうことにしておいてあげよう。
ならば、ケーブルカーだのリフトだの甘ったれたことは言ってられない。
各人、大きめのリュックを背負ってよく整備された山道を歩いていく。
新緑の中、木漏れ日がキラキラと眩しい。
「この雰囲気いいですね~」
「ここ、本当に東京?」
見渡す限りの大自然。
大東京の一部とは思えない、穏やかな空気だ。
花粉の時期も終わった、梅雨前の一瞬の安息。
気温も高すぎず、心地のいい暑さだ。
それに、汗をかいたのなら高尾山には麓に温泉がある。
帰りに寄るのもいいだろう。
しばらく歩き、中腹。
「ん?あれなんだろう?」
亜紀がいち早く何かを見つけた。
「あぁ、あれはリフトの駅だな。もうここまで来たのか。」
リフトやケーブルカーを使えばこの辺りまでショートカットすることができる。
リフトの駅の方が若干手前側にあるが、ほとんど誤差の範囲内である。
山麓からここまで、およそ40分。
時間はお昼どき。
そして、ケーブルカーの駅のすぐ近くには可偉斗や部員たち全員が楽しみにしている『アレ』がある。
「着いた~!高尾山ビアマウント!!」
「なんだかんだお前らも楽しみにしてたんじゃん」
先陣を切って看板の写真を撮る瀬名に、可偉斗はそう言う。
が、可偉斗も小さくガッツポーズをしていた。
この『高尾山ビアマウント』は、基本的に6月から10月の夏季限定でオープンしている屋外レストランである。
通常の料理の他、予約をすればBBQも楽しめる。
そして、もちろんお酒も。
「可偉斗さん、別に気を使わなくてもいいっすよ?」
「そうですよ~飲んじゃえ飲んじゃえ」
団体のリーダーとしての自覚が可偉斗を飲酒欲からギリギリのところで繋ぎ止めていた。
しかし。
「帰りは僕が運転しますよ!気兼ねなく飲んじゃってください!」
後輩にここまで言われてしまっては逆に飲まない方が申し訳なくなってくる。
「分かった。じゃあ一杯だけ…」
お酒に関して、『一杯だけ』と言って本当に一杯で済んだ人を見たことが無いが。
…さて。このビアマウントは基本的にはビュッフェ形式となっている。
好きな料理を持ってきて、食べる。
そこにBBQが追加されるプランとなっている。
自動車部の面々も、各自好きな料理を取ってきた。
それぞれのランチプレートを見てみると、個性が表れていてとても面白い。
瀬名は普段の生活では目にしないような珍しいものを集めてきた。
「せっかくなら食べたことないものを。まだ知らない美味いものがあるかもだしね!」
琢磨は肉、野菜バランスよく。
「肉、いっぱい食べたいけど健康には気を使ってるから。」
亜紀は魚や肉が多め。
「お恥ずかしいけど、私お肉大好きなの。これ肉食系女子ってやつ?」
京一は米やパスタなど、炭水化物多め。
「病気の時に痩せちゃったから、今増量中なんだよね~」
可偉斗はシーフードをとにかく集めている。
「魚はビュッフェで、肉はBBQでたんまり食う。野菜もBBQの方が美味い。」
それぞれが思い思いの料理を持ってきて、また同じ席につく。
飲み物も用意した。
コーラやジンジャーエールが並ぶ中、ひときわ大きいジョッキになみなみ注がれたビールが目立つ。
果たして彼は本当に一杯だけで済ませられるのだろうか。
後輩たちは二杯以降も飲ませることができるのだろうか。
みんなで『いただきます』の号令をして、それぞれの料理を食べ始めた。